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The Kingdom  作者: 春野隠者
ゴード暦528年 魔女の系譜6章
101/103

復讐するは我にあり8

 疾風のごとき剣戟に応えるのは、豪風を伴う一撃。

 ジンの繰り出す二連撃は、ベイシュの振るうただ一撃によってはじき返される。

「やるじゃねぇか、兄ちゃんよぉ」

 ぐっと押しこむ力は、そのまま人を両断してしまえる程に力強い。

 歯を食いしばってそれに耐えるジンは、徐々に、鍔迫り合いの刃の位置を動かしていく。

「ぉぉお?」

 刃と刃の触れ合うポイントがずれてしまえば、両者の力の入れ具合もまた微妙に異なってくる。

 それを見越して力の入れる角度を若干ずらそうとした、ベイシュ。

「はっ!」

 その間に僅かに空いた力の間隙に、ジンは満身の力を込めて押し返す。

 まさか力で押し返されるとは思っていなかったベイシュは、僅かだが動揺する。針の穴を通すほどの僅かな隙間に、ジンは一気に切り込んだ。

 左右から間断なく振るわれる小太刀は、急所のみを狙った一撃必殺。

 首から脇の下、さらには大動脈の走る腿の内側と、上から下に流れるような連撃を繰り出す。

「ははは、いいねえ」

 常人なら既に十回は死んでいるであろう、ジンの連撃をことごとく跳ね返しなお、ベイシュには笑う余裕がある。

 埒が明かない。と踏んだジンは再び間合いを離す。

「ふふん、距離をとったって、打開策がなきゃぁ意味がないぜ?」

 ジンの全力を込めた二連撃が、ベイシュの一撃に弾きかえされる現実。

 そして上げるための速度は、すでに限界まで引き出している。

「オウカの居場所を、言え!」

 だがベイシュの挑発めいた発言も、耳に入る様子はなくジンは再び斬りかかる。

「それじゃぁ駄目だってのに!」

 大刀の刃をねかせ、脇に構えるベイシュ。

 一回の跳躍で、距離を殺し、突き出される左の刃。

 首元に喰らい付くその突きをかわせば、左が引かれると同時に振りぬかれる右の小太刀。

 間髪いれずに振るわれた右の刃に、だがベイシュは拳を合わせて打ち抜いた。

 狙ったのは、ジンの顎。

 狙い澄ました一撃が、脳震盪を揺り起こす。

「ぐ、あ……」

 膝から崩れ落ちるジンに、ベイシュは大刀を突き付けた。

「終わりだな。兄ちゃん」



△▼△



 ベッドの上で眠る彼女に、ロメリアはそっと毛布をかけた。

「もう戦う必要なんてない。仇討ちなんて、何の意味もない」

 悪夢にうなされて飛び起きるこの子を見るたび、ロメリアの心は暗く沈む。

「っ……ロメ、リア!?」

 その気配に気づいたサギリが飛び起きて、ロメリアだと気づいてぐしゃりと顔がゆがむ。

 起きた時の恐怖に濡れた泣き顔。

「サギリ。大丈夫?」

「……うん」

 まるで幼い頃のよう、焼け出された城から彼女一人を連れだして来たばかりの頃のように、俯きおびえるサギリ。

「怖い?」

 ロメリアの問いに、胸に刃をつきたてられたような、痛ましい表情を浮かべてロメリアを見つめたサギリは、俯いてうなずいた。

「……ずっと我慢してたんだもんね」

 優しく頭をなでる手に、嗚咽を押し殺し、無言でサギリは頷いた。

 シーツを握りしめた手を優しくなでる。

「こんなに自分を傷つけて……痛かったでしょう?」

 また頷くサギリをロメリアは抱きしめる。

「アタシは……アタシはっ……」

「もう、“サギリ”でなくても、良いんじゃない? 貴女を縛るものは、もう何もない」

 俯いて涙を流していた顔を、ハッとサギリは上げる。

「私もベイシュも側にいる。貴女が戦わなくても、もう良いのよ」

「でも、でも……」

