好きだから
ただ家に帰るのに、未だかつて、これ程緊張したことは無いと思う。
帰り道。
少し前に、吉村先生が歩いている。
その右後ろを懸命についていく私。
嬉しさと困惑で体が熱くなる。
空は少しづつ薄暗くなってきた。
学生たちの下校時間のピークをすぎ、人通りもあまりない道。
先生の背中と斜め後ろから気持ち見える顔をチラチラみては、胸の高鳴りを抑えるのに必死になる。
せっかく一緒に歩いてるのに、何を話せばいいのか。
話ベタな私と違って、かなちゃんなら無言な時間なんて無いんだろうなと、ついついネガティブ思考になってしまう。
「松本さんは⋯。」
「はいっ!!」
突然、先生から名前を呼ばれて、変に大きな声で返事をしてしまい、顔が熱くなった。
先生は少し微笑んでいた。
「松本さんは、体育祭の選択競技、何に出場するの?」
「えっと、二人三脚に出る予定です。」
「二人三脚か!チームワークが大事になってくる競技だね!」
道中、先生のおかげで、なんとかおしゃべりができた。
「家はこの近くだよね?」
「⋯はい、そうです。」
気がついたら、あっという間に自宅周辺まで来ていた。
「じゃあ、ここまでで⋯。遅くなってごめんね。」
先生は教育実習生という立場もあるからなのか、家の前までではなく、少し離れたところで足を止めた。
送ってもらっただけで十分幸せだったし、お話もできた。
なのに、寂しさが込み上げてくる。
「また明日、学校で!」
右手で軽く手を振る先生。
にこやかに笑う表情に熱い気持ちが止められない。
「先生!あのっ!」
「ん?どうかした?」
「⋯好きです!」
言ってしまった。
咄嗟にうつ向き我に返る。
言うつもりはなかったのに。
言っても困らせるだけなのに。
先生は今何を考えてるのかな?どんな顔してるのかな?もう話してくれなくなるかも。距離を置かれるかも。
いろんな考えが短時間で錯綜する。
「松本さん、ありがとう。」
えっ⋯。
顔を上げ先生の方を見ると、嬉しそうに恥ずかしそうに笑っていた。
あっ⋯。
これは本気では受け取って貰えてないことが分かった。
好きだから、言ってしまった言葉。
分かってた。
頭のどこかでは分かりきってたこと。
「先生、ありがとう。」
私はそう言って、家に向かって走った。
いろいろな感情が込み上げてきたけど、先生の優しさに自然と言葉が出ていた。
「神様!仏様!ゆき様!一生のお願い!!」
勢いよく私の両肩に手を置きながら、かなちゃんが懇願してきた。
体育祭、当日。
順調にプログラムが進む中、かなちゃんが足に怪我をして、選択競技の出場ができなくなった。
その代わりに出場することを私に頼んできた。
「競技って⋯」
恐る恐る聞くと、不敵な笑みとともに1番聞きたくない言葉を発した。
「ふふっ!借り物競争!!」
最悪だ。