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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦 527年 魔女の系譜4章
18/103

賊都7

「何者か!」


 上がる誰何の声に、サイシャの気持ちは城門から二人の門番に吸い寄せられる。


「……誰にもやらない。私の姉弟」


 かがり火に照らされた焦点の合わない視線、虚ろに呟かれた言葉に、怪訝に顔を見合わせる門番。それに関知せず、サイシャは宣戦を布告した。


「……ルカンドを、返してもらうぞ!」


 言葉と同時に投擲する小剣が門番の頬を掠める。苦悶の声を上げる同僚を一瞬だけ振り返った門番の一人は、足に感じる熱に視線を転じた。

 自分の太ももに生えた異物――鋭利な刃物が突きたっているのを目撃する。反射的に喉の奥から悲鳴がもれそうになり、だがそれが出来ないことに気付く。

 突き立ったその瞬間から、体内を侵蝕する毒。それが見えない腕で、敵を締め付けるかのような効果を発揮する。

 門番の二人は悲鳴すら上げることなく、その場に崩れ落ちた。

 倒れた門番から鍵を奪いサイシャは城内へと、侵入を果たした。




「なんだと!?」


 サイシャが一人城へ向かったとの報せに、モルトは驚愕を隠しきれなかった。病床にあるのも忘れて手下を怒鳴る。報せを入れてきたのが雪華のジルと言うことだったのが気になるが、サイシャが城へ向かったのが事実ならば静観しておける状況ではない。