 さながら幼子をあやすように、ロメリアはサギリを抱きしめる。

「ねえ、貴女の本当の名前──」




▽▼▽




「オウカの、居場所……教え、ろよ」

 死に直面しても、決して諦めないその執念に、ベイシュはため息をついた。

「わからねえな。なぜそんなに拘る?」

「あいつを殺せば、サギリが戻ってくる」

「そんなわけがないだろう」

「戻って、来るっ!」

 いっそそれは妄執と呼ぶべきものだったのかもしれない。

 自分の信じたサギリの姿を追い続けるジンの言葉。

 捨てられた幼子が、親を待つ一途な思い。

 何よりも必死で、他に縋るもののない細い糸のような希望。

「兄ちゃん……お前の実力でオウカが殺せると思うのか?」

「俺が、やるんだ。サギリに、オウカの首を持って帰る」

 振るえる腕で上体を起こし、剣を握る。

 だが、いまだ揺らされた脳は指の先まで機能を回復するまでにはいたらなかった。

「あの子はサギリなんて名前じゃねぇさ」

 抵抗すらできず、ベイシュに蹴り飛ばされる。

「サギリは、サギリだ!」

 地に伏しながら、ジンは叫ぶ。

「あの子の本当の名前は──」




△▼▽




「──ロクサーヌ。ロクサーヌ・サィ・ヴェル・シフォン」

 かつてこの(ロアヌキア)を建国した、古の王の娘と同じ名前。

「きれいな響き。私貴女の名前大好きよ」

 駄々をこねるように、首を振る義理の娘。胸に顔をうずめたまま、怖いものから目を背を向ける、優しい少女。

「ガドリア姉さんの、仇を討たなきゃ……姉さんはきっと許してくれない」

「ガドリア様なら、きっと貴女を許している。あの人は誰を恨んだりもしていないはずよ」

「そんなこと、ないよ。姉さんは、毎日私を責めるんだ」

 おびえながら、駄々をこねる彼女。

 ロメリアにはそれが痛ましかった。この子が、家出をしたときに、なんとしてでも連れ戻すべきだった。

 東都の悪辣な賊徒が、荒地に生きる餓鬼達が、王都に巣食う魑魅魍魎がこの子をこんなにぼろぼろにしてしまったのだ。

 毎夜毎夜、自身を責めさいなむ悪夢を見るなんて、そんなことがあっていいものだろうか。

 本来なら王宮で何不自由なく暮らしているはずの、この子に。

「ロクサーヌ」

 震えるわが子の手を、ロメリアはそっと握ってやる。

「……今日は一緒に眠ってくれる?」

 まるで、王宮で怖い夢を見たあの頃のように、泣き腫らす彼女の言葉にロメリアは頷いた。

「ええ、大丈夫。怖い夢も、悪い奴もみんな、このロメリアが退治してあげますからね。安心してお眠りなさい……ロクサーヌ」




▼△▼



「ロクサーヌ? 街の名前じゃねえか」

「ばっか。物を知らねえな、昔の貴人の名前さ。この国を建国した初代国王の、娘の名前」

「あいつは、サギリ、だろうがっ!」

「そりゃ、あの子が自分で名乗った名前だ。城から焼け出されたときに、もうこの名前は名乗れない、って俺が諭したんだよ」

 俯くジンに、ベイシュは追い打ちをかける。

「わかるだろう? あの子はてめぇら、ケダモノとは違うのさ。歴とした王族。身分が違う。もし再びあの子が戦うことがあろうと、てめぇらなんかの手は借りねえさ」

 大刀を肩に担いで、ベイシュは宣言する。

「もし、あの子が本当の戦いを始めるなら、その時は──」

「ふざけるなっ! 俺はアイツについていく。サギリは、サギリだ!」

「わからねえかねぇ……優しく言ってやったんじゃぁ。やっぱり体に染み込ませるべきか」

 ゆるく大刀が振り下ろされる。

 夜の空気を切って下段に構えられた大刀は、禍々しくも美しい。

 人を斬らずには居られないような魔性の輝きが宿っていた。

「手を引けよ。小僧」

