執事長の銀時計
ある日の昼下がり。私の部屋に暇で駄弁っている側近に疑問を投げ掛けた。
「おじさまの銀時計ってアーティファクトだよね」
「そうですね。それが……どうしました?」
「気にならない? 肌に離さず持ってるよね?」
「そうですね……ああ。でも」
側近のオオコがソファーで座り、執事長が淹れてくれたコーヒーを飲み物を飲みながら天井を見る。
「部下の騎士達が見せてほしいとお願いした物で……実は執事長は断ったそうです。そう……」
「タブー」
私はその噂を耳にしていた。だから気になった。
「ねぇ……触ってみたくない」
「……いいえ」
「そう……あのおじさまの匂いあるかもよ」
「!?」ピクッ
「見せてといって見せてくれるなら……おじさまの特別な人かも」
「!?!?」ピクッピクッ!!
オオコの耳が張る。私は気にしてませんと言う素振りの癖に反応はする。
「オオコさん。行けや」
年上だけど仲がいいのでため口である。執事長に見られたら怒られるだろう。
「ああん? 何よ……年下の癖に偉そうに命令して~」
「オオコさん。行けや」
「…………あああん!! 行ってやろうじゃないかぁ!!」
トントン
「お嬢様? 悲鳴が聞こえましたが?」
扉の向こうで執事長の声が聞こえた。悲鳴に聞こえて現れたのだろう。
「……むりぽ」
「な、何でもないわ」
「そうですか……何かあればお呼びください」
執事長が去っていく気配がする。去ると言うより消えるだろうけど。
「はぁ……絶対むり」
「……オオコさん。駐屯軍団長なら行けや」
「おうおう!! 2回目の挑発か~頭は冷静よ!! 絶対に乗らないからね!!」
「……」見つめる。
「……」見つめ返す。
「……」まだ、見つめる。
「ああん!! やってやろうじゃないか!!」
オオコが立ち上がり私を指差す。私は爆笑し……そのまま、机のベルを慣らしたのだった。
*
数分後、執事長がノックして入ってくる。ベルを鳴らしたがすぐに来なかった事を執事長は謝った。
理由を聞くと……父上が呼んでいたらしい。まーた父上が私用で執事長を使ったのだろう。まぁ相談役故に……作戦会議だったのかもしれないが。
もしくは予算の話かもしれない。
「お嬢様。何でございましょうか?」
「用があるのは側近」
「何でございましょうか?」
「え、ええっと!!」(女に二言はない!!)
私はオオコを見守る。オオコが恐る恐る話始めた。
「あ、あの……銀時計。綺麗ですよね‼」
「ええ。これですね……大切な物です」
「アーティファクトですよね?」
「はい。絶対に時間を間違う事がなく。傷がつかない壊れない物です。何百年でもですね」
思った以上に凄いものだった。気になる!!
「あ、あの……見せてもらってもいいですか?」
言った!! オオコ!! 言った!!
「………申し訳ありません」
そして断られた!!
「側近殿でも……お見せする事は出来ないのです……あまり見せるものではないでしょうから」
「そ、そうなんですね……ごめんなさい。困らせて……ひぐ……ごめんなさい」
「あっ……」
オオコが泣き出す。あの、軍団長が泣き出す。私はビックリしながらも……狐だしウソ泣きだと思って観察するが………どうもガチ泣きだった。
「オオコ殿!?」
何故ならあの執事長が少し狼狽えているのだ。
「ひぐ……ごめんなさい。その…………執事長とは長い間がらだから……見せて貰えるかもと勝手に期待してごめんなさい……ひっぐ!! 私……執事長と仲がいいというおごがましい勘違いでした……ごめんなさい」
「あっ……いえ……仲の良さで見せるものでは……」
「ひっぐ……」
オオコが地面にへたりこんで泣き出す。私はオオコの元へ行った。そして……執事長もしゃがむ。
「これを……」
執事長の白い手袋の上にはハンカチがあった。オオコはそれを泣きながら受けとる。
本当に好きなんだなと私は思った。
「オオコ殿……すいません。確かに軽率でした……オオコ殿はこれからも拙作琢磨し、共同で事に当たる仲間です。もう少し心を開くべきでしたね……どうぞ。確認ください」
執事長がオオコの涙で折れた。私はおおっと驚きながら執事長の銀時計を見る。
オオコも泣きながら濡れたハンカチでそれを掴んだ。
パカッ
そして……銀時計を開ける。懐中時計らしく秒針と分針と時針があり。しっかりと時を刻んでいた。中身の金銀の歯車が全て見え、幾枚数が重なって動いている。しかし……それ以外は普通だった。
オオコと私は顔を見合わせる。何も変わっていない……そう思っていたのだが。
「あれ?」
オオコと私は気が付いた。蓋の裏に文字が刻まれている事に。
~王国期342年6月22日:キサラギ・ナイツ~
知らない名前と王国側の暦の年数が掘られていた。絶対に壊れない傷がつかない筈なのについているのは執事長の力だろう。
しかし……そんなことよりも私は申し訳ない気分になる。
「これは………なんでしょうか?」
オオコは知っている筈だが察しは悪かったようだ。おじさまの口からこの説明は酷だろう。だから……オオコを小突いて耳に囁いた。
「!?」
聞いたオオコがまた泣き出しそうになる。
「……ごめんなさい。好奇心で……ごめんなさい」
「いいえ。大丈夫です。お嬢様はご存知でしたね。お嬢様には見せてもよかったですね」
「……ごめんなさい。おじさま」
私たちは銀時計を返す。立ち上がりおじさまに二人で頭を下げた。
ポスッ
「……気にしてません。私たちだけの秘密です」
おじさまは気にしてないと嘘をつき、頭を撫でてくる。その優しさにオオコは泣いてしまい。私は……今さっきのオオコを煽った自分を殴りたくなったのだった。
*
執事長は呼ばれたために退室する。そのあと、執事長が残してくれたレモンティーを飲みながら……ゆっくりと落ち着かせた。
「姫様……知ってたんですね」
「ううん……知らなかった。名前は初めて」
察しただけ。
「執事長は……大切にしてますよね」
「毎日見てる」
「……」
「……」
毎日見てると言うことは。毎日思い出していると言うことだ。
「…………」
「…………」
なんとも重々しい空気の中で私は元気を出す。
「オオコ……忘れましょう」
「忘れる?」
「そう……執事長は覚えていてもああやって笑顔でいます。それに……執事長が忘れたくないのなら。それを応援するだけです」
「……そうですね!! 姫様」
開き直る。
「彼女はいったいどんな方だったのでしょうか?」
「いつか話をしてもらえるように頑張りましょう……そう……頑張りましょう」
私は執事長のおじさまが大切にしている理由と銀時計の文字が亡くなった仲間を忘れないための物だと言うのを今日知ったのだった。