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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
31/103

賊都20

 風を薙ぐ剛剣が肉を断ち切り、舞い上がる血飛沫は地面を濡らす。

 先ほどまで息をしていた配下はケイフゥの足元にたどり着くと、息を引き取った。

 だがケイフゥは暴れまわる野獣のごとく剣を振るう。

 最早逃げ道はない。幾重にも包囲され、事前に示されたサギリとの集合地点は、遥かに遠い。後は押し包まれて殺されるだけ。

 それでもケイフゥは、その場所を動かなかった。足元には死んだ配下、周りを囲むのは餓狼の如き敵の群。

 何度敵を倒しても、新たな敵が沸いてくる。ケイフゥの四方から繰り出される白刃。一度でも当たってしまえば致命傷を負いかねない一撃。それをかわし続け、敵を斬り倒す。

 次第に息は乱れ、吐き出す息は火のように熱くなる。

 剣を握る手には既に感覚などない。気を抜けばすぐにでも倒れてしまいそうだった。のし掛かる極限の緊張感は、迫り来る刃に身を任せて全てを終わらせたくなる。

「ハッ、ハッ……」

 正面、横薙ぎの戦斧に剛剣を合わせる。弾かれる勢いを利用して、右から迫る槍をへし折った。

 向き直り、後方から迫っていた長剣を下から弾く。頭上に上げた剛剣をそのまま左へ振り下ろし、背後を突こうとしていた敵を頭から叩き潰す。

 荒い息、吐き出される熱い吐息は体力諸共ケイフゥの心までも持っていきそうになる。

 甘い死の誘惑に、ケイフゥはその小さな体で必死に抗った。

 だがそれも限界。

 剣を持つ手は痺れ、持ち上げることすら困難になっていた。薄く霧がかかったようなぼやけた視界。剣を杖に、震える足でなんとか立っている。

 そこに、繰り出される短槍。

 立っていることすらままならないケイフゥに向けて正面から放たれた凶刃が、彼の喉元を狙って繰り出される。

 その槍に向かってがくりと崩れ落ちるように前傾になり槍の下を潜る。

 槍使いの体と、ケイフゥの体が交差した一瞬。槍使いの胴は深々と切り裂かれていた。そのままケイフゥは崩れ落ちると、また剣を杖にして立ち上がる。



「しぶてぇな」

 吹けば飛ぶような格好のケイフゥを眺めてシロキアは苦々しげに呟く。

 双頭の蛇の幹部。

 邸宅に侵入してきたときから、遣える方だとは思っていたがその実力はシロキアの予想を超えていた。

ケイフゥの奮戦が先程まで怒り狂っていたシロキアの脳裏に、理性という名の冷気を吹き込む。

「しかし……」

 シロキアの脳裏によぎる疑念。周囲は確かに入り組んでいて奇襲に向いている。

 だがケイフゥがあそこまで必死に戦う理由はなんだ、と。

(逃げ損ねた手下のために戻った……なんて、甘ちゃんじゃねえよな)

 周囲を囲むのは、色町。二階建て、三階建ての娼館が密集するガドリアでも特異な場所だった。

 シロキアの威勢を見せつけ、ハンナの時代と変わらぬ同盟関係を維持する目的で練り歩いて来た。

 だが。

(ガキを追いたて、数の有利を発揮しやすい場所まで追い込んだ所までは、計算通りだったが……)

 ぐるりと、周囲を見渡して一抹の不安がよぎる。

 シロキアとケイフゥ達の戦っているのは色町北側の広場ともいうべき場所。そこから周囲には細く長い路地と娼館が立ち並ぶ。そこにシロキアの率いてきたほぼ全軍がいることになる。

 細い路地は、高い娼館の壁に出来る影で薄暗い。

 確かにハンナの時代は同盟を組んでいた。だがそれとて元は敵同士……動きの読めない新しい艶花の下で雪華がどう動くかは、シロキア自身にも判断がつかない。

 シロキアの視線が細い路地の闇を睨み付ける。

 その闇の中に、もし雪華が潜んでいるとしたら?

