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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
26/103

賊都15

 狭い入り口から、殺到してくる雪華の荒くれ者。

 入り口はひとつしかないのだから、守る側にとっては守り易く、その分有利だった。

 しかしそれも、数の不利を覆すまでには至らない。

 弓が得意なレギーでさえも、弓を短剣に持ち替えて応戦する。

 扉の奪い合いからその戦いは始まった。味方の血で濡れ、更にその上から敵の血を浴びる壮絶な混戦。傷を負わない者は皆無の状況で、レギーの目の前で仲間が斬られる。

 敵の刃を受け止めている仲間の脇から、敵へ向けて短剣を突き出す。

 わき腹をえぐり、悲鳴を上げる敵の顔をすぐ近くで見ながら、その体を突き飛ばす。だが、徐々に数の差に負けて、部屋の中へと押し込まれていくレギー達。扉の位置を確保した雪華は一気に攻め寄せようとはせず、ジリジリと間合いを計るように徐々に迫る。

「こんばんは」

 今すぐにでも、殺し合いの始まりそうな一つ屋根の下に。能天気とも言える声が聞こえた。

 一瞬の静寂の後、漣のように炎の運び手達の間に動揺が広がる。

「雪華のジルっ……」

 煌びやかな衣装に、結い上げられた銀の髪。片手には煙管を持ち、それを紅を塗った口元に当てている。娼館で見かけるのと寸分違わぬ立ち姿、唯一相違があるとすれば煙管を持って居ない方の手で、一振りの小剣を持っていることだろうか。

「そろそろ諦めて降伏してくれないかねぇ? 悪いようにはしないよ」

 立ち上る紫煙に目を細めながら、ジルは炎の運び手達に問いかけた。

「へっ……おとといきやがれ!」

 ジルに向かい投げられる手斧。正面から迫るそれを、最小限の動きで避けるとジルは気だるそうに首を振った。

「やれやれ、どうしてこう男ってのは馬鹿ばっかりなのかねぇ」

 トンと、煙管から火を落とし手下に命令を下す。

「やっちまいな」

 ジルの手にしていた小剣が、銀色の軌跡を伴って先程彼女に手斧を投げた男を貫く。双方ともに上がる雄たけび、血で血を洗う戦いが幕を開けた。





「ち、なかなか崩せないね」

 軽く舌打ちして、ハンナは闇の向こうに佇むモルトの隠れ家を睨んだ。

 既に手下を突撃させたのは三回を数える。厄介な矢も黙らせ、満を持しての突撃を、三度までも防がれた。怪我人の数も、三十名近くになるが同等の被害は与えている。全体の数からすれば、まだ余裕のある数字だ。

「次こそ、落とさなきゃぁね」

 気に掛かるのは、蛇の動向。

 突撃させた手下の話によれば、敵の中に双頭の蛇は混じって居なかったらしい。

 好都合だった。蛇と炎の運び手を別々に葬れるなら、それに越したことはない。だから、できるだけ早く。炎の運び手を片付けなければならない。

「ジル、仕度は出来てるんだろうね?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 店に出るのと同じ格好でジルは佇んでいる。

