第2話:「闇属性『S』襲撃」
聞きたくもない警報という名の騒音が耳で鳴り続けている。
「っが…!くそが!!…ヴァローナ!!」
自分でも驚いたが体の底から込み上げてきた声は、ずっとそばにいた少女の名だ。
カルムがシンにヴァローナに対して好意を抱いていると指摘してきたがあながち間違ってはいない。少なくとも、今の状況では親しい人を想わざるを得ない。
「ヴァロォオオオオオナアァアァアアアア!!」
足が動いた。走れる。闇に染まる廊下を駆け抜ける。凍りついた背筋はいつの間にか熱で溶けきっていた。
この学校の構成は1階、昇降口からすぐにある階段を上がり2階が教師達の使う教室。3階が三年生の教室。4階が二年生の教室。そして5階が自分たちの学年フロアだ。その上は屋上となっている。
「ちっ、なんで俺ら一年を手間取らせるような階層にしたんだよ!!」
位を考えれば当たり前なことだが、今はそれが憎い。
L字型に別れた廊下のちょうど中心部、そこが階段の位置だ。
なんとか駆け上がり、シンは廊下を曲がって左奥の教室へと向かう。そこが自分のクラスで、ヴァローナのいるはずの場所。
ふと、足が止まる。身に覚えのない人影がある。闇に染まっているのに影があるのはおかしいかハッキリと分かった。
「…誰、ですか。」
立場が上の人間かもしれない。この学校の関係者だろうか。その人影はこちらを向き、徐々に、そして徐々に足を止めたシンへと近づいてくる。
「…」
何も言わない。
「……」
歩くスピードが上がる。
「………」
大分近づいてきたところで闇の中からその人影の全貌が遂に明らかになった。
「やぁ、こうして会うのも久しぶりだな。君を探してたんだよ。シンちゃん。」
その『人影』は『人』として姿形をハッキリと現し、シンに愛称で呼んだ。
だが。
「―――お前、誰だ。」
シンには記憶が無い。昔からシンのことを知っていた人物であったとしてもシンからすれば謎の人物でこっちのことを知ったかぶりされてる気分にしかならない。シンは目に怒りを宿し、続けた。
「お前が誰なのかは知らない。だけど、この闇の中でまともでいられるお前を見て確信した。お前がSランクの闇魔道士だな。」
この向かいの男は身体中に闇のオーラを纏っている。隠してるのかは分からないがほんの微量であるオーラの屑が体に触れるだけでも気圧されてしまいそうだ。それらを踏まえ、シンは確信した。
強敵だ。
「フフッ、アハハハハ!!少し悲しいが、さすがシンちゃんだ!僕のことを忘れてるなんてね。でもま、危機に陥った状況でそこまで冷静に考えられる天才的思考は相変わらずだね。」
「あ…?お前が俺の何を知ってんだよ。」
「知ってるも何も…、僕と君はお互いを知り尽くしていたんだよ。そして君が記憶を失くすきっかけも僕が作ったんだよ。」
狂者の声はそっと優しげな落ち着いた声へと変わった。
「知り尽くす…?俺が記憶を失くす理由…!?なんだ、いったい何のことを…!!」
「忘れたのならしょうがない…。今体に刻みつけて思い出させてあげるよ。」
そう言うと闇魔道士は片手を突き出し、魔力を集中させた。闇の粒子がそこへ集まり膨大化していく。
「…っ!!!!なんて…力だ!!!!」
「フフッ。さぁ、迎えに来たよ。
甲野心一郎。」
粒子が丸い形状へと変化し球体を作った。闇魔道士のその向いた手の前線、前方位に向けてその球体が弾け飛ぶ。
「ノゥワール」
その言葉は耳にしたことがあった。魔法の歴史の授業で闇属性の歴史を学んだ時、最大級の魔法だと聞いた。
「!!!!!」
目を瞑った。人は死を目の前にしてそれを見ようとはしない。誰も自分が死ぬ瞬間など見たくない。
頬を斬撃のようなものが擦った。そして少し間が空いて気付いた。
「た、助かっ…た?」
「俺の生徒に手を出すとは、度胸のあるやつが来たもんだ。」
発言した男の身に纏われているのは光属性と炎属性の混ざった神々しいオーラ。
「フォルム…先生!!」
シンのクラスの担任で、数々の戦歴を持つ実力派魔導師でもある。この世界で『フォルム・ベイル』という名の魔導師を知らない者はいない。
「ったく、うちのクラスの寝坊助がいねぇと思って来てみたら…。まさかこんなことになってるとはな。
そして見つけたぜ。闇魔道士の卵、神乃衆。」
「日本人!?」
「だから言ったでしょ?僕はシンちゃんのことをとてもよく知っているんだ。シンちゃんと国が一緒なのも当たり前さ。」