 ケイフゥの奮戦は包囲を完成させるための時間稼ぎだとしたら?

(俺たちは全滅するっ!)

 流れる冷や汗に、シロキアは犬歯をむき出しにして戦うケイフゥを睨み付けた。

 ガドリアと言う街で、十数年中心であり続けたシロキアは自分の勘というものに、ほとんど絶対的な信頼を置いている。

 その勘が、危険だと警鐘を鳴らしていた。

「おい、三番隊と四番隊に指示を出す」

 手近に居る部下に声をかける。

「三番隊は、南へ行け。艶花のジルの動きを見て来い。四番隊は北だ。警戒しろ」

「しかし、胴元……北には街の外に抜ける門ぐらいしかありませんし、その先は重なる大岩ですぜ。それに今三番と四番を抜きますと万が一ガキを仕留め損なうってことも……」

「言われた通りにしやがれ! さっさと行け!」

 シロキアの判断にそれ以上の根拠はいらなかった。三番隊と四番隊を、それぞれに向かわせ退路を確保させる。忌々しいことだが、ケイフゥ一人の命などはこの際どうでもよい。

 大事なのは、常に最も強くあることなのだから。



 重なる大岩、町の郊外にあるその場所からサギリは手下を率いて、全力で街に向かっていた。ガドリアでは高価な馬に乗って、ジンと手下を十数人連れただけでケイフゥの元に向かう。

「ちっ……あの、バッカが!」

 何度舌打ちしてみても、気分が晴れない。

 予定の時刻を過ぎても戻らないケイフゥに、サギリが段々と苛立ち始めた頃。駆け戻ってきたのはケイフゥの手下の一人。肩に傷を負いながらも、必死に駆け通しで来た彼の情報はサギリの求めていたものだった。

 ケイフゥが手下を見捨てられずに、敵の只中に残った。

「だから、ガキは嫌いなんだっ!」

 予定では大岩に誘い込んで、投石で数を減らし、一気にシロキアの首を取るつもりだった。

「熱くなるな」

 サギリの隣を走りながら、声をかけるのはジン。

「……こっちの予定がご破算だよ」

 口元に笑みを浮かべ、視線は怒りに燃えるサギリはジンを睨み付ける。

「じゃなんで助けに行くんだ? 見捨てればいいだろう」

 だがその視線を平然と受け止め、普段と変わらぬ口調で、家族同然に育ってきた手下を見捨てろと言うジン。

「あいつが居なきゃ、アタシのもっと予定が狂うんだよ!」

「そういうことにしておくか」

 一層強く睨み付けるサギリに、ジンは口元を歪めて笑った。

「昔あいつを助けてくれって泣いてたのは誰だったかねえ?」

 その余裕の表情が癇に障ったサギリは、視線を明後日の方に向けて口元を歪める。

「ぐっ……そんなことは忘れた!」

 途端に言葉に詰まるジンを横目に、サギリは大仰に手を広げると更に続ける。

「そうかい? アタシは鮮明に覚えてるけどね! それからアンタはこう言った。ああ、偉大なるサギリさま! 靴の裏でも舐めますからどうぞお助けくださいっ!」

「言ってねえだろうがっ!」

「覚えてンじゃないか」

「うるせえ!」

「っと……遊びは終わりだ」

 前方に目を転じれば、ガドリアの威容が視界に映る。

「ケイフゥめ……生きてたらこってりお仕置きしなきゃねえ!」

「死んでたら?」

「そんなのは赦さない!」

 サギリは後ろを振り返り、騎乗している手下に向かって声を張り上げた。

「さあて、野郎ども! 予定とはちっと違うが、シロキアとの喧嘩だ! あの老いぼれをとっちめて、アタシらがガドリアの主になるっ!」

 前を向けば門はすぐ近く。

 腰から短剣を抜き放ち慌てるシロキアの四番隊に向かって馬を駆る。

「続けぇ、餓狼ども!!」

 魔女の咆哮に、群れ続く狼達が付き従った。




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