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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
22/103

賊都11


 玉座の間、先代が心血を注いで作ったその空間に身を置きヘルベルは報告を聞いていた。


「クルドバーツめは、屋敷に閉じ込めております。店の方は、問題なく運営しているようですので、赤き道の後任を探すだけで事は済みそうです」


 報告しているのは、クルドバーツの護衛を命じられたバーン。


「貴様の意見はいい、事実だけを述べろ」


 傲岸な態度を崩さず、精巧な彫刻のように飾り立てた玉座からヘルベルは部下を見下ろした。


「失礼しました」


 純朴として、頭を垂れるバーンは一度頭を下げた後、報告を続けた。


「クルドバーツは屋敷に監禁中、彼の店は依然と変わった様子はなし」


 野太い声で、簡潔に言い直すバーン。


「警戒を怠るな、他の四役からの使者と言えども決して通すでない」


「御意」


 踵を返すバーンが、角を振りかざす牡鹿が彫り込まれた扉を開けて、ヘルベルの前から去る。


「これで、クルドバーツは抑えた」


 天井に描かれた弓引く天使達。


「モルトの後継者は六日後に死ぬ」


 妖艶に微笑んだ天使が狙いを定めているのは、暗闇に沈む悪魔。


「後は、おいぼれのシロキアに欲に目がくらんだハンナか」


 荘厳なその絵をゆっくりと仰ぎ見たヘルベルは憎悪を込めて笑った。


「四役め、皆殺しにしてやるぞ」


 その宣言は天井に描かれた悪魔よりも暗く、天使よりも尚凶暴だった。




 目が覚めて最初に感じたのは痛み。背中に焼けた鉄の棒を差し込んだような、耐え難い熱を伴って痛みが背中で鼓動する。


「くっ……」


 徐々に開けていく視界の隅で、サイシャは自分の名前を呼ばれるのを聞いた。嫌な女の声を聞いたと思い、瞼を閉じる。


「サイシャさん!?」


 駆け寄ってくる足音に一度閉じた重い瞼を開ける。


「サイシャ、無事?」


 ケイフゥの高い声。


「傷の痛みはどんな感じだ?」


 モルトの部下のレギー。


「……痛い」


 他に言葉が見つからない。それほどに的確に言い表せているとは思えないが、口を動かすのでさえ疲れるのだ。


「じじいは?」


「……無理が祟って寝込んでるよ」


 舌打ちとともに、聞こえた藪医者の言葉にサイシャは苦笑する。


 そうだ。一番肝心な奴の声を聞いていない。


「……ルカは?」


 サイシャを覗き込むケイフゥに問いかける。


「えっと、その……」


 下を向き、俯くケイフゥの姿に胸に黒いモノが去来する。


「……ルカ、は?」


 レギーのほうへ顔を向ける。悪い冗談なら止めてくれと、言い聞かせて嫌な予感を追い払おうとする。


「……アイツも怪我しててな、今は起き上がれねえ。お前の方が直ったら見舞いに行きな」


「……本当、なんだな?」


 凍りついたように動かないレギーの瞳を見返しつつ、サイシャは確かめた。


「あぁ、本当だ」


 ぎこちない笑みを浮かべるレギー。


「っく……あぁぁっ!」


「何してる!? てめえ自分の怪我の度合いが分かってんのか!」


「サイシャ!?」


 怒鳴る藪医者の手を払い、サイシャは立ち上がろうとした。動かすたびに、悲鳴を上げる体。寝台から上体を起こそうとする腕に力がない。だがその腕を無理やり動かし、サイシャは体を支えた。