 ベイシュの視線も口調もすでに、戦い始めた時の余裕あるものではない。

 はっきりと拒絶を乗せた視線と口調。

 本気の構えに、ジンはなお抗う。

「俺は、アイツに拾われた。他に、生きる方なんか知らねえんだよ」

 脳震盪から立ち直り、震える手と足を鼓舞して立ち上がる。

 小太刀の二刀流。

 サギリから学んだ戦いかたで、ベイシュと対峙する。

「……そんなに知りたきゃ俺に一太刀入れてみろ。そうしたら考えてやるぜ」

 ふん、と鼻を鳴らすベイシュに、ジンは無言で構えをとる。

「サギリを、取り戻す。誰にも──」

「餓鬼が!」

 ベイシュの下段に構えた剣先が、蛇が鎌首をもたげるようにしてせりあがり、ジンを狙う。腹、首、眉間狙われ突かれた場所は三段。

 一息の間に正中線にそってなされた三段突き。二段までを、ジンは小太刀の腹で受ける。

 最後の眉間を狙った一撃を、首を振って避ける。

「くっ!」

 三段を数えるとはいえ、その突きの精度、速度は並みの剣士では捉えることすら困難なもの。

 こめかみに走る熱を感じながら、ジンはベイシュの懐に入り込む。

 姿勢をできるだけ低く。

 地を舐めるかのように、上体を曲げ、そこから一撃を繰り出す。

 踏み込む右足。

 同時に左右の小太刀が、ベイシュを襲おうとして──。

「それも、俺が教えた技だろうがっ!」

 見上げたジンの視界、ベイシュの大刀の柄頭が降ってきていた。

 強かにこめかみを撃ち抜かれて、ジンは倒れ意識を失った。

「ふん。執念か……」

 ベイシュが見下ろしたジンの手元。

 薄皮一枚を斬っただけのジンの小太刀が目に入る。

「……はぁ~ロメリアが怒りそうだなぁ」

 大刀を仕舞うと、ジンの長身痩躯をひょいと担ぎあげる。

 口調とは裏腹に、その口元には笑みが浮かぶ。

 かつて、若き日。

 競い合った修練の日々。

 今でもはっきり覚えている若き日々を、目の前の少年に見てベイシュは夜道を歩いて行った。




▼△▼



「箱の間にはもみ殻をしっかりと、詰め込むのですよ!」

 クルドバーツ武器店。番頭の指図で、次々と荷造りが進められていく。

 店先に並べた荷車は、遠方へ商売に出かける隊商のようだった。

「今日はまたどうしたのかね? 引っ越しでもあるんで?」

 馴染みの客の疑問に、荷造りをしていた奉公人の少年は陽気に応えた。

「ああ、いえいえ。ガドリアの方になんでも急な荷物を届けるんだとか」

「ほぅ、にしちゃぁえらく大規模みたいだが」

「ここだけの話、穀物やらを大量に詰め込んで、護衛まで付けて、えらい急いでましたけどねぇ」

 事情を知るものの優越感に浸りながら少年は、客と顔を寄せ合いながら話す。

「なんか東の方であったのかい?」

 客の思いのほか色よい反応に、少年は苦笑して頭をかいた。

「いや、それが旦那様も番頭さんも頑として口が堅くって」

「なんでぇ肝心要のところがわからないんじゃねえか」

「ははは、面目ないです。それはそうと、今日はどうします? 先日頼まれてた短剣なら、こちらに届いてますが」

 たわいない会話をして、商品を受け取った客は去っていき。少年は再び荷造りにもどる。

 その店の奥。

 ルカンドとクルドバーツは店の外の様子を眺めながら、話し合っていた。

「こんなに大規模にやってしまって大丈夫なのですか?」

 不安に顔を曇らせながら、自身の店の様子をうかがうクルドバーツ。

「ええ、何より今は速度が大事。人間は貯蔵が実際に底を突くよりも、底をついてしまうという切迫感にこそ、追い詰められてしまうものです。ここで、クルドバーツ商会……いえ、赤き道全体で食糧の供給が行われていると、皆に知らしめておかないことには、またガドリアは荒れるでしょう?」

