第1話:これが僕、これが今
葉隠瞬は暗い室内で、爬虫類とも甲殻類ともいえない、翼と鋭いハサミを持った不気味な生物に出会った。
「まずい……まずい……隠れなきゃ!」
そこで彼は、近くの物陰に隠れようとする。
しかし、慌てていたのか、大きな物音を立ててしまい、隠れることが出来ない。
そして、その巨大な生物に気づかれてしまう。
「うそ!? どうしよう!?」
あたふたしている彼を組み付こうと、その生物はハサミを広げてきている。
彼はすぐさま、回避に行動を移そうとするが、足がもつれてしまったのか、転んでしまった。
そこへ、不気味で巨大な生物は彼を捕まえようと――――。
「待て待て待てー!!」
一つの大きな声と共に、巨大な生物は、誰かの強力な蹴りによってよろけ、組付きは失敗した。
「助かったよ兄ちゃんッ!」
「へへっ……どうってことねぇよ!」
「うーん、マサルがまさか神話生物相手にドロップキックするとはね」
僕らは今、兄ちゃんの部屋でTRPGという、アナログゲームを行っている。
兄ちゃんの友達のシンジさんから、やってみない? と言われて、僕も参加しているのだ。
TRPGというのは、簡単に言ってしまえば話をしながら、物語を進めていき、クリア条件を達成するというもの。
ゲームマスター、通称GMの指示を聞きつつ(それはシンジさんが担当)、プレイヤーが(これは僕と兄ちゃんが担当)それに沿ったりして行っていくんだ。
「それにしても大丈夫かい? こうなると、神話生物との戦いになるけれど」
「問題ねぇよ。その為の俺だからな」
ニヤリと笑いながら、兄ちゃんの作ったキャラクターは、その生物に戦いを挑んでいた。
……数分経って、僕と兄ちゃんのキャラは死んだ。
「くっそー!! あそこで致命的失敗はないだろ!」
「兄ちゃんが死んだら、僕はなんも出来ないんだよ……」
「あはは、惜しかったね」
兄ちゃんと僕は悔しがり、シンジさんはケラケラと笑う。
「慈! キャラクターをもう一度作るぞ!!」
「わ、分かったよ。兄ちゃん」
兄ちゃんが僕の名前を呼び、返事をしたところ、シンジさんはゴメンと言いながら、自身の荷物を持って立ち上がる。
「せっかくだけど、シナリオも用意してないし、そろそろ塾なんだ」
「っちぇ……そうなのか。次こそは、シンジにギャフンと言わせてやりたかったのにな」
そんなゲームじゃないんだけどな……なんてシンジさんは苦笑いをしながら、部屋の扉を開けた。
「また機会があったらやろう。それまでにキャラクターを作っといてよ」
「分かったよ」
僕と兄ちゃんがまたね、というとシンジさんは家から去っていった。
「それじゃ、一緒にキャラクター作ってみるか」
「分かったよ、兄ちゃん」
僕は、兄ちゃんに言われるがまま、キャラクターを作っていた。
兄ちゃんのやりやすいように、兄ちゃんの弱点を補うように、兄ちゃんの助けになるように。
これが僕。
兄ちゃんがいなければ何も出来ない、還元 慈……普通の中学二年生だ。