1話 一目惚れ
教室中の視線が彼に注目していた。
女子の大半は小声でかっこいいと口々に言っていた。
私は彼に一目惚れしてしまった。
彼は顔を真っ赤にして目線を少し下にしながら、右手で頭をかく。
担任の先生から紹介された彼の第一声はあまりにも小さい声で聞き取れなかった。
5月上旬。
体育祭目前にして、毎年教育実習生がやってくる。
3週間と短い期間だが、私にとってそんなことはどうでもいいことだった。
今までは。
彼は吉村先生。
まだ先生ではないが、教育実習生のことをそう呼ぶのは当たり前だった。
癖毛なのか寝癖なのか分からないが、少しはねっけのある黒髪。
どこか優しくおっとりした目。
可愛らしいえくぼがあるからか、大学生に見えないあのあどけない笑顔。
私に向けられたものではないとわかっているけれど、心が包まれていく気がする。
先生はその愛くるしい人柄から、男女問わず生徒ともすぐに打ち解け人気者になった。
しかし、それは私にとってデメリットでしかない。
私はクラスの中でも暗く内気な性格なため、学校でプチ有名人になった吉村先生に話しかけることは愚か、存在を知ってもらうことさえできない。
「ゆき!部室行こ~!」
同じクラスのかなちゃんが声をかけてきた。
かなちゃんとは幼稚園の頃からの幼馴染で小中ずっと一緒の大親友。
入学して1ヶ月が過ぎた頃、周りのほとんどは部活に入部し始めていた。
強制ではなかったので、特に入りたい部活もこれといってなかったから私は帰宅部になるつもりだった。
そんな時に、かなちゃんから美術部へ誘われた。
かなりしつこかったので仕方なく入部した。
と言っても、かなちゃんと一緒にいることが私にとって一番の幸せだからという理由もある。
かなちゃんとは、どんなことでも話せる仲。
吉村先生のことについて相談してみた。
「いいじゃんいいじゃん!アピってこ~よ!」
体が前のめりになり目を輝かせて私の手を握ってきた。
『それができたら苦労しないよ…』
そうこうしてるうちに美術室に着いた。
ドアを開けると、あれ?吉村先生?
目をこすってもう一度見たが…やっぱり吉村先生だ!
他の部員と立ち話をしていた。
なんで?なんでここにいるの?
状況がいまいち呑み込めない私に変わってかなちゃんが質問した。
「あれれ~?吉村先生なんでここにいるんですか?」
「実は僕、学生時代美術部に所属してたんだ。」
吉村先生は私たちに気づき照れくさそうに言った。
「先生、教育実習中はうちの部に顔出してくれるんだって!」
部員の1人がそう言うと、先生は右手で頭をかきながらまた照れた。
「ゆき~!良かったじゃん!」
かなちゃんが私の耳元で小声で騒いだ。
先生がキラキラ輝いて見えた。
まるで王子様のように。
照れてる表情も可愛い。
そう考えていると自然と顔が熱くなり恥ずかしくなった。