 ルカンドの静かな口調に、だがクルドバーツの不安はぬぐえない。

「……確かに、そうかもしれませんが。だとしても、実際に今の小麦の値段では、ガドリア全体を食べさせる前に、赤き道の方がつぶれてしまいます」

 もって、一か月。

 それがクルドバーツの出した結論だった。

「それにサギリさん、ジンさんの行方までわからない」

 暗澹たる面持ちのクルドバーツに、ルカンドは灰色の瞳を向ける。

「……クルドーバツさん……僕たちはどうして双頭の蛇という名を名乗っているか知っていますか?」

「え? さあ、私にはとんと」

 いきなり全く違う話題を振られて困惑するクルドバーツに、ルカンドは、冷たく口元に微笑を刻む。

「一つの頭が、潰れようとも残る頭が必ず相手を食い破る……まぁサギリさんから聞いたのですけどね。大丈夫ですよ、きっと」

 信じて待ちましょう。というルカンドに、クルドバーツは従うしかなかった。

「ああ、それと例の便箋は届けていただきました?」

「もちろん……ですが、あんな手紙一通のみで、大丈夫なのでしょうな?」

「まぁそれも、信じてみるしかないでしょう」

 くすりと笑うルカンドに、クルドバーツは胃痛を覚えていた。



▼△▼



「ほぅ、動き出したか。東都のゴミ虫どもめ」

 オウカの居座る一室に、届けられた書簡。

 異なる密告者(ジュタール)からの報告にも、やはり同じ旨の報告がある。

 あの魔女を誘き出すために、それに連なるものどもを徹底して攻撃する。それがオウカ・ジェルノの戦い方であった。

 義憤に駆られてかあるいは、内紛の結果出てこざるを得ないか。

 どちらにしても、再び目の前にあの魔女が現れたならば、今度こそ逃がしはしない。

暗殺団(アサシン)どもに伝えよ。ガドリアの商隊を襲え。なるべく夜盗に見せかけて、な」

 低く喉の奥から哄笑がもれる。

「足掻けば足掻くほど、それを踏みつぶすのは、なんと愉快なことか」

 立ち上がると、一度カーテンを開けて外を眺める。

「ふむ……いや、念には念を入れるべきか」

 外は煌々と照らす満月の夜。

「護衛が隊商に出払っている隙に、クルドバーツ商会を焼き打て」

「御意」

 物陰にいた影は、オウカの命を受けて気配を絶った。

「足を払い、手を貫き、耳をふさいで、目をつぶす。いかな大きな獲物といえど、殺すのに苦労はないわ」

 狂気に満ちた哄笑の声が、闇を震わせた。




▼△▼



 満点に晴れ渡る秋の日。クルドバーツ商会の隊商は、ガドリアへ向けてロクサーヌを出発した。

 歩いて、およそ30日。東都の者だけが知っている抜け道をいくつも使い、なるべく早期にガドリアまでたどり着かねばならない。

 隊商の護衛を務めるのは、双頭の蛇の若手10人程度、そしてロクサーヌの賊徒たちだ。

「ルカンド殿も、一度ガドリアに戻られるので?」

 クルドバーツ商会で事実上この隊商を任せられているテイゼンが、片足で器用に馬を御するルカンドに問いかけた。

「ええ、まぁそうですね」

 彼にしては何んとも歯切れの悪い回答に、眉をひそめながらテイゼンは、二日目の宿営地を決める。

 幸いにして空を見る限り、しばらくは好天が続きそうだった。

 黒鳥の羽が舞い降りるように、夜の帳が降りていく。

「今日はこのあたりで、野営にしましょうか」

「お任せします」

 少年と呼べる年齢のルカンドに、敬意を払うテイゼンは、商人らしい如才なさで野営の準備にかかる。店の主であるクルドバーツの客ということで、ルカンドに敬意を払っているのだ。

