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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
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賊都19

 歪挟(わいきょう)に曲がりくねる抜け道をケイフゥ達は走る。大人なら、身を縮めて通ることがやっとの狭く暗い道。だが、その道こそが唯一彼らを生還させる道だと信じて駆け抜ける。

「もう直ぐ、でるよ」

 後に続く二人は黙ってそれに頷く。二人は顔立ちも、体格もケイフゥより僅かに大人びているが、同年代らしかった。

 歪挟な隠し通路を全速力で飛び出たケイフゥを出迎えたのは、煌めく白刃。

 それに反応できたのは彼にとって本能に近かった。背負った長剣を最速で抜き放ち、重さに任せて白刃ごと敵を叩き潰す。

「止まるな!」

 後ろを走る二人に声をかけると、斬り捨てた敵の脇をすり抜けた。

 ――罠だ!

 わぁ、と上がる周囲の喚声にきつく唇を噛んだ。シロキアはワザと北の包囲を緩くして、ケイフゥ達を誘い出したのだ。既に通ってきた抜け道は塞がれていた。押し包まれて殺されたくなければ、突破するしかない。

「走れ!」

 祈るような気持ちで命じたケイフゥの声に、聞き覚えのある悲鳴が重なった。振り返れば、付き従って来た二人のうち一人が敵に囲まれてしまっている。

「先に行って!」 追い付いてきた一人の横をすり抜けざま声をかける。逆走するケイフゥを信じられないように目を見開いて見た後、手下はケイフゥの指示に従い包囲を突破した。

 獣は爪牙を持ち、敵を引き裂く。物心ついたときから、殺戮の原野に生きてきたケイフゥにとって爪牙とは身の丈と同じ程の長剣に他ならなかった。

 本来ならば、巨躯の男が使うために設えられたその武器は類い希な強度と重量を併せ持っていた。小柄なケイフゥには大き過ぎる爪。異常な腕の力でもない限り当然振り回される。

 普通なら分不相応として武器を替える。だがケイフゥは、巨大すぎる爪を扱えるだけの感性をもっていた。振り回されることを前提に、僅か力の流れに手を加えてやる。そうすることで長剣は、ケイフゥの思い描く軌道を断ち切る爪となった。

 長剣の重さは彼の非力を補い、強度は幾多の敵を向こうに回しても安心して叩き伏せるだけの余裕を生む。

 手下を囲んでいる敵の背に、体当たりするように長剣を叩き付ける。さらに勢いを殺さぬように横にいた敵を斬り下げる。

 魂を引きずり出されるような絶叫。

 それに怯んだ敵を更に一人斬り倒す。瞬時に三人を殺され、ケイフゥの手下を囲んでいた囲みが解ける。

「はやく!」

叫ぶケイフゥに余裕の色はない。一時的に包囲を破ったとはいえ、綻びは直ぐに修繕されてしまうだろう。

「――っく!」

 手下を振り返ったケイフゥは口から出掛けた言葉が凍りついてしまった。

 目に飛び込んで来たのは真っ赤に染まった太もも。

 腰から腹へ突き刺さった細い槍。立ち上がる事すら出来ず、這ってケイフゥの近くに寄ってくる手下の姿。

 ――間に合わない!

 それどころか、手下の命は既に消えかけていた。

「ケイ、フゥさん……」

 細く吐き出される声、後に続くべき言葉も喋れないほどの重症。

 ケイフゥは決断を迫られる。

 今ならまだ間に合う。包囲を突破して生き延びる事が、出来るのだ。手下を置いて行っても非難はされない。ここに残り助け出せたとしても、すぐに息絶える。

 ――ぐっ。

 血が滲むほどに唇を噛み締めて、ケイフゥは周囲を睨み付けた。包囲は遠巻きに、ケイフゥと手下を包み込む。

 だが、地に着いた足は根が生えたように動かなかった。長剣を握り締め、胸の中でとぐろを巻く熱が吐息となって吐き出された。

「逃げるもんか」

 呟くような小さな声には、不退転の決意があった。




 その様子を遠く店の二階から眺めたジルは、重い声で一人呟いた。

「ケイフゥ、あんた……」

 思い出されるのは、数刻前にケイフゥが訪ねてきた時のこと。用向きは同盟の締結だった。

 手土産として持参した金は相当な金額だった。色街の大半の店を買い取れるだけの支度金。

 だが、ジルは同盟の話に首を縦に振らなかった。

 確かに、先の騒動でジルが双頭の蛇の実力を見直した事は確かだった。サギリを始めとする個々の実力なら、ガドリア随一だっただろう。四役のうち武闘派と呼ばれていたシロキア一家ですら、あれほどに粒揃いではなかった。

 しかし、ジルにはどうしてもあの荒地の魔女が信用できなかった。薄く微笑を湛える口元。美しく整った顔立ちに禍々しい気配。

 思い返せば、返すほど背筋に冷たい思いが流れ落ちていく。

 組織の長として、初めてわかるその配下を危険に晒すことの重み。

 言い換えれば艶花の重みが、ジルの細い肩に圧し掛かる。

「若女将」

 考えごとの途中で後ろから声が掛かる。艶花を継いでから、ジルはそう呼ばれるようになっていた。

 未だ慣れないその呼び名に、ジルは振り向いた。

「赤き道のクルドバーツ様が、おいでになってますが」

 少女と呼べる年齢の配下の報告に、首を傾げる。

「クルドバーツが、ねぇ」

 商人達の連盟である赤き道。ガドリアの混乱の中で領主に力を削がれたはずの勢力。

「客として、じゃないよね?」

 客としてもてなしたこともあるが、それ程入れ込んでいる様子もなかった。

「なんでも、艶花に要件があるとか……それと」

「それと?」

 一旦言いよどむと、配下は意を決したように顔を上げる。

「随分、みすぼらしい格好でして」

 ふむ、と煙管に火を落とす。吐き出される紫煙が青い空に消える。

「窮鳥が懐に入ってきたのかね?」

「きゅう、ちょう?……あっそうか」

 報告に来た配下に視線を向ける。その視線を叱責と勘違いしたのか、少女は身を縮ませた。

「申し訳ありません」

「いや、あたしらはもっと大きくならなきゃならない。そのためには、若いあんた達みたいのがもっと頑張ってくれなきゃね」

 艶然と微笑んだジルに、少女は力強く頷く。

「はいっ! あの、それと」

「なんだい?」

「若女将も、充分若いと思います!」

 思わず噴き出してしまったジルに、少女は慌てたように言葉を重ねる。

「ありがとうよ」

 目に涙を浮かべるほど、笑ったジルは少女に背を向けて視線を獣同然に暴れまわるケイフゥに向けた。

「そうだね、あたしらはまだ始まったばかりだ」

 口元に浮かぶのは、肉食獣を思わせる獰猛な笑み、視線は暖かく慈愛に溢れる。その危うい均衡が艶花のジルの微笑みを美しく際立たせていた。

「あんた、名前は?」

「はいっ、ナルニアです」

 元気良く答えるナルニアに、ジルは暖かい笑みを向けた。

「クルドバーツには、暫く待つように伝えておくれ。必要なら部屋を用意しておくこと。それと……」

 一度、目蓋を閉じて息を吸い込む。同時にケイフゥに背を向けてジルは歩き出した。

「雪華の皆に伝えな! シロキア一家に色街のしきたりってのを教えてやろうじゃないか!」

 その意味を理解したナルニアは背中に雷が走ったように立ち上がり、声を張り上げて返事をした。



 サイトがリニューアルされたので、短めですがお試し投稿。

後6話ほどで賊都編完結予定ですが、あくまで予定は予定です。


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