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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
21/103

賊都10

「湯だ、こっちに頼む」


「はい!」


 その声に答えてルクは沸かした湯を桶に入れて運ぶ。怪我人の中を縫うようにして忙しく行き来していた。


「新しい布足りねえぞ」


「今行きます」


 軽い切り傷から、矢傷まで様々な傷の治療を目にする。初めは戸惑い、流れる血に怯えた彼女だったが、次第に慣れていった。

 治療する側もされる側も元々盗賊。荒っぽい治療だが、そのぶん早く最低限の応急処置にはなっていた。


「もういいぞ、少し休んでくれ」


 主に治療を担当していた年配の男に言葉をかけられるが、彼女はその言葉に抗った。


「私まだ大丈夫です」


 クタクタに疲れてはいたが、それよりも胸の奥の熱の方が大きかった。そんな彼女に年配の男は、厳しい口調で言い放つ。


「好意は嬉しいがね。もうあんたにできることはねえんだ。さっさと休んでくれ」


 厳しい言葉に俯くルク。了承の返事をしようとした時、隣から声がかかる。


「素直じゃねーな。レギー気遣ってるならもっと言いようがあるだろうが!」


 ルクと年配の男――レギーのやりとりを聞いていたモルトの配下の中から声がかかる。からかい半分の口調だが、それに続いて別の方からも声があがる。


「そうだそうだ! 年甲斐もなく照れてんじゃねー!」


 途端に起こる笑いの渦。その中で、レギーは熱があるかのように顔を赤くして喚いた。


「黙れ! てめえら、怪我人は静かにしてやがれ、傷口が開くだろうが!」


 その様子が余りにも楽しそうで、思わずルクはくすりと笑ってしまった。


「ったく、いつまでたってもガキのままなんだからな。参っちまうぜ」


 頭を掻きながらルクの方に振り返ると、レギーは先程よりも幾分柔らかい口調で話しかけた。


「と言うわけだ。あんたが居ると奴らが興奮しちまってなかなか休まねえから、少し休んできてくれや」


「それはおめえもだろうが!」


 すぐに入る茶々を華麗に黙殺すると、レギーはルクの背を押した。


「あ、ずりぃぞレギー! 俺の聖女様に汚え手でさわんじゃねえ!」


 レギーは悲鳴混じりの罵声を聞き流し、ルクの部屋の前まで来ると、丁寧に扉を開ける。


「私、お邪魔でしたでしょうか?」


 困惑気味に尋ねた彼女に、レギーは笑みを見せた。人好きのするような柔らかい大人の笑みだ。


「いや、充分よくやってくれたさ、礼を言いたいぐらいにな」


「だったら――」


「だからこそ! しっかり休んで疲労を抜いてくれ。怪我の治療は明日からも続くからな、しっかり頼むぜ。聖女様」


 にやりと笑うとレギーはまた、怪我人達の中に戻っていった。

 部屋の中に戻り、ルクは寝台に横たわる。レギーには強がったが体は正直だった。もしかしたら、それさえも見抜かれていたのかもしれないが、彼女は眠りを誘う睡魔に身を任せた。

 ルクが疲労の誘う心地良い微睡みに身を委ねていると、なにやら隣の部屋が騒がしく感じる。意識がはっきりとしてくるほどに、明瞭となる雑音に彼女は重い体を起こす。


「なん、だろ?」


 閉めた扉の隙間から漏れる灯りを頼りに、扉を開く。

 そこは蜂の巣を突っついたような騒ぎだった。一重二重になって、誰かを取り囲んでいるモルトの部下たち。その隙間を潜り抜けて、ルクは騒ぎの中心へ向かった。


「治療の邪魔だ! さっさと散れ!」


 レギーの怒鳴り声が聞こえる。


「レギーさん、どうかした……」


 の、と言いかけて彼女は絶句した。床で治療を受けていたのは、満身創痍のサイシャとモルトだった。


「ルクか」


 モルトが弱々しい声を上げた。

 いつもとは余りに違う弱々しい姿に、ルクは言葉がでず、ただ頷くだけだった。


「すまんな」


 薄い笑みに彼女は、モルトの容態が悪いのを知った。とっさにレギーの方を振り向くと、彼は視線をモルトに向けた。


「肺の病だ。無茶しやがって……死にてえのか!?」


 厳しい口調とは裏腹に、モルトに触れる手は慎重で丁寧だった。


「治るんですよね?」


「……わからん」


「そんな……」


 言ってしまってから、ルクはレギーから鋭い視線を向けられた。彼女は自分の言葉を即座に後悔する。助からないのだ。恐らく、サイシャを助けに動いたのさえ最後の力を振り絞って行ったのだろう。