身に覚えがない。こんな悪友いたのか。自分は記憶を失う前、どんな性格だったのだろうか。
「お前なんかが親友なんて、聞いて損した。」
「サラッと酷いことを言ったね。」
笑顔でツッコミを入れる闇魔道士の卵こと衆だが、目は笑っていない。
「下がってろ、馬鹿。お前は後で説教だ。」
「待ってくれ、先生。ヴァローナは…。」
「お前のガールフレンドは無事だよ。安心しろ。俺のクラスが一番早く地下室に避難している。」
さすが先生だ。今まで気持ちよく寝ていた自分に叱る先生を軽蔑していたが、感謝している。そもそも寝る自分が明らかに悪い。
「獲物を横取りされて、ちょっと御機嫌斜めなんだけどなぁ…僕。」
「心配すんな。そこの脳無し能無し糞寝坊助よりは強いからよ。」
「…いや、否定はしないけど言い方酷くねーか。先生。」
「とっとと行け。」
鼻で笑ったフォルムは道を作り、シンを誘導させた。フォルム先生の気遣いはありがたいが、超人同士の戦い。見てみたい。
「先生、俺は間近であんた達を見たい。」
「馬鹿か?…まぁ、よし。俺の教訓は実戦あるのみ。」
「話は終わったのかな?焦らされていてこっちはどうしようもできない人殺しの焦燥感に駆られているんだけど。」
衆はまだかまだかとこちらへの攻撃を待っている。この気遣いは特撮とかでヒーローが必殺技を打つ前に待ってくれる、よくいる良い敵キャラだ。
「安心しろ、退屈させねぇ。いや寧ろ退屈してる暇なんか無くなるぐらいの時間を作ってやるから。…行くぞ。」
途端、空気の流れが変わった。フォルムから溢れ出す光が闇を照らす。隅から隅まで。
「シャイニー・フレイ」
フォルムのその一言で眩い一筋の閃光が衆の胸を貫通した。
「やった!!!!」
「いや、まだだ。」
先程光の閃光を受けた衆は霧となって消える。
分身だ。
「闇分身…!?」
「認めたくはないが、今Sランクの闇魔道士の中では最上位に来るほどの実力を持つ男だ。こんぐらいの光じゃくたばらねぇだろうな。」
「アハハハハ!!」
後ろから声が聞こえ、二人は即座に振り返るが既に衆はフォルムの首に手を回していた。
「さぁ、終幕かな。一流魔導師さん?」
「ハン。いけ好かねぇ野郎だ。」
「それは僕に合う評価だ。嬉しいよ。」
「フォルムっ先生!!」
「安心しろ。」
一瞬にして光炎が闇を燃やし尽くした。
衆は激しい炎に半分体を焼かれ、爛れている。
「…おおっとぉ。これは驚いたな。」
衆は掴んでいた首を離して直ぐに後退。
「ガキが。大人を舐めんな。」
光炎がフォルムの周りで渦巻き、廊下の壁や天井にも飛火による被害が現れている。もはや、味方なのか。こちらまで燃やされるのではないか。
「あっぶねぇ。先生、手加減してくれよ。」
「あ?何言ってんだ。手加減してんだよ。」
フォルムはポケットからグシャグシャの煙草を取り出し、自分の指をライター代わりに火を付けた。その煙さえも自分を纏う光炎に混ざっていく。
「帰れ。ここはお前の来るところじゃねぇんだよ。力の差を思い知ったろ。」
「フッ、悔しいけど僕にはここまでが限界のようだね。だけど僕の狙いは君じゃなくてそこのシンちゃん。悪いけど、僕はまた来るよ。シンちゃんを連れ戻しに…ね。」
下卑た笑みを浮かべて、衆は闇のように消えた。
「助かった。サンキュ…」
フォルムは拳をシンの頭に容赦なく落とした。
「ってぇ…」
「ございます。だろうが寝坊助。来い。地下室についたら話がある。」
今にも泣きそうなシンの制服の襟を掴んで、無理やり引きずり、二人は校内地下室へと向かった。
―――『地下室』というには酷く綺麗で錆びれた感じもない『地下室』という名に相応しくない場所だ。
「ヴァローナ!!」
「シン!!良かった…。無事だったのね。」
安堵し、優しい笑みを浮かべたヴァローナ。いつもその優しい笑顔に見蕩れてしまう。そんなシンには触れずにフォルムは話を始めた。
「今日、Sランク闇魔道士が襲撃してきた。それもかなりの強者だ。お前らなんかじゃ到底太刀打ちできねぇ。今、実技依頼を受けに行ってていねぇやつもいるがとりあえず話さなきゃいけねぇことがある。これからの取り組みについてだ。」
襲撃による事態の大きさを聞いて、恐怖に竦む生徒達が多い。そんな気不味い空気の中、フォルムは続ける。
「俺のクラスは優秀だ。実力もある。…一人除いてだが。」
「おい、今俺を見ただろ。」
睨むシンを尻目に、フォルムはまた続けた。
「お前らも見ただろ。Sランクの敵の強さを。一瞬にして校内を闇に染めちまった。他クラスじゃ死者だって出てる。」