 とにかく急がなければサイシャが危ない。


「ケイフゥを呼べ。サイシャの居場所が分かったってな」


 手下に指示を出してから、モルトはルクのいる部屋に向かった。

 モルトだと、声を掛けてから部屋の中に入る。赤く腫らした目元から、彼女が泣いていたのにモルトは気付く。

 だが、それをはねのけるように背筋を伸ばしてモルトを出迎えたルク。そんな彼女の態度の中に、否が応でも気品と言うものを、感じずにはいられない。


「サイシャの居場所が分かった。おそらくは、ルカンドもいるのだろう」


 黙って頷くルク。


「ケイフゥを借りていく」


「はい」


 厳しい表情を崩さずに、モルトは告げた。


「心配せんでも、奴らを殺すような真似はせん。必ずつれて戻ってくる」


 突き放したような、だけど温かい言葉に亡き父を彼女は思い出した。当時は冷たさだけを感じたものだが、亡くしてしまった今更それを感じる。


「はい、モルトさんもご無事で」


 凛とした言葉に、僅かにモルトは笑った。不安で押しつぶされそうなはずの少女が、自分の無力感と毅然と戦っている。

 生まれの差とは思いたくない。彼女自身の強さだとモルトは思うことにした。

 強く頷いて、彼は部屋を出る。帰って来たケイフゥに事情を話しサイシャとルカンドを救い出す為に城へ向かった。




 モルトとケイフゥがルクの潜む家を出たのを、ジルは見張りの報告から知った。


「こうも単純だと、仕事が楽で良いねぇ」


 その報せを聞いてジルは物語に聞く淫魔のように笑う。率いてきた雪華の手下に声を掛けてルクの隠れている家へ向かう。


「行くよ。金の卵を捕まえにさ」


 いつものように艶やかな衣装を纏い、結い上げた銀の髪は糸のようにさらりと夜風に流れ、手には細工も見事な煙管を弄ぶ。

 率いてきた手下の数は30を越える。それぞれ得物を手に、凶悪な表情を並べていた。

 色街と異なり、鍛冶屋が軒を連ねるこの辺りの夜は早い。既に灯りがある家の方が少ない街並み、青白い月光が襲撃者達の横顔を照らしていた。




 どうしてこうなってしまったのだろうか。ルクは与えられた部屋で物思いに沈んでいた。 思いは胸の中で堂々巡りを繰り返し、出口を見つけられそうに無かった。


「こんばんは」


 硬質な扉をたたく音と共に聞こえてきたのは、聞き覚えのある明るい声。


「ジル?」


「あったりぃ」


 酔っ払ったかのように陽気な返事が、扉の向こう側から聞こえる。


「開けてくれる?」


「うん……」


 ルクは嬉しかった。ここで一人でいるよりは、いつでも明るいジルと一緒にでもいた方が気が紛れると思ったからだ。

 扉を開けた先には、酒瓶を片手にジルが立っていた。


「あら、今一人?」


「うん、ちょっとね」


 部屋に上がるとジルは遠慮なく寝台に腰掛け、テーブルを引き寄せる。

 どこからともなく取り出した二つのグラスに、並々と注がれる深紅の液体。


「私お酒なんて……」


「まぁ、そう言わずに」


 ルクの抵抗をなし崩し的に排除して、彼女にグラスを握らせた。


「たまには、必要なものよ。大人のたしなみね」


 一人納得して、ジルは頷く。断り辛い勧めに曖昧に頷くと、ルクは一気にグラスを煽った。

 途端に噎せるルクの姿にジルは声を上げて笑った。


「あははは、ルクお酒はもっとゆっくり飲みなさいよ」


 心底楽しそうに笑いながら、目尻の涙を拭う。


「ジル、もしかしなくても酔ってる?」


 冷静に見れば、酒瓶の中身が注いだ分を差し引いても、何やら少ない気がする。


「そんなわけないでしょ」


 にんまりと笑いながらグラスを煽る。


「……あれ?」


 くらりと、ルクの視界が揺れる。霞がかかったかのように考えがまとまらず、床を踏みしめているはずの足は羽毛を踏んでいるように頼りない。

 床に膝をつき両手を支えに、なんとかジルを見る。


「私、どうし、て」


「あら、酔っぱらっちゃったのね」


 ルクの姿を見てもジルは全く動揺しない。むしろ当然だと言わんばかりの態度をとる。


「よ、う?」


 初めて酒を口にした彼女。一気に襲い来る瞼の重みと、呂律の回らない事態に陥っても、そう言ったものかと考えてしまう。


「心配いらないよ、少し寝て起きれば良くなるからさ」


 コクリと頷き、ルクは崩れ落ちた。


「ごめん、ね……ジ、ル」


「なぁに、気にしなくていいさ……謝るのはお互い様だからね」


 自身のグラスに残る酒を緩やかに飲み干し、崩れ落ちた彼女に意識がないのを確認して、ジルは手下に彼女を運び出すように命じた。







『人を殺すのは嫌いだよ』


 脳裏に響くルカンドの声に、サイシャは舌打ちする。周囲には鎧を纏った城の兵士達が遠巻きに囲み、足元には毒で動けなくした敵が転がる。


「……いまさら」


 怒声を上げて剣を振り上げる兵士の動きに合わせて、少剣を投擲する。鎧と鎧の僅かな隙間に吸い込まれ崩れ落ちる敵。

 押しているのはサイシャだ。それは彼女自身が感じていた。何十人という敵を戦闘不能に追い込み、城の内部を進んでいた。

 増援を呼ばれないうちはまだ余裕があった。しかし、増援が増援を呼び、今ではすっかり包囲されてしまっている。

 まだ余裕はある。だが、進めない。このままでは、彼女の体力が先に尽きてしまうのは火を見るよりも明らかだった。

 逃げる、という選択肢が脳裏を掠める。


「退けるかっ!」


 その考えを振り払うように勢い良く、囲みを作る兵士達に向かって駆け出した。鞘に収める短剣、抜き放つその短剣から滴る水滴が飛翔する。

 仕込みを凝らしたその武器に、どっと兵士達の輪が崩れる。水滴が肌に付着した者がその場に昏倒し、囲みにできたその隙間にサイシャの小さき体が入り込む。

 振りかざされる白刃、その間隙を縫ってサイシャは囲みを突破する。所々に焚かれた明るい篝火。その届かない所を目掛けてサイシャは石畳の回廊を駆け抜けた。

 乱れる呼吸、なんど曲がったか正確な数を忘れてしまった曲がり角。


「なんて広い……」


 思わず弱気が口から零れる。そんな自分に苛立ち、兵士の声が通りの先から聞こえてくるのに反応し、物陰に身を潜める。

 徐々に追い詰められていくことへの苛立ちに似た焦燥感。敵を倒せば倒すほど、手持ちの武器は心もとなくなっていく。


「居たぞ、こっちだ!」


 響く声、複数の足音にサイシャは舌打ちした。一箇所に長くとどまる事もできない。囲まれる前に動く、それを繰り返して城内を虱潰しに探していくしかない。

 声が聞こえてきたのとは反対側へ走る。

 薄暗くなっている廊下の曲がり角、後ろから迫る足音に注意力を取られてしまったサイシャはぶつかってしまった兵士に目を見開いた。

 だが、驚いたのは兵士も同じ、見ればまだ少年といえるほどの年齢の兵士だった。


「うあぁぁああ!」


 手にした槍を叩き付ける兵士、迫る柄に咄嗟にサイシャは狙いも定めず手に持っていた短剣を振りぬいてしまった。

 手に残る生き物を切ったという感触と吹き出る赤い血潮。


『人を殺すサイシャも嫌いだ』


 ルカンドの声が脳裏に木霊する。喉を切り裂かれた兵士は崩れ落ち、サイシャはその返り血を一身に浴びた。


「……母さん」


 最期の一言がサイシャの心をかき乱す。

 呆然と殺してしまった少年の亡骸を見下ろす彼女の背に、怒声と共に背後から迫った敵の一太刀が浴びせかけられた。






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