「サイシャ!?」


「サイシャさん!?」


「黙ってろ!」


 ケイフゥとルクを視線と殺気で黙らせる。

 寝台から降りようとする彼女の肩を抑えるレギーの腕。まるで彼自身が傷ついているかのような悲痛な表情で、必死に彼女を止める。


「やめるんだ。今度こそ死ぬぞ!」


「どけ!」


 押せば倒れるサイシャの肩を、レギーはそれ以上押すことが出来なかった。だからといって、引くなど論外。藪医者という自覚はあるが、それでも医者は医者だ。

 錯乱していると言ってもいいサイシャ、それを見て取ったレギーは無駄と思いつつも説得を続ける。

 だがやはり、その説得に耳を貸すようなサイシャではなかった。


「ルカ、ルカを、私は助けるんだっ!」


 傷ついた体を動かすのは強迫観念にも似た激情。押さえ込むレギーの腕を振り解こうとして、背中の傷口が開く。包帯の上から、赤い染みが広がるのが見える。

 取り憑かれたかのように、髪を振り乱しレギーの腕を振り解こうとする。その鬼気迫る様子に、レギーは目の前にいるのが少女だという事も忘れ、恐怖した。見据えるサイシャの瞳は、狂気の輝きを放つ。

 まるで蝋燭の火が燃え尽きる前の、一瞬の輝きにも似たそれに、レギーが恐怖とともに見蕩れた瞬間、サイシャはレギーの腕をすり抜けた。

 触れれば倒れてしまいそうな、体を引きずり扉に向かう。彼女の肩に触れようとした、レギーをサイシャは視線だけで制した。


「邪魔したら……殺す」


 命のやり取りを、何度も経験しているレギーですら一瞬息を呑んでしまうほどに強い言葉と視線。

 あまりの痛さに、彼女の瞳からは止め処なく涙が溢れ、零れ落ちていく。だがそれでも前を目指す意思には一片の曇りすらない。吐き出す息は、痛みと共に溢れ出す激情を吐き出す。真っ赤な炎が燃え盛るように、瞳に揺らめく炎。

 扉を抜けた先には、荒く吹きすさぶ風と夜の闇。

 サイシャという手負いの狂獣(きょうじゅう)は、檻を抜け出しその先で──。


「──なんだい、そのざまは?」


 漆黒を纏った魔女に会った。

 荒々しく吹きすさぶ風さえも従えて蛇達の主は笑っていた。




「サー姐ぇ……?」


 口をついて出た言葉。それが、その響きが、燃え盛る一方だった感情の炎に一滴の理性をしみこませた。たった、一滴。だがそれが、今まで炎の下で抑え付けられていた不安や悔恨を呼び起こす。


「ああ、なんだい?」


 今まで誰も寄せ付けなかったサイシャの狂気が鎮まりをみせる。


「サー姐ぇ」


「ああ」


 俯き震えるサイシャのか細い肩。返されるのは、闇のように全てを包み込むサギリの声。


「……ルカが、さ。さらわれ、ちゃったんだ」


「そうかい」


 俯いたサイシャから聞こえるのは、鼻を啜る音。


「……それでさっ……私、頑張ったんだけどっく……だめで」


 言葉の間から、漏れる嗚咽。


「サー姐ぇ……」


 顔を上げたサイシャは、縋り付くように細い声が紡がれる。


「助けてよ……ルカが、ルカが、ひっく……し、死んじゃうよぉ……助けてよ、サー姐ぇ……」


 その場に崩れ落ちるサイシャを、しっかりと抱きとめてサギリはレギーに彼女を手渡す。


「しっかりと頼むよ、藪医者」


 腕の中の少女を見下ろすと、レギーは頷き漆黒の魔女に問い返した。


「……で、アンタはどうするんだ?」


 その問いに、魔女と畏れられる女は口の端を弦月に歪めた。


「決まってんだろう、双頭の蛇(アタシら)に喧嘩を売った身の程知らずに、きっちりとツケを支払ってもらうのさ」


 黒曜石の瞳には、サイシャの狂気が乗り移った様な炎が揺れていた。サイシャのように声を荒げるではない。だが、確かにレギーはサギリの言葉にサイシャ以上の恐怖を感じた。





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