殺された訳では無い。余りにも絶大な闇を前にして自害に及んだ生徒が多数いたのだ。
「またこういうことが起きることも有り得なくはない。じゃあどうするか…だな。」
生徒全員が息を呑んだ。
「俺の指導法を変える。今まではちっとばかしのんびりしすぎた。これからお前らには実技依頼だけを受けてもらう。歴史については三学期で終わらせる内容を既に終わらせてある。その他はなんの心配も要らねぇ。」
「早口で…だろ。そんなんで歴史なんか頭に入ってくるかっつーの。」
「お前は黙ってろ。」
「ってぇ…」
「気を取り直して、お前らには実力相応の依頼を受けさせる。実戦経験を積んでもらう。魔法を使った依頼は様々だが、雑務系は要らん。お前らが受けるのは戦闘のみだ。」
「先生。それはこの学校のカリキュラムを無視するということになりますよ。」
意見を出したのは、この一学年の秀才。『エイマー・ウイングマン』だ。彼は風属性の魔法を得意としているが、あまり実力派という訳では無い。だが、知識に置いてはこの学年で右に出るものはいない。
「お前は頭は悪くないが、真面目すぎんだよ。それにもう校長はとっくにくたばってていねぇんだ。教師が仕切ろうと文句ねぇだろ。一応授業してるしよ。」
「なんて適当な!!」
「意に反します。私は反対です。」
「ほぉ、口ごたえか。頭良かろうがガキはガキだな。あんま舐めたこと言ってっと潰すぞ。それができねぇってんなら、
学校を辞めろ。」
「目がガチだ…。あのな、エイマー。先生も俺達のことを思って言ってくれてるわけだ。実際実力はあっても、まだ依頼すら受けれてないやつらがこのクラスには半分以上いる。俺は先生の言うこと、正しいと思うぜ?」
「ですが…。」
「たまにはいい事言うじゃねぇか。見直したぞ?寝坊助。」
「見直したんならその寝坊助ってのやめろ!」
歯を剥き出しにして噛み付こうとするシンを片手で抑え、苦悩するエイマーにフォルムは助言した。
「お前が知識だけの魔導師じゃ、いざとなった時に何も出来ねえぞ?俺はお前が自分の命を大切にしない程馬鹿ではないと思っているがな。」
「…」
エイマーは下を向いたまま、何も喋らなくなった。やはり、学校の規律を破ることに葛藤があるのか。そんなエイマーの肩をヴァローナが優しく撫でた。
「何も今すぐに決断しろとは言ってないじゃない。落ち着いて、自分の気持ちに素直になればいいのよ。」
「…私は…。」
「とりあえず、今日はもうお前ら帰れ。体をしっかり休めろ。土日挟んで、月曜日。またここに来い。」
―――シンは家に到着した後、直ぐにシャワーを浴びた。シャワーの雨が体の汚れを洗い流していく。目を瞑って、今日の一瞬のようで長かった時間を振り返っていた。
「―――それができねぇってんなら、学校を辞めろ。―――」
エイマーに告げられていた言葉。シンはフォルムに味方をしてエイマーの承諾を得ようとしていたが、シンもまた葛藤があった。
「今の俺じゃ、何も出来ない。」
悔しさが込み上げてくる。『才能』という湯船に浸かっている人生を送りたかった。カルムのように良い家系に生まれたかった。そんなことを考えながら、今の自分に何が出来ると何度も、何度も、何度も問いかけ続ける。
「―――戻ってきてね。心一郎。―――」
突然の光景が脳で再生された。記憶にない女性の声と顔だ。ヴァローナとは違う透き通ったか細い声が切なげで、淡い栗色の髪が風で揺れている。
頭痛がした。
「がはっ…。なん、なんだ。俺は、昔…」
「―――努力してきたんだから、きっとシンちゃんの夢は叶うと思うなぁ。―――」
また違うシーンが映し出される。今度のは聞き覚えがある。少し幼い声だったが、自分のことを愛称で呼ぶ闇魔道士。神乃衆だ。白髪なのは生まれつきか。
「努力…か。」
頭痛がいきなり治まり、シンは体勢を立て直した。
「そうだな。努力だ。まさか、敵に教えられるとはな。」
正確には親しき友であった男だ。
「越えられない壁が『才能』だと言うんなら、俺が『努力』でその概念を壊せばいい。」
シンの目には光が宿っている。
シャワールームで汗と葛藤心を流しながら、再び目を瞑って覚悟を決めた。
無事、第2話を書き終えることに成功しました。NOBUです。今の時間が既に朝の3時を回っております。もうすぐ夜明けが来ますね。疲れました。寝ます。第2話読破誠にありがとうございました。
ではまた、次話でお会いしましょう。