 馬を天幕の近くの木に繋ぐと、双頭の蛇の一人に声をかける。

「警戒を、特に厳重にしてください。恐らく、来ます」

 黙ってうなずく手下の一人は、仲間の元に速足で向かう。

 それを見送ってルカンドは周囲を見渡した。

 高かった日は遠く地平線の彼方に沈みかけていた。

 斜陽が周囲を染める。

 義足に杖を突きながら、テイゼンのもとに歩き始めようとしたルカンドの耳に、悲鳴が聞こえた。

「来たか」

 一瞬だけ目をつむると、これから流れる血に向けて祈りをささげた。

「ルカンド殿、夜盗です!」

 悲鳴交じりのテイゼンに、ルカンドは至極落ち着いて返事をする。

「大丈夫です。商会の者には荷物の影で動かないように伝えてください。僕の予想を超えてはいません」

「……は?」

「急いでください。無益な被害を出さないために」

「は、はい!」

 落ち着いた様子のルカンドに、テイゼンは自分のするべきことを思い出し、走り出す。

「ルカンド! これは一体どういうことだっ!?」

 怒声をあげて迫ってきたターディらロクサーヌの賊徒達。

「策はなりましたよ、ターディさん」

「策だと!?」

 切り結ぶ双頭の蛇達と、夜盗達。

「はい。夜盗に扮してはいますが、あれはオウカ・ジェルノの手の者。今まであなたたちを苦しめていた僕たちの敵です」

 冷たさを湛えるルカンドの灰色の瞳に、ターディは気圧される。

「大げさに出発の準備をしたのも、相手に僕たちを殺す機会があると知らせるためです」

「つまり、俺たちを囮に……」

「ええ。相手を釣りだしました」

 ぐっと、拳を握るターディ。

「正面切ってあいつ等を殺せる機会なんだな!?」

「そうです」

「やい、てめえら。今まで殺された仲間の恨み、今こそ晴らすぞ!」

 吠えるターディは、短剣を握りなおすと夜盗に向かって突き進む。

 ルカンドに向けるべき怒りも、飲み下し目の前の敵を殺すことに専念する。

「もはや、後戻りの道はない。戦って生き延びるしかない」

 静かにつぶやくと、ルカンドは目の前に迫った夜盗に、仕込み杖を一閃。

 その首を刎ねる。

 ルカンドは自身達を囮にして、オウカの暗殺団を釣りだした。それは、いまだオウカの命を狙っているであろうサギリ、ジンへの援護であると同時に、オウカの抱える暗殺団の地の利を殺す策である。

 都市の中では密告者(ジュタール)黒鳥の目(フシュルノーア)と呼ばれる彼らによって、こちらの情報だけがオウカにつかまれてしまう。

 だが、襲われると分かっている行軍ならば、話は別である。

「オウカ・ジェルノ……その首は、双頭の蛇が頂きます」

 義足を一歩踏み出して、ルカンドは日の沈みゆくロクサーヌに向けて呟いた。




▼△▼




「クルドバーツさま」

 深夜遅くに呼ばれる声に、クルドバーツは目を覚ました。

 見れば商人風の衣装に身を包んだ双頭の蛇の少女。

 ルカンドがロクサーヌに残した双頭の蛇は10人。

「敵襲です。逃げる支度を」

「て、敵ですって!?」

 ベッドから文字通り飛び上がると、眠気も吹き飛ばしてベッドを下りる。

「ど、どどこへ逃げれば」

 震える語尾で尋ねるクルドバーツ。その問いに、双頭の蛇の少女は、僅かに沈黙してから応えた。

「我らが護衛いたします。他の店の方へ」

 他に選択肢はないと観念したのか、クルドバーツは首を縦に振ると、取るものも取らずに、最低限必要なものを取ると、店の裏手から脱出する。

「行きましょう」

 クルドバーツを囲むように、いつもの黒衣ではなく、商人風の衣装や傭兵のような格好をした双頭の蛇の者たちが走り出す。

 それをいぶかしむ間もなく、クルドバーツは必死に足を動かした。

「はぁはぁ──ひぃひぃ」

 途中振り返った先に、見えたのは燃え上がるクルドバーツ商会の武器店。ガドリアから最初にロクサーヌに築いた第一歩が、無残に燃え上がる光景だった。

「店、が……くそぅ、くそぅ……はぁはぁ」

「クルドバーツ様、これより迎撃に向かいます。このまま店まで走り続けてください」

 追ってくる敵の数が視認できるところまできて、双頭の蛇の少女が囁く。

 日ごろから運動不足気味のクルドバーツに長い距離を走るのは、無理だったというべきか。

 少人数ずつ、狭い路地に入り込み敵を受け止める双頭の蛇。

 一度離れた者は二度と戻ってこない。

 徐々に詰まっていく距離に、クルドバーツに絶望が覆う。

 後は大通りを二つ超えれば、クルドバーツの第二号店まですぐだ。

 もうクルドバーツを守る人数は3人ほどしかいない。

 背後から射かけられる矢に、一人が倒れる。

「くっ……シュノっ!?」

 今までずっとクルドバーツに付き添ってきた少女が悲痛な声をあげる。

「ベルベト、行け」

 そう叫ぶや、射かけた仲間を救おうと反転する。

「ユニ!?」

 ベルベトと呼ばれた少年は、目を見開くが、クルドバーツを守りつつ必死に走る。

「馬鹿、なんで来た!?」

「死ぬときは一緒だ」

 悲痛な覚悟を秘めた瞳で迫りくる敵を見据える。

 足をかばいながら、立ち上がるシュノ。

「馬鹿……」

「うん」

 二人は今までの仲間もそうであったように、死を覚悟して刃を構え──。

「そこまでだ!」

 闇を払うような凛とした声に、周囲が一斉に照らされた。

「ロクサーヌの夜を騒がす賊め! 残らず捕らえよ!」

 白亜の鎧に身を包んだシュセの姿。

 周囲から照らされる明りは、闇に潜む襲撃者達を照らしていた。



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