賊都22
サギリの後ろに続くのは、一塊になった馬の群れ。ジンは獲物を求めて一直線に進んでいくサギリの背を、半ば諦めに近い気持ちで見送った。
背後を振り返れば率いてきた手下達がシロキアの手下達を蹴散らしている。馬上から振り下ろす剣の下に、悲鳴諸共敵を馬蹄に掛ける。
「5人付いて来い。残りはサギリの援護だ」
双刀を腰から引き抜き、馬首を雪華に向ける。
「獲物はシロキアだ!」
双頭の蛇の突然の乱入に、いち早く立ち直ったのはジルだった。敵の注意の逸れている隙に瞬く間に二人を斬って捨てる。
「余所見してんじゃない!」
敵味方の集まる注目の中、さらに一人を斬り倒す。それで、雪華は金縛りから解けたように、自分のやることを思い出した。
流れが完全に逆転した。
雪華はジルに率いられて、目的の路地にたどり着く。
歪侠な路地は、大人数を投入することなどできはしない。
「他の奴らに報せな、獲物はシロキア一家だ!」
自ら殿を引き受け、部下に背を向けて命じる。横幅は大人が二人通れる程度の路地では長い武器は使えない。武器を使うとなれば、人一人がやっとと言う狭さ。
それはジルの領域だった。
雪華を追って路地に入った者は、ジルの短剣に貫かれるか、小剣の餌食となるか、選択肢は二つしかなかった。
「若女将っ!」
切羽詰った声がジルの背後から掛けられる。
「なんだい!?」
敵の喉首を短剣で切り裂きながらジルは答えた。
「領主の軍ですっ! 数は400! 鎧を着込んだ兵士どもが……」
「なんだって!?」
目の前に迫る刃をいなしながら、ジルの頭脳は高速で回転する。シロキア一家、雪華、双頭の蛇どれも戦い傷ついた所で、領主が出てくる。
このままでは、いずれの組織も潰される。
「ちっ……一体誰の書いた筋書きなんだろうねっ!」
まともにやっては勝ち目がない。
「引き上げだ! 雪華は兵士どもに見つからないように散らばれ! 機会を待つ!」
迫るシロキアの手下達を防ぎながら指示を下すと、自身も逃げにかかる。
「ヘルベルめぇ……」
結局今回の、喧嘩で得た物といえばケイフゥを通じた双頭の蛇との関係だけ。
流した血の量にジルは、歯噛みする思いだった。
魔女の乗る馬が一直線に向かって来るのを見据え、シロキアは太刀を低く構えた。
「シロキアアアァァ!」
よく響く魔女の声に応え、シロキアが咆哮する。
「来いやぁぁ!」
シロキアの目前で嘶く馬。その前足に向けてシロキアの太刀が一閃した。
血を噴出し倒れる馬を横目に、魔女の姿を確認しようとしたが馬の背にはすでにその姿はない。
(上か!)
反射的に振り上げた太刀に、重い衝撃が走る。
腕まで痺れるのを堪え、見上げようとした瞬間、目の前に漆黒の魔女が降り立った。
「ガキがアァァ!」
シロキアの目前で着地し、太刀を振り下ろそうとして魔女の短剣の方が早いと咄嗟に判断する。
魔女の右手に握られた短剣の一撃を、柄で受け止めたのは僥倖と言うしかなかった。
「ちっ!」
鋭い舌打ちともに、魔女の手が戻る。
その瞬間を狙って殴るように柄ごと腕を突き出した。避けるためには退くしかない攻撃に、だが魔女は頭突きで応える。
ぼきりと、柄と魔女の額の間で潰れる指の音が聞こえた。
「ぐわっ!」
「くっ……」
だがよろめいたのは、魔女も同じ。その隙を狙って、下がりながら魔女の頭を狙う上段からの一撃を放つ。
今度こそ、魔女は一旦距離をとった。
「餓鬼の喧嘩みてえな戦い方しやがって……」
折れた指を確認しながら、シロキアは吐き捨てた。
「ハッ、喧嘩にガキも大人もあるかっ! 勝てば良いんだよ」
手にした短剣を構えつつ、荒地の魔女はシロキアを睨み付ける。相手を見下し切ったような、口元をゆがめる笑み。普段なら叩き切りたいはずのその笑みに、なぜか汚らわしさは感じない。
むしろ美しいとだけ、思ってしまう。その思いごと唾を吐く。
「抜かせっ!」
魔女の間合いからは、遥かに届かない距離。かろうじてシロキアの太刀が届く範囲からシロキアが仕掛ける。だが、その攻撃は尽く余裕を持ってかわされ、逆に隙を見て攻め入られる始末。
その攻防に、シロキアは我慢がならない。
「ぶっ殺してやるっ!」
再び太刀を構えなおすと、腰を低く落とし必殺の構えを取る。
「この街は、俺のもんだ……てめえら余所者なんぞに、くれてやるものかよ!」