「隙間なく、囲んでますし……さっき死合ってみた感じだと後一回が限界でしょうね」

 煙管を弄びながら、気だるげにモルトの隠れ家を横目で流し見る。

「そうかい……腕の良い奴を全員連れていきな。次で必ず決めるんだ」

「はいはいっと」

 軽く頷くと、ジルはハンナの周囲にいる雪華の精鋭に声をかけた。

「それじゃあんた達、ちゃっちゃと片付けるよ」





 一歩隣室に足を踏み入れたルクはその惨状に目を見張った。

「レ、レギーさん!」

 誰の血か分からないほどに、濡れたレギー。その彼が手当てをしている男には、手首から先が無かった。

「モルトの頭……」

 ルクの声に反応して振り向いたレギーは、呆然とモルトを視界にいれた。

「くっ……病人は寝てやがれ!」

 一瞬迷い、それを振り払うようにレギーは怒鳴る。

「頭ぁ……」

「……親方」

 レギーの声に反応したのか、そこかしこから傷つき動くこともままならない彼の弟子たちの声が聞こえる。呻き声と大差のないその声に、モルトは眉をしかめた。

「すまねえな、苦労ばかりをかけちまって」

 柄の長い戦斧を杖代わりに、立て籠もっていた部屋から出て行こうとする。

「モルトの頭っ!」

 治療をしている男から、顔を上げずにレギーは声を張り上げた。

「死ぬんじゃねえぞ!」

 思うとおりに行動できない歯がゆさ、胸一杯に広がるそれを飲み下しレギーは叫んだ。

「わしを、誰だと思ってるんだ。臥せようが歳食おうが、炎の運び手の頭だぞ」

 背中越しに答えて、モルトは扉を開ける。

「ルク、ありがとうよ。もう十分だ」

「嫌です!」

 モルトの肩を支える手に力を込める。

「モルトさんが、ちゃんとみんなの所に戻るまで見張っていますから」

 見上げる真剣な瞳に、モルトは苦笑した。

「わしが、30年程若返ったなら口説いておったな」

「へ?」

 豪快に笑い、モルトは十年来の友人が率いた雪華と向かい合った。




 雪華の精鋭を率いてモルトの隠れ家を襲おうとしたジルは、その崩れかけた扉から出てくるモルトとルクを見つけて眉を顰めた。

「降伏しますって顔じゃないねぇ」

 面倒ごとがまた増えたと、心の中でぼやきながら二人に対峙する。今にも二人に襲い掛かりそうな手下を睨んで下がらせる。

「何のようだい? 降伏しますってんなら歓迎なんだけどね」

 モルトが襲い掛かってきても避けれるギリギリの距離を保ちつつ、表情には妖艶な笑みを浮かべる。煙管を片手で弄び、もう片方の手は二人から見えないように短刀を握る。

「ジル、もう止めようよ。こんなことしたって何にも……」

 モルトを支えながら、ルクは言葉を発した。

「それがそうも行かないのさ。まぁこっちの事情で申し訳ないんだけど、シロキアの所が殺気だっててね」

 肩を竦めながら、間合いを計る。

「双頭の蛇を皆殺しにしてやるって息巻いてるのさ」

「ハッ、シロキアめ。無駄に血の気が多いのは直ってねえな」

 口元を歪めて笑うモルトに、ジルは苦笑を重ねた。

「まぁそんなわけでね。あんた達の首が──」

 瞬間、抜き打たれるジルの短刀。

「──要るってわけさ!」

 鞭のように撓る腕が、最短距離を走りモルトの首筋へ喰らい付こうとする。

「モルトさん!」

 飛び散る鮮血。

「っち……」

 舌打ちはジルからもれた。彼女の放った突きはモルトの首筋に至る手前、鍛冶仕事で固く傷ついたモルトの手を貫いていた。

「……おめえさんは、ハンナの娘だったか?」

「うちの所はね、拾われた娘や売られてきた娘は皆女将さんの娘だよっ!」

 そのまま喉を刺し貫こうと力を込めるジルの手を、串刺しにされた手でそのまま握る。

「くっ……」

 ジルの短い苦悶の声。握られた手が、ビクともしない。それどころか、傷口を広げることを覚悟の上で、潰れるほどの力で握り締めてくる。

 煙管を懐に瞬時に仕舞うと、もう片方の手にも短刀を握り、素早く自身を掴んでいる腕に向かって振りぬく。

 その刃を避けるように、モルトがジルの腕を解き放ちジルはモルトから距離をとった。

「やれやれ、死にそうな面してよくもやってくれるねぇ」

 握られた腕を擦り、両手に短刀を握ってモルトを見据える。

「ジルっ!」

「黙っときな、ルク。これはね、炎の運び手と雪華の15年来の決着なんだ」

 低められた声音に、目つきの変わったジル。刃のように鋭い視線は、ルクの知っているジルとはまったく別人のものだった。

「お嬢ちゃんが良く吼えるじゃねえか」

 ルクを自身から遠ざけるとモルトは長柄の戦斧を構える。

「わしは、ハンナに用事があるだけだ。そこを通してもらうぞ」

「生憎と女将さんは甘くてね。あんたに会って折角断ち切った情に絆されちまうとも限らない。ここで死んでおくんなさいな」

 腰を落とし、短刀を構える。優美な衣服の下から艶かしい白い足が覗き、短刀の剣先はモルトの首に向けられる。

「姐さん……あっしらも」

「下がってな!」

 手助けに入ろうとする手下を一喝して、雪華のジルは炎の運び手のモルトと対峙した。

「邪魔は入らない。さあ、モルトの小父さん、あたしの手で死んでくださいな」

 殺気を込めた視線ですらも妖艶に、ジルはモルトに向う。

 地を這うように走り、下からの一閃。

 ガツリと長柄に受け止められるのを確認して、顔に向かって横から一撃。舞姫のように、くるりと回ってさらに突きを繰り出す。さらに翻る裾の合間から、遠心力を利用した蹴りを放ちモルトに反撃をさせる間を与えない。

 息もつかせぬ攻撃、その合間の僅かな隙を突いてモルトが戦斧を一閃する。豪風を伴ったその一撃に、ジルの舌打ちが漏れる。

「ちっ……」

 その一撃で結っていた髪の留め金を弾き飛ばされ、銀色の長い髪が背に掛かる。流れる冷や汗を無視して、振り抜かれた戦斧の戻ってくる前に、再び暴威の斧の間合いに身を躍らせた。

 綱渡りをするような攻防を止めたのは、雪華から聞こえてきた悲鳴だった。

「双頭の蛇だっ!」

 後ろから聞こえてきた叫び声に、モルトの間合いから素早く飛び退くとモルトを睨みながら、ジリジリと後退を始める。

「手は出さなくていい……けど、囲んで逃がすんじゃないよ」

 率いてきた手下に声をかけると、瞬く間に身を翻しハンナがいた場所へ駆けて行った。



PV10,000HIT致しました。

ご愛読ありがとうございます。

何分忙しく執筆が滞りがちですが、今後とも何卒ご贔屓にお願いします。

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