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後日譚 執事長と側近


 私は側近の見廻り仕事が終わり。一服しようと廊下を進んでいた。ピコピコと尻尾を振り……笑顔で独り言をいいながら。


「執事長のパンケーキ食べたいなぁー」


「執事長と会いたいなー」


「そしてたら……」


 私は側近でありながら。お嬢様の執事長に恋い焦がれている。最初はみすぼらしい姿だったのだが……触れればその独特な雰囲気に飲み込まれたのだ。他の男にない深い人である。


「オオコさん。パンケーキでしょうか?」


「うん!! お嬢様がさー執事長が作ったの美味しいって言ってて羨ましかったんだよね」


 カチッ


「そうですか。あれは使用人がお作りした物ですが……勘違いされておりますね。時間も丁度いいでしょう」


「ふふふ~………!?」


 私は声の主に気付き驚いて振り向く。そこには方メガネをつけた執事服の初老のようなおじさまが銀時計片手に立っていた。ゆっくりとお辞儀をし私は……ぴくぴく耳を震わせる。


「執事長!? いつのまに!? いつからいましたか!?」


「パンケーキの辺りからでございます」


「……」


 身体が沸騰しそうなほど恥ずかしい。執事長~執事長~と年甲斐もなく甘え声の独り言を言っていたのだ。


「オオコさん。今、丁度私の仕事が終わった所です。オオコさんのお仕事も終わったようですので……お作り致しましょう」


「……えっ……本当に!?」


 お嬢様に自慢され捲って。指を舐めて我慢してたのが……食べられる!!


「お、お願いしてもよろしいでしょうか?」

「私とオオコ様の気の知れた仲です。おきになさらず。またいつか……忙しくなるでしょう」


 私は嬉しくて嬉しくて尻尾を振る。優しい子供を見るような目線でお嬢様は嫌がるようだが私はすこぶるその感じでもいいと思うほどに落ちていた。


 命令されたら腹を見せることだって出来るほどに今は忠誠と言う物よりも彼といたいと言う想いが強いほど。


「くうぅ~ん」

「では、移動しましょう」


 パチン


 指で音を鳴らしたと思った瞬間にフワッと空中に落とされ。執事長が姫様抱っこで受け止め。地面に下ろしれくれる。最近、大胆な移動方法だが……執事長はこの術のが簡単だと言う。非常にカッコいいが。執事長はこれを品のない行為と思っているようだった。


 じゃぁー何故使うか? それは気の知れた仲と言うものである。


 同じ、上に立つ立場ゆえに出来た親友とも言えるのだ。


「こちらでお待ちください」


 執事長は私はバラ園のガセボで待つことにした。執事長はまた何処かへ飛んだと思い。次の瞬間には……目の前にボールなどの道具が並べられていく。フライパンもあり私は首を傾げた。よくわからない道具? アーティファクトもあり首を傾げる。


「では、作りますので……1枚でよろしいでしょうか?」

「は、はい」


 執事長の質問に答えるといつのまにか着ているエプロン姿にまたまた驚かされた。新鮮なお姿である。執事長は手慣れた仕草で卵と………何か得体の知れない白い袋から粉を取りだし。ミルクと一緒にボールに入れる。


