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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
32/103

賊都21


 最早力無く剣に縋るだけとなったケイフゥ。その様子に、シロキアは凄みのある笑みを浮かべる。

「胴元、艶花が参られました」

 ケイフゥに止めを指そうと口を開きかけたところへ、手下の声がかかった。

「なにぃ? ジルがか?」

 手下の報告を聞きながら、シロキアは眉間に皺を寄せる。

 もし包囲しているのなら不意打ちでシロキアを襲ってこそ、雪華の勝ち目は大きいはずだ。依然雪華の勢力は、シロキアの勢力には及ばない。

 なのに、なぜジルは少数の手下だけを引き連れてこの場に来たのか。

「おやおや、随分物々しいねえ」

 艶やかな衣装に身を包み、いつも通り煙管を手に紫煙を吹かすジルの姿に、黙り込みジルを睨み付けるシロキア。

 その様子にジルは肩をすくめて苦笑した。

「そっちから呼び出しといて、随分なお出迎えですねえ? シロキアの大旦那」

「ああ、すまねえな」

 一旦視線を外し、シロキアは手下に耳打ちする。

「二番隊は、ガキを囲んどけ。手は出さなくて良い。一番隊は俺の周囲に集めろ」

 シロキアの鋭い視線に、無言で頷いた手下は即座に駆け出す。その様子をジルは、見守り再び紫煙を吐き出した。

「それで、大事な用件ってのは何なんです? こっちとしても忙しい身でねえ」

「いやいや、すまねえな。話ってのは、他でもねえ……うちと艶花の先のことだ」

「そんな話をここでする為に?」

 視線を向ければ血生臭い匂いの漂う修羅場。中心にはケイフゥ、それを取り囲むシロキアの手下達。折り重なる屍から流れ出る血潮が、昼間のガドリアの大地に吸われていく。

「ああ、大事な話だからな」

 一段低くなったシロキアの声に、ジルは目を細めた。

「で、だ。同盟の証として……ほれ、あそこにいる半死半生のガキを一匹始末してくれねえか?」

 顎で指す先にはボロボロになったケイフゥの姿。

「行動で示せって?……やれやれ、相変わらず血の気が多いことですねえ」

 ため息を吐くと、ジルはシロキアに背を向けてケイフゥの方に歩み寄る。彼女に従うのは雪華の精鋭20名ほど。

「お退き」

 二番隊の囲む所を割って入り、ケイフゥを中心として円になる。精鋭達は抜刀し、ジルは彼らより一歩前に出てケイフゥと真正面から向き合った。その周りを二番隊が囲む。

「ケイフゥ……無理しちゃってまぁ」

 あきれたような声に、ケイフゥから返されるのは荒い息遣いと視線のみ。笑う力すら残っていないようだった。

「あんたたち、わかってるね?」

 背後に控える雪華へ声をかければ、返って来るのは小気味良い程の返事。

「はい、姐さん!」

「やれ」

 冷たい言葉とともに雪華は反転し、一瞬にして斬り倒されるシロキアの二番隊。

「てめえ、ジル!」

 遠くから聞こえる罵声に、ジルは紫煙をゆっくりと吐き捨てた。

「答えは、こうだ。色町の艶花(あたしら)を舐めるなクソジジイ!」

「やっちまえ!」

 シロキアの声と同時に、ジルの手元から開戦を告げる小剣が飛翔する。ケイフゥを守るように展開した雪華の精鋭が二番隊と切り結ぶ。

「ケイフゥ、もう大丈夫だからね」

 言うなり、一人の手下にケイフゥを背負わせる。

「抜かるんじゃないよ!」

 ジルの声を合図に細い路地へ向かって雪華の死に物狂いの逃走が始まった。




「ジルめ……」

 怒りは相当なものだったが、予想をしていなかったわけではない。

 にやりと、雪華とジルに獰猛な笑みを向ける。

「ここで雪華を潰せば、ガドリアは全て俺の物だ!」

 手下を捕まえると怒鳴りながら命令を伝える。

「三番隊を突っ込ませろ! 四番隊も呼び戻せ! 俺に逆らう奴は皆殺しだ!」

 手に持った白木の鞘から太刀を引き抜き一番隊を率いて前に出る。

「うぉぉ!」

「うらあぁぁ!」

 怒声が怒声を呼び、血飛沫が舞う。シロキアの手勢は未だ200を割った程度は残っている。四番隊は北の警戒で使えないとしても、150は健在。ケイフゥに大分減らされたとは言えシロキアの率いる数の圧力は未だ健在だった。




