村人Aの決意
ふう。なんとかなったな…。
身体中の痛みをこらえ、村から走ること10分。
ここまでくれば大丈夫だろうと、エースは全力疾走で疲れた体を癒していた。
俯き、荷物を降ろし、さっきのことを思い出す。
勇者が家に来たこと。いきなり自分を殺そうとしてきたこと。勇者は異世界から来ていたこと。自分に魔法が効かなかったこと。母が洗脳されたこと…。
理由を考えてみるが、明らかに常軌を逸している。答えなど出るはずもなかった。
僕は逃げおおせたが、あの村はどうなってしまうのだろう。全員洗脳されてしまうのだろうか。
物という物、人という人を全て奪われ、死者なくしてゴーストタウンになってしまうのだろうか。
それとも誰かは逃げ出せるだろうか。家族は。ユノは。深く考えれば考えるほど、気分が暗くなっていく。
同時に、あの勇者への憤りも湧いてくる。
何が勇者だ。能力が高いだけの、下衆じゃないか。人を人とすら思っていない。どうしてあんな奴が神なんかに好かれるんだ…。
僕は、村人Aとして、あの勇者を歓迎する義務があった。だが、そんな気はさらさらない。
あんなのは、僕が思い描いていた勇者じゃない。
多分、同じ街の人、同じ大陸の人、下手すればこの世界の人も、魔物も、同じことを思うだろう。
ただ、「勇者」の実物を見ないとそうは思えないだろうし、僕もそうだった。でも、実物と目を合わせでもしたら、洗脳されてそうは思えなくなる。
こんなことが許されていいのだろうか。
仮に皆が洗脳され、この世界が「勇者」の存在を許しても、僕だけは許さない。
何故だか知らないが、僕には魔法が効かなかった。もともとあってないような命だったのだ。
失敗してもいい。僕は、何があろうともあの「勇者」には屈しない。
そう決意した。
これからのことを考える。
街以外のところには魔物がたくさん湧いているが、街には勇者が来る可能性がある。ハーレムがどうのとか言っていたし。
次も魔法が効かないとは限らないし、極力街には立ち寄らないほうがいいだろうと思案する。お金も忘れてきたし。
魔物を倒せば経験値も入るので、もしかするとあの「勇者」よりも強くなれるかもしれない、と希望を抱いてみる。性格は僕の方がいいし。
考えた結果、この世界最強とも呼べる人物を敵に回したエースへのツケは、街に寄ることがほとんどできないということだった。
当然、魔物対策も必須になってくる。
今日はもう少し勇者との距離を稼いでから寝よう。そう思ったエースは、おもむろに荷物を漁る。そしてあることに気がついた。
「あっ、武器がない。」
エースの当面の課題が決まった瞬間だった。