「えっと……そのへんな袋は?」

「次元を越えた先の魔法粉でございます。日を清めると言う社の物で。極モチと言う名の魔法物です」

「……他と何が違うのでしょう?」

「モチモチしております」

「……?」

「食べていたいただいた方がよろしいですね」


 執事長が銀色ボールを練り。何やら鉄の何かにフライパンを乗せた。私はそれの存在は知っている。


 野戦釜。何処でも魔石を用いることで火を出して料理が出来るのだ。その中でも執事長のは高級品だった。火が灯り、青い火がフライパンを暖める。


 暖めたと思ったらフライパンに練り物を流し込んだ。綺麗な平辺がフライパンに広がり甘い匂いが漂う。


「紅茶も沸かしておりますので少々お待ちを……暑いのでアイスでよろしいですね?」

「はい……」


 耳をピクピクする。これは本当に幸せの時間が待っているのを予見させた。


 クルッと手際よくひっくり返すとなんと薄い小麦色の面が光って見えるほどこんがり焼けている。


 美しい面にワクワクしていると1枚焼き終え皿に乗せる。冷たい飲み物と一緒に用意していただく。


 目の前には……質素ながらも私にとってはごちそうだった。


 辛く厳しい迫害時代から考えると本当に恵まれている。


「お待たせしました。バターと苺のジャムにメープル。蜂蜜もございます。お好きにおかけください」

「いただきます」


 すっと瓶詰めされた瓶が並び。私は……バターを取る。バターナイフを借り。すっと切ったパンケーキに塗る。


 口に運ぶと………


「んぐ!?」


 ほっかほかのパンケーキにほのかのバターの風味。そして、モチっとした初めての食感にパンケーキが甘く。あまりの美味に口を押さえる。


「モチモチ!?」

「ご満足いただけましたか?」

「う、うん……ありがとう。食べたら分かる!! モチモチ!!」

「変わった感触ですが。非常に楽しい感触ですね」

「美味しいー」


 頬に手を添えてパクパクと口に運ぶ。


 1枚パパっと食べ終え。少し物足りなさを感じながら氷の入った紅茶を啜る。


「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。少し……急がれて食べられてました。お時間が厳しいのでしょうか?」

「あっ……いえ……申し訳ないです。はしたなくて……」

「そうですか。そこまで美味しいと表現されているのです。はしたなくはなく。作ったかいがあるものですよ」

 

 執事長は足を組んでいつの間にか用意していたコーヒー片手に座る。足を組むと言うのはそれだけ私に心を開いている事が伺い知れた。


 薔薇園の中で黒いスーツ姿の執事長は本当に……様なる。


「ああ…………」

「なんでしょうか?」

「いえ……何でもないです」

「ふぅ。そうですか……気を付けてください。見られてますから」

「えっ? 見られてる?」

「そうです……見られていますね。気づきませんでしたが。見られています」


 私は周りを見、耳を立てる。それらしい人は見えないし聞こえなかった。私は剣の腕に自信を持っている。故に自信がある。


「ここのは居ませんが?」

「……上位者です」

「上位者?」

「時に……作家である。時に観測者である。時にそれは害悪となり世界を永遠の水底に沈める者でもあります。知覚できないですが……いるのです」

「………」


 執事長が明らかな嫌悪感を見せ私は首を傾げた。老人の狂言。世迷い事と言えばいいのだろう。


「執事長……」

「すいません。ええ、何でもないです。世迷い言でした。忘れてください」


 しかし……


「私は執事長を信じます。嘘は言ってません。何故なら……あなたは私に紳士だからです」

「………」


 執事長は少し眉を緩ました。ほんの少しの違い。表情が読めないと皆が言う。しかし私には分かる。豊かな表情。方眼鏡に……彼は私を写す。


「ありがとうございます。オオコさん」

「あっ……はい……」


 ありがとうはいつもの私の言葉なのに彼の穏やかな表情に言葉を窮した。


 万の軍を前にしても窮しない私がだ。だからこそ……胸に手をやり。これが恋なのだと理解できる。


「オオコさんは……本当に似てらっしゃる」

「はい?」

「……何でもないですよ」

「何でもない訳ではないですね。隠し事は無しにしませんか? これでは気になって夜も眠られず明日の仕事に支障が出ます」

「それはそれは……いけませんね」

「罪悪感沸きました?」

「少しですが……わかりました。安眠のために少々……老人の話にお付き合いください」


 彼は……執事長は思い出を語る。深い……思い出を。




「……あなたは死にました」




「……」




「そうですか。文句一つや二つはあるでしょう。ですから……変わりの人生をご用意しました」




「それでは……楽しんでください」















「SSS? そんな……ギルドカードがあるなんて」




「なたがあの……………」




「わかりました。ギルド長をお呼びします」













「やぁやぁ……騒ぎは聞いてたよ。すごく強いんだってね」




「ん……」




「なるほど。流石はSSSの規格外だな」











「お主を討伐隊の一人と命じ、魔王を討ち滅ぼす事を命ずる」(暗殺)




