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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
29/103

賊都18

 モルトの隠れ家から出たサギリは、外で待っていたジンと合流する。そのジンの琥珀色の瞳が自分を非難しているように見えて口を尖らせた。

「なんだよ、文句でもあンのかい?」

「別に」

 立ち止まらずに、ジンの言葉を聞くと軽く舌打ちして、イライラと頭を掻く。

「じゃ、アンタはなんでそんな目でアタシを見てるのさ」

 眉間に皺をよせ、泣き出しそうな瞳でサギリを見るジンにサギリは食って掛かった。

「なんでもない」

「フン! アタシがあのお嬢ちゃんを挑発したのが不満そうだね?」

 笑みを浮かべるサギリ。

「あぁ」

 そう言ってサギリの隣りに並ぶ。

「アタシが初対面の奴を挑発するのはね、怒ればそいつの本性が見えるからさ」

 意地の悪い笑みが彼女の顔を覆う。

「俺の時もか?」

「当たり前だろ?」

 一拍の間を置いて、ジンはサギリに問いかける。

「……どうだった?」

 くすり、と微笑みを零してサギリは皮肉げに口元を歪めた。

「ああ……噛み付くことしか考えない獣だったよ」

 からかうような、愉しげに聞こえるサギリの声にジンは軽く舌打ちした。

「悪かったな」

 じゃれ合いに似たやり取り、それを噛み締めジンは前を向いた。

「さぁて」

 ジンの様子を観察すると、サギリも前を向く。

「シロキアの爺さんに引導を渡して、手に入れるかぁ!」

 チラリと、僅かに寄せられるジンの視線。それを感じながら、サギリ愉しげに口元を歪めた。

「アタシらの故郷ってやつをな!」

 力強く頷くジン。

 晴れ渡る蒼穹に、サギリの声は吸い込まれていった。



 遠くで聞こえる喚声、怒号が風に乗って聞こえた。

「チッ、どいつもこいつも!」

「胴元! 五番組が敵に襲われています!」

 シロキアは300人にも及ぶ手下を五つの組に分けた。万遍なく兵を配したそれぞれ組に、街中を練り歩かせた。

 蛇を挑発していぶりだす。見つけた蛇を五つ組の兵を使ってなぶり殺す。

 単純故に、穴の少ない作戦。

 だが、場所が悪かった。シロキアが襲撃を受けたのは街の東側、色町が犇く(ひしめ)界隈だった。

 色町は元々入り組んだ作りになっている。客同士のトラブルが起こらないように配慮した結果、色町全体は細い路地を幾重にも張り巡らせた迷路に近い構造になっていた。

 蛇を燻り出すのと、色町を仕切るジルに自身の力を誇示する目的もあって悠々と練り歩いていたシロキアの五番組にケイフゥ率いる双頭の蛇が襲い掛かった。

 薄暗く大人二人がやっと通れる程度の狭い路地から突如として長剣が突き出され、瞬く間に二人が切り倒される。援護するのはケイフゥの手下二人。といっても、ケイフゥ程に使える手下はいない。精々がケイフゥの邪魔にならないように、後ろから投擲剣を投げる程度だ。

 しかし、それでもあるとないとでは段違いだった。

 シロキアの手下が得物を振りかぶった瞬間、目の前を投擲剣が横切り一瞬動作が遅れる。

 その間隙に、ケイフゥの剣が入り込む。

「くそっ、いったん退け!」

 シロキアの手下から声があがる。その声に合わせて、ケイフゥとその手下は路地を走り去る。

「逃げたぞ、追え!」

 ケイフゥが背を向けるや五番組の者達は、その姿を追う。

 迷路のような路地を何度か曲がるうちに、五番組の先頭はケイフゥの姿を見失ってしまった。

「ぎゃあぁぁ!」

 悲鳴。

「いたぞ、後ろだっ!」

 声が聞こえたのは五番組の最後尾。追うことに夢中になっていた五番組の先頭と、最後尾ではいつの間にか相当の差がついてしまっていた。路地に無造作に立つ五番組の者達に、後方からケイフゥが再び襲い掛かる。

「た、助けてぇぁ!」

 悲鳴もろとも、ケイフゥの長剣がシロキアの手下を切り裂く。味方が多いために満足に得物を振るうことができず、次々ケイフゥの長剣の餌食になっていくシロキアの手下。

「に、逃げろぉぉ!」

 敗色濃厚になった彼らを繋ぎ止める者はなかった。シロキアの率いる一番組ならともかくも、彼らに目の前のケイフゥ(きょうふ)を退けるものはない。

 一人が叫びだせば、五番組の者達は次々とケイフゥに背を向けて逃げ出す。やがて、路地にはケイフゥに斬られた手下だけが転がるだけになっていた。




「五番組が?」

 報告に来たのは、シロキアが五番組を任せていた手下だった。

「はい、兵隊どもが浮き足立っちまいまして……俺にはどうすることも」

「ほぉ……そうかい」

 にやりと、笑うシロキアの顔には凄みのある笑顔が浮かぶ。

「で……てめえは一体なんで戻ってきたんだ?」

「え、そ、そりゃぁ……胴元に報告しなきゃならんと思いまして……」

 シロキアの頬にある古傷が歪む。

「そうか。ご苦労だったな」

 言葉が終わると同時に、シロキアの手にある白木作りの鞘から太刀が抜き打たれる。

 ぶしゅり。

 音がしたのは、報告に来た手下の喉元。

「え……?」

 自身に何が起こったのかわからず、間の抜けた声を出した手下は、シロキアの、白の羽織が血で染まったのを見た。

 どさりと倒れる手下を、怒り狂う瞳で見下ろしてシロキアは吼えた。

「いいか、てめえら! 敵を見て逃げるなんざ俺の手下にゃぁいらねえぞ! 死にたくなきゃ蛇どもの屍を引きずって来い!」

 長年シロキアの手下をしている取り巻きまでもが一瞬それに息を呑み。

「おう!」

 恐怖と興奮がない交ぜになった、鬨の声をあげた。




「くっ……」

 路地に潜み、シロキアの手下を翻弄していたケイフゥだったがその体は既に傷だらけだった。一番大きな傷は肩を槍で切り裂かれた傷、穂先が肩を掠めただけだったが、体の小さいケイフゥにはそれで充分重症といえた。

 他にも無数に細かな傷がある。小さな傷から血が流れ、それが乾いたと思ったらすぐにまた傷が出来る。戦い続けているということが血を流し続けているようなものだった。

「ケイフゥさん、そろそろ引かないと」

 ケイフゥの手下の一人が、小声で囁く。

「うん……」

 ケイフゥの返事が重いのは、周りが囲まれつつあるのを知っているからだった。五番組を壊走させたところまでは良かったのだが、その後残った四組はシロキアから直接指示を仰ぎ始めた。

 街を練り歩くよりも、ケイフゥ達を追い詰めることを優先したシロキアは、薄暗い路地のひとつひとつを念入りに潰して行く。徐々に囲い込まれ、身動きが取れなくなっていくケイフゥ。だが北の方向の抜け道だけが、開いている。

「北の抜け道がまだ使えるはずです、行きましょう」

「うん!」

 迷っている暇はない。

 頭を振って迷いを振り切ると、ケイフゥは手下を連れて路地の抜け道を走った。



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