血に塗れた太刀は銅剣のように鈍く光る。刃を横に、脇に構えた切っ先は相手の脇腹を目指す。
「来な! 老いぼれ!」
まるで太刀諸共一本の武器になったかのように無駄のないシロキアの攻撃。
最速で放たれた突きは、魔女の短剣と火花を散らし、脇腹を掠るにとどまった。
交差すると同時に放たれる魔女の膝がシロキアの顎を襲う。
鋭い舌打ちが双方から聞こえた。
「やるじゃないか、老いぼれ!」
血の流れる脇腹を撫で、付いた血を自身で舐め取りながら魔女は笑った。
「当然だ。てめえなんぞに、この街を渡してたまるかっ!」
シロキアの顎を狙った一撃は、彼の鼻頭を潰していた。その鼻を無理やり戻しながら、血を吐き捨てる。
「随分、拘るじゃないか。そんなにこの街が大事かい?」
顔に付けられた傷を歪ませ、凄みのある笑みでシロキアが応える。
「俺の街だと言ったろうが! 赤き道も、雪華も、炎の運び手も、領主の野郎さえも。もちろんてめえらも、他所からの流れもんだろうが!」
己の身に宿る熱を吐き出すかのように、シロキアは饒舌になっていた。
「だが俺は違う! 俺はこの街で生まれ、この街で育った。この街の空気を吸い、この街の水で生きてきた! それがだ、てめえらみたいな余所者に好き勝手にされちゃぁ……堪らねえんだよ!」
太刀を握る手に力が篭る。
「ハッ、だからアタシらと喧嘩しようってのか!」
「そうよ、この街を好きにしたきゃ俺を殺してからにしなっ!」
いつの間にか、双頭の蛇とシロキア一家の頭首同士の一騎打ちに、争っていた手下達の耳目が集まっていた。奇妙なほどの静寂の中、十数年ガドリアの中心に座り続けた男が全てを掛けて前に出た。
ジンは、ジル達雪華が無事路地に逃げ込んだのを確認して、サギリの戦う地点に向かう。
シロキアとサギリの決闘を流し見て、ジンはほくそ笑む。
事前に聞かされていたサギリからの予想通りの展開、後はこの決闘の邪魔をする者を彼自身が排除すればいいだけだった。
二人を囲み、見守るシロキア一家と双頭の蛇の手下達。
円状に見守る手下達の中から、スッとサギリに手を出そうと前に出る男をジンが斬り捨てる。
上がる悲鳴と血飛沫に、周囲がざわりと息を呑む。
「この戦いを邪魔する奴は、俺が殺す」
静かに、だが確かにこれ以上ないほどの威圧感を持ってジンは周囲を見渡した。
その威圧に周囲で動こうとするものは居ない。
口の端を歪めて笑うと、彼自身もサギリとシロキアの決闘を見守ることにした。
こと、喧嘩に関してはサギリは巧い。
本来なら、シロキア一家の数に圧倒されるはずの双頭の蛇の戦力。だからこそ、大将同士の一騎打ちに持ち込んだのだ。数の差は問題にならない。求められるのは、頭首の力のみ。
戦争のやり方を聞いたジンに、サギリは戦争と喧嘩は違うと、笑って言った。
『戦争なんて大したもんじゃないさ。コイツは喧嘩だ。精々楽しく騒ごうぜ!』
不敵に笑うサギリの言葉と笑顔がジンの脳裏に蘇る。
「楽しく、か」
目の前のサギリが一番楽しんでいるのではないかと、いぶかしみながら警戒を続けるためにジンは改めてサギリとシロキアの一騎打ちを見守る。
わき腹を切り裂かれたサギリは、壮絶な笑みを浮かべていた。喚き散らすシロキアの姿も見える。
「勝負あったな」
小さく呟いて、退路を見つけようと視線を転じた先。
「放てぇ!」
僅かに聞こえた声と共に、路地から放たれる矢が視界に飛び込んできた。
「サギリっ!」
思わず上げた声の先、降り注ぐ矢の雨はサギリとシロキアの間を割っていた。
無事の姿に息を付く間も無く、路地から鬨の声が上がる。
革の鎧に武装した兵士達。
雪華ではない。
「領主か」
敵だと、その言葉が脳裏を掠めた次の瞬間には、ジンの思考は落ち着きを取り戻す。
見渡す敵の数は、ひたすらに多い。シロキア一家よりも更に上かもしれない。
「……仕掛けはしておくもんだな」
シロキア一家の為に仕掛けておいた罠がこんな所で役に立つとは思わなかった。
後はどうやって誘い込むのか、それだけだ。
華々しい鎧姿の騎士が声を上げて兵士達を指揮する姿が見える。
「アイツか」
狙うのは、いつでも敵の頭であるべきだ。目の端でその姿を捉えるとジンは、サギリとシロキアの向かい合う場所へ一直線で駆けた。