「なーに……案ずるな。お主は神が寄越した最強の勇者よ」




「魔王や敵国を討ち滅ぼした暁にはたーんと褒美をやろう」











「今日から同じ……討伐隊の仲間だな。ヨロシク。俺はカズマ。こっちはリーネ」




「ヨロシクお願いします。えーとギルドカード見せてもらってもいいですか?」




「すげぇ~本当に能力9999でSSSクラスかよ………やべぇ」




「握手いいですか!!」




「お前……一人でいいんじゃないか?」











「うむ。お前……名は?」




「……か。なるほど。神が使わした勇者だな。見るからに弱そうだが」




「余の名か? 偽名でいいなら名乗ろう。フェイトだ」




「何故ここにいるか? ふん、決まっている………傭兵だよ」




「ああ、金で体は売ってない他を当たってくれ」




「………あれが………勇者なのか……………」




「人間も大した事はないな」











「お前……見た目のわりにジジクサイな」




「でっ~この場面どうする? 行くか?」




「わかった信じてやるよ」




「………やっぱ強いな……あいつ」











「そなたを騎士に命じる。益々の活躍を期待してるぞ」




 パチパチパチ











「やぁ、おっさん。騎士就任おめでとう」




「……んっ。おっさんと呼ばれるのが嫌か? すまんが魂を見させて貰った」




「まぁあれだ。頑張れ。運よく前世を覚えて生まれ変わったんだ。強い状態での生は誰にもない強みだ」




「私か? 私は違う……残念だが年相応の弱い娘よ」




「おっさん……もう、会うことはないわね」











「やっぱあいつはすげー」




「ああ、スゲーな」




「……そうかぁ?」




「なんだなんだぁ?」




「なんかさ……あいつはすげー性格悪くない?」















「す、すまん。悪口を言ったつもりは!!」




「言いふらしてすまん!!」




「げほげほ」




「くっそ………いいよな。強くて女にモテてさ」




「……ああ。妬みだよ」




「……畜生」













「えっ……あっ!! 危ない!! リーネ!!」




「えっ? あっ……そ、そんな!! 魔物が生き……」




「リーネぇえええええ!!」













「なんで……なんで助けなかった!!」




「やめろ!! お前だって見ただろ!! リーネが警戒せずに近付いたのを!!」




「……畜生」




「……」






「………その力……なんのためにあるんだよ」













「お前の力は最強じゃないのかよ」




「国ごと全員守れるんじゃないのかよ!!」




「……お前以外、全員死んだぞ」




「よかったな。生き残って」









「なんだ? まーた愚痴を言いに店に来たの?」




「はぁ……ウダウダ言うのね。あなた……みっともない」




「あなたと酒を飲んでもつまらないわ。ボーヤ」




「他の店に行きな」











「すまん……お前の理想にはついていけない」




「所詮俺たちとは違うSSSクラスの超越者……人間じゃない」




「………見てみろ。結局今日もお前しか生き残らなかった」




「死神め」











「あっ……」




「見てはダメ……あの人は魔物です……さぁ、行きましょう」




「でも……」




「だめよ……彼は私たちと違うのだから」















「やぁ~兄弟。最近……暴れまわってるらしいな? でっ王はお前を追放しろと言っている」




「なんで、喚く? 屑だろ?」




「誰よりも力を持ってるくせに……やって来てる事は何もない」




「誰もお前が消えて悲しまないんだよ」




「逆に恐怖すら持っている」




「………性格悪いんだお前は」











「屑な奴がいなくなってせいせいするな」




「おい……居るぞ?」




「おっまだいるな……席変えようぜ」











「……あら。おっさん? お前はあの国にいたんじゃないのか?」




「皆が悪いんだって?」




「…………ふーん、荒れに荒らされて毒を吐かれたと」




「追放処分か……SSSランク。最強の騎士でも嫌われたこんな物だな」




「人の生活に馴染めない訳じゃないだろ……」




「………」




「………はぁ、呆れた。お前……やっぱ屑だわ」




「生まれ変わる前からそうなのか? ならば救いようのない愚か者だなお前」




「人はな……長い年月を無為に過ごしてる訳じゃない」




「ゆっくりと何か生きる苦労を知って生きている」




「……お前は薄っぺらい」




「若いときはそれで良かっただろう」




「だがな……歳を取ればそれだけの責任を求められる。ガキのままじゃぁ……それはただの体の大きい子供だ」




「……最強、最強も考え物だな。人として育たない。お前に誰も注意や忠告はしなかったのだろうな……それとも聞かなかったか?」




「ふん、まぁいい」




「じゃぁ、私は行くよ。長い間を家を留守にしては怒られるからな。やる気も失せた」




「…………泣くな」




「……はぁ……しゃぁない!! 今日だけ一緒に飲んでやろう」




「………だから泣くなって」





「変わりたい。変わりたいか……」


「なら……変われ」


「大丈夫……私もいる」







「側近のオオコだ……みすぼらしい姿だったのが……」


「なに? 試食?」


「ふん……いいでしょう。唐揚げ? なんですかそれは」


「あっ……美味しい」


「……おかわり?」


「……もちろんよ」









 内容は異世界から召喚された者と言う突拍子もない話だった。そして……多くの事件を起こし。多くの人を不幸にし……そして……罪を積み上げた話だった。だが……それも少しづつ暗い話から今の執事長の明るい話が聞ける。