 俯いた彼女の腕をモルトの傷だらけの腕が掴む。


「ルカは、必ず助ける。言えた義理じゃねえが、少し時間をくれ」


 病み衰えたモルトの手に力はなかった。




 薄暗い地下牢。鎖に繋がれたルカンドは鉄格子越しにヘルベルの訪問を受けていた。


「やぁ、元気かね? 薄汚い蛇殿」


 ヘルベルは薄い笑みを口元に浮かべて、ルカンドを見下ろす。その隣には奴隷だろうか薄汚い少女を一人連れていた。

 無言で見上げるルカンドに、ヘルベルは陰惨な笑みを隠そうともせずに言い放つ。


「処刑の日程が決まったよ。十日後だ」


 ルカンドの顔色を伺いながら、言葉を続ける。


「……それと、先程賊が城に侵入してね、確か毒を使う薄汚い少女だ」


 ルカンドの目に僅かながら動揺の光が走ったのを、ヘルベルは見逃さなかった。


「まぁ、今僕がここにこうして無事に君と話していることから分かるように……賊は撃退したのだがね」


「それで?」


 掠れた声で質問するルカンドにヘルベルは喜悦を露わにする。


「ふふん、やっと興味が出て来たかい? まぁ心配しなくていいよ、賊の少女は深手を負っているが城外へ逃げたらしい」


 感情を面に出さないようにしながらも、安堵の息が漏れてしまうルカンドに、その声は降ってきた。


「で、だ」


 抑えきれない喜悦に歪むヘルベルの表情。


「許せないだろう? 領主に逆らったのだから罰を与えねば。だが罰せられるべき者は逃亡してしまった」


 発作のような笑いが、漏れてくる。


「つまり、他に罰を受けるものが必要なのだ」


 その言葉にルカンドは軽蔑の籠もった笑みを向ける。理由を付けてはいるが、つまりルカンド自身を痛めつけたいのだろう、と。


「好きにすればいい」


 そのルカンドの答えにヘルベルは声を上げて笑った。


「そうさせてもらおう」


 言うや否や、傍らに控えていた少女を張り飛ばす。倒れてしまい目を見開いて驚く少女と言葉を失うルカンド。


「何、を?」


 呟いたルカンドに、ヘルベルは嘲笑を向けた。


「何を? 僕は言ったはずだが」


 罰を与えると。陰惨な笑みを顔に貼り付け、倒れた少女を打ち据える。


「い、嫌、何をなさいます領主様!」


 打たれることを、恐れて縮こまり助けを求める少女。だがヘルベルは、そんな姿を楽しむように更に痛めつける。頬を殴りつけ、それに満足出来ないのか少女の衣服を破り捨てる。その華奢な体を、飽きるまで殴りつけた。

 身を庇う少女の細腕を掴み、思い切り踏みつける。


「あああぁぁあぁぁ!」


 悲痛な叫びと共に、少女の腕はあらぬ方向へ曲がってしまう。


「……なぜ、こんなことをするっ!?」


 恍惚の表情を浮かべながら小さくなって震えている少女を見下ろすヘルベルに向かって、ルカンドは声を荒げた。


「その子は、何の関係もないだろう!?」


 ルカンドは彼女と面識がなかった。


「何故、だと?」


 傷と破れた衣服でぼろ布のようになった少女。その髪を、乱暴につかみ上げる。


「あ、うっ……」


 僅かに、呻き声を上げるがもう少女に抵抗する気配はない。


「この娘は僕の奴隷だ。どうしようと君に関係はあるまい」


 それに、と言い足して鎖に繋がれたルカンドに少女の顔を近づける。


「こうした方が君の矜持を深く傷付けるかと考えたのだがねえ」


 その言葉に、ルカンドは呆然とヘルベルを見返した。


「たった、それだけの為に……?」


 沸々と、煮え立った湯のようにルカンドの中に憎悪が湧き上がる。


「……あなたは、他人の命を何だと思っているのですか!?」


 自身を痛めつけられても感じたことのない圧倒的な感情がルカンドを飲み込む。


「他人の命だろう? 自分のものですらないそれが奪われたとて何を怒る?」


 高い嘲笑の声。得体の知れないものに抱く嫌悪そのままにルカンドはヘルベルを睨み付けた。喜悦に歪むヘルベルの口から、笑いが漏れ出してくる。


「やっとそんな目を向けてくれたねぇ。ルカンド君といったら醒めた目しかできないのかと思っていたが……この奴隷は充分役に立ってくれた」


「なら、すぐに解放してやればいいだろう!」


 吼えかかるルカンドに、ヘルベルは嘲笑の篭った視線を向けた。


「しかし、この腕ではね」


 少女を床に投げ捨て、ヘルベルは懐に手をやった。


「……だい、じょうぶ、です。ご主人さ、ま。私はまだ、働けま、す」


 傷だらけにされたその体で気丈にも少女は、ヘルベルに擦り寄る。


「おお、なんと健気な! 僕はお前のような奴隷をもてて嬉しいよ」


 足にすがりついた奴隷の背に手を回し、抱きしめるかのような格好になる。だがルカンドはヘルベルが懐から取り出した凶器を見逃しはしなかった。


「やめろ!」


 ルカンドの叫び声が地下牢に響く、少女の背中に突き刺さる。あふれ出す血は床を染め、細くなった息は彼女の命が尽きる事を嫌でも彼に知らせた。


「お、おまえええ!」


 激しく鎖を鳴らしヘルベルに詰め寄ろうとするルカンドに、高笑いだけが返される。少女の血に塗れた手を、まるで汚物を払うように振り払いヘルベルは立ち上がった。その拍子に、彼にもたれかかる格好になっていた少女が床に落ちる。


「最期まで役に立ってくれたなぁ、そうだこれからは毎晩こうして君の前で奴隷を殺して見せてあげようか? 君がどんな風に僕に赦しを請うか今から楽しみで仕方ないよ」


 では、といってヘルベルは立ち去る。自分が殺した少女の命など、使い捨ての道具でしかないのだとその背中は語っていた。







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