村人Aの邂逅
仕事が終わり、夜になった。
世間の皆は団欒を楽しみ、テレビを見たりお風呂に入ったりとのんびり生を謳歌する時間だ。
そんな中、僕、エースは準備をしていた。
勇者のパーティに入れてもらうため、そしてあわよくば自分が勇者になるため。
大きなリュックに、テント、寝袋、着替え、非常食、飲料水…必需品を入れ、あとは回復薬とお金だけだ。
かといって自室にそんなものが充分にあるはずもない。泥棒みたいになってしまうけど、家族が寝静まった時に入れるか…。
そう思っていた時だった。
ガチャッと何かが開く音がした。
戸棚だとか、引き出しだとか、そんなチャチなもんじゃない。どう聞いてもドア。玄関のドアだ。
どうやらこんな時間に来客らしい。
しかも呼び鈴を鳴らすという知能どころかノックをするという行為すら眼中にない方のようだ。
「あのー、どちら様ですか?」
母の声だ。少し聞き耳を立ててみよう。
「………」
「もしもし?」
「………」
………あれ。おかしいぞ。うちの母はコミュ障じゃないはずなのに、話し声が聞こえなくなった。それどころか、来客は一言も喋っていないし、代わりに足音が聞こえてくる。いや、来客が喋らないから、話が終わったのか?
何にせよ、ドアが閉まった音はしてないし、来客も気になるし、見に行ってみるか。
自室を出て、階段を降り、玄関へ。そこには、開いたままのドア、誰かの靴、そして立ちすくんだ母の姿があった。
「母さん、どうしたの?」
「………」
「母さん?大丈夫?」
「………」
おかしい。僕の母がただの案山子だ。
その時、リビングから声がした。
「お、まだ誰かいるのか?」
男の声。来客だろう。
廊下を抜け、リビングへ向かう。
そこには、鎧を着込み、剣を持っている変質者、もとい勇者がいた。
「勇者…様?な、なにやって…なにしてるん、ですか」
「見てわからない?物色だよ。RPGとかでお決まりのヤツ。勇者は何やっても許されっからなー」
何言ってんだこいつ。たしかに勇者は勇者で、国も尽力して援護しなければいけないが、他人の家に無断で入って盗みを働いていいなどという法律はない。
「いや、勇者といえど盗みは許されませんけど…」
「もうそういうのいいからさ、だーまれっと」
勇者の指が仄暗く光った。魔法だ。
「わっ、やめ…」
しかし 何も起こらなかった。
「あ、あれ?」
「…え?」
2人ともまぬけな声を出し、驚いた。
「え?いやいや…もう一回やればかかるだろ、常識的に考えて」
もう一度勇者の指が光る。また魔法だ。
「…?」
僕は首をかしげる。変質者で下衆とはいえ勇者だし、多分玄関の母もこの魔法にやられたんだろう。それが僕には効いていない、のか?
「あっれぇーおかしいなぁーボス以外で効かないやつはいないって言われてんだけどなぁー……
さてはお前、村人に化けたボスモンスターだろ!」
「…え?」
話についていけない。
第一、この人が乱発している魔法の正体すらわからないんだ。誰に効くかなんて知ったこっちゃない。
「何言ってるかわかりませんけど、ボスモンスターとかいうやつではないと思いますよ?」
「……あ、そう?」
「はい…」
「ま、こんなガキがボスな訳がないか。」
自己完結してるし。
「えっと、勇者さん、で、宜しいんですよね?」
「そうだけど?」
「僕の母を、どうなさったんですか?」
「あー、あれね。
洗脳効かないっぽいし言うけどさ、実は俺、異世界から来たんだよね。」
洗脳?異世界?
「神様に好かれて転生させてもらったんだけど、これがチート能力もらっちゃってね。あと少しで魔王殺せるんだよね。」
魔王を、殺す?
「でもただ魔王を殺すだけじゃ転生した意味ないし、せっかくだから洗脳魔法を駆使してハーレムパーティを作って、きゃっきゃウフフなハッピーエンドを迎えようってわけよ。」
「………」
「まあなんにせよ下準備は大切だし?この村で一番大きなこの民家に入って物色させてもらって、お金とか薬草とかを集めとこうと思ったんだよね。」
「………」
…よくわからないワードが飛び交っているし、とても正常な人とは思えない。ただ、万が一この人の言っていることが本当だとしたら、この人はマジに勇者だ。
異世界から転生してきて、高い能力を持って、神様に好かれていて、洗脳能力も持っていて、それでいて清々しいほど下衆な勇者だ。
「でさ、俺から見て一番邪魔な存在はなんだと思う?」
「え………?」
「洗脳が効かない奴、つまり、ボス…
それと、お前だよ。」
「え?あっ…」
全てを悟る暇もなく、勇者の手が赤く光る。
これはこの世界に存在する、火炎属性の魔法の光り方。まずい。勇者クラスの魔法を食らったら、まあまず死ぬ。
「爆ぜろぉー!!」
「わーーーーーやめろーーーー!!」
しかし 何も起こらなかった。