 この前の事件をも彼は語ってくれた。何時間……聞いていただろうか時間を忘れて彼の人生を聞き続けた。



 気付けば日は暮れ、夜の帳が訪れ、カンテラが灯る。執事長は一通り……全てを語ってくれた。



「オオコさん。以上がこの老人の人生でございます」



 年は若い筈なのに疲れたような老けたような声で執事長はそう締めくくった。



「オオコさん。ありがとうございます。こんな老人の昔話に付き合っていただきまして」


 彼は彼の特徴と言えるある女神から戴いた金属で作られた銀時計を見た。そしてスッと立ち上がりお辞儀をする。



「申し訳ありません。夕食の時間はとうに過ぎてしまいました。お部屋へお連れします」

「………」


 彼が手を伸ばす。その手を掴めば私を部屋に連れていってくれる手筈だろう。


 だから、こそ。私は……その手を掴む気はしなかった。


 スッと同じように立ち上がり執事長に向かって……





 飛び込む。




 ぎゅ




 男らしい鍛えられた肉体の堅さを感じながら私は執事長に抱きついた。身長は私より少し高く……見上げるように彼を見る。


「オオコさん? どうされましたか?」


 鈍感、そう鈍感を装う。私は……覚悟を決める。


 昔の彼が変わるために努力した姿を誉めたい。褒めてあげたい。誰にみられる事もなく泣いた日々もあっただろう。


「執事長……長い間……よく頑張りました。褒めて差し上げます」

「……オオコさん」

「過去を捨てず。頑張っているあなたに……私は……執事長の……セバスさまに私は……恋い焦がれております」


 執事長の顔が困惑の色を示す。わかっていたのか驚いた顔をしていなかった。


「私は老い先短い身……長くは一緒に居られません」

「その姿は偽り。本当の姿はまだ若い筈。そう……私より数年上だけ……嘘はやめください。紳士と信じてます。見せてください……過去の姿を」


 執事長は………目を閉じ少し悩んだあと。溜め息ひとつ……ついた。


「……後悔はありませんね」

「はい」


 執事長は抱く私から離れ。銀時計を開ける。すると……銀時計がぐるぐると逆回転する。


 そして、銀時計を閉じた瞬間だった。今さっきまでの白髪の老人だった人が黒髪となり成人した姿をしていた。背格好は全く変わらずシワもない若い姿を見せる。


 そう、鋭い瞳はそのままで。奥に優しさを秘めた瞳で。


「それが本来の姿なんですね……」

「はい。忌まわしい過去の姿です」

「……忌まわしいですか?」

「忌まわしいですね。多くの罪を作った醜い」

「格好いいですよ。セバスさん」

「……」

「私は退きません。どんなに酷い事をしたあなたも認めます。その姿があったから私の大好きな執事長は生まれたのです」


 執事長が私の頬に触れる。


「予言の通りですか……」

「何が?」

「……いいえ」

「まーた隠そうとします。私は打ち明けました……」

「…………過去に女神に会ったと言いましたね」

「はい」

「彼女は私に必ず。肯定する人が現れると言いました」

「………そうですね。肯定します。あなたの努力は報われるべきです。幸せになってください」


 私は彼の手に触れる。


「………オオコさん。今夜のご予定はございますか?」

「ありません」

「では……零時までの間……この姿で居させてください」

「はい」


 執事長は私を抱き締め……銀時計を落とすのだった。


 銀時計の針は止まる。


 零時の差さないように。








「あら? 執事長……金時計? どうしたの?」


「お嬢様。お気に入りだった銀時計は壊れてしまいました」


「あら? あれって……そんな簡単に壊れない筈」


 トントン、ガチャ……


「お嬢様。軍の予算書もって来たわ。あっ執事長」


「オオコさん。お疲れさまです」


「お疲れさま。執事長」


「ん?」


「お嬢様。予算書に目を通してください。それでは……仕事がありますので失礼します」


「忙しいですね。オオコさん」


「執事長ほどではないです。執事長……たまには休まれては?」


「考えておきます。そしてそっくりそのままその言葉をお返しします」


「ふふ」


「……ふっ」


「んんんんん?」


「では。お嬢様~さようなら。執事長もね」


「ええ」


「執事長。何かあった?」


「何もございません。お嬢様」


「うーん……なんか隠してない?」


「隠しておりません」


「………」 



 今日もおじさまはおじさまのような感じだったが。側近を見る目は……何か含んだ視線だった気がしたのだった。













 









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