「出陣!」

 シロキア一家の街での行動を知った領主ヘルベルは、武装させた兵士を町に向けた。

 その数400に達する。クルドバーツの件で減った兵士と城を守る最低限の人数を割り引けば、保てる全軍への出撃命令だった。

 先頭を進むのはバーン。行軍の中ほどには、豪華な戦装束に身を包んだヘルベルもいた。

 バーンは全軍を街を南北に貫く大通りに集中させた。シロキアと雪華、更には双頭の蛇が争っているのは、大通りの北の突き当たりから東へむかった広場だ。

 道幅一杯に武装した兵士たちが行軍する様は、ガドリアでは珍しい。それを見ようと道端や家の窓際は見物人で埋まる。

 領主軍の多くの兵士にとってこれが初陣だった。数年前ディード討伐のために軍が組まれたが、それさえ怪物の討伐であったのだ。戦の出陣は初めてのものが圧倒的に多い。

 ガドリアの領主の役割は、一言で言ってしまえば四役の補助。故に兵士と言えども、人間同士の戦に馴れてはいなかった。

「これより、色街に入る。各々、心してかかれ!」

 大通りの終わり、後は入り組んだ色街へ進むだけ。

 そんな中、400の兵士を率いるバーンだけが異彩を放つ。

 堂々たる体躯よく響く声は勿論の事、元々は戦の止まない中央から流れて来た経緯もあり、立ち振る舞いには自信が満ち満ちていた。

 彼自身知らずの内に、戦に経験のない者達からは精神的支柱とされる。領主軍の誰の中にも、程度の差に関わらず彼が居れば大丈夫という安心感があった。

 領主軍を繋ぐ一筋の線として、バーンはともすれば喧嘩馴れした賊徒に劣る兵士達を率いて混乱を極める戦場に分け入っていった。



 一人、一人と脱落者が出る度にジルの心には抜けない棘が刺さるようだった。歩けばすぐのはずの路地までが、遥かに遠い。

「グアァァ!」

 悲鳴に振り向けば、また一人喰われていった。ケイフゥを背負った一人を除けば、雪華に無傷の者は居ない。

 路地と雪華の間に立ちはだかるのは、シロキアの二番隊と三番隊。背後から迫るのは、シロキア虎の子の一番隊だった。 しかも、食い付いてくる一番隊の先頭には狂犬の如き様相のシロキア本人が太刀を振るう。

「チッ!」

 鋭い舌打ちと同時に、ジルの手元からは投擲用の小剣が、二本同時に放たれる。雪華の手下が戦う隙間を縫っての援護射撃。前と後ろに、しかも相手は戦の真っ最中の敵だ。

 妙技と言うしかないジルの投擲術。だが、それとて劣勢な戦況を覆すには至らない。

「このままじゃぁ……!」

 誰にも聞こえないように呟いたジルの不安。雪華の大多数は、シロキアに気取らないように路地の奥に伏してある。

「ジル、ケイフゥが防ぐから……降ろしてっ!」

 雪華の劣勢を見たケイフゥが、背負われたままジルに声を掛ける。

「……冗談じゃない!」

 その一言でジルの覚悟が決まった。両手に握るのは、投擲用の小剣と短剣。

「あんたが出たんじゃ雪華(あたしら)の名折れじゃないか!」

 ケイフゥを背負った手下に前にでるなと命じて、前を遮る敵に向かう。

「シャキッとしな! 蛇に笑われちまうだろう」

 血飛沫に濡れる艶やかな衣装。手にした小剣を正面の敵に投げつけ射殺すや、その空間に滑り込む。

 前と横。後ろ以外から迫る白刃の合間に身を踊らせ、更にシロキアの手勢を短剣で突き崩す。

 ジルの突撃に勢いを得た雪華は、前に立ち塞がる敵に躍り掛かる。

 だがそれでも、後方から迫るシロキアの勢いが止められない。

 北側からは、四番隊の喚声が聞こえる。

「くっ……」

 一瞬、それに気を取られたジルの肩を白刃が掠める。破れた衣装に、吹き出る赤い血。

 足を止める間も無く、次々に襲い来る刃をいなす。止まった勢いを、シロキアは見逃さなかった。

「今だ! 野郎ども、押し包みやがれ!」

 俄然勢いを増すシロキアの手下達。

 流石のジルでももうだめかと思った時、北から迫っていた四番隊から悲鳴混じりの声が聞こえた。

「双頭の蛇だ!」

 シロキアを始めとしてその場にいる全員の目が北を向く。

 その視線の先を、黒く長い髪を靡かせて荒地の魔女が突き進んでいた。逃げ惑うシロキアの四番隊を追い散らしながら、そのままの勢いでシロキアとジルの争いに割り込んでくる。

 勢いを増した馬は、疾風のごとく背に乗る魔女を運ぶ。その馬の背の上から、荒地の魔女が獲物の群れを睥睨する。猛禽類のごとき視線がシロキアの上で止まったかと思えば、その端正な顔には嗜虐の笑みが浮かんだ。

 ――見つけたぞ!

 交差した視線。聞こえるはずのない魔女の声がシロキアの耳朶を打った。


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