電気消失
屋上は大きな円い広場だった。
白、黒、グレーの無彩色のタイルがランダムに並べられている地面だったのだが、幻にはそう見えていなかった。
「虹色のタイルって派手ね」
幻には虹色に見えるのか。すごいな女性の色彩感覚は。
飛は幻の顔を見た。
半開きの目が上を向いていた。
その顔面に狂気を感じた。
幻の目線の先へ視線をうつす。
夜空に何かが浮いていた。
中心が白く、その周囲はほのかに緑色に光っていた。
「火の玉!?」
背筋がゾクゾクっとした。
屋上は妖怪の世界なのか。
そんなはずはない。
円い広場の中央に巨大なモニターがあった。
飛が小走りでそこへ向かうと、幻が追いかけてきた。
狂気の顔面で。
新光樹ショッピングセンターの自社コマーシャルが大音量で流れている。
そこには臨時ニュースが字幕で流れていた。
「高温プラズマにより、火の玉が発生しています。高磁場のプラズマのため、幻覚症状が出始めています。引き続き警戒してください。」
イベントステージには、司会が登場していた。
「プラズマが悪さをしているようなんですが、さっそく、あのかたをお呼びしましょう! エクスカリバーさんです。どうぞ!」
幻がわれに返った。
火の玉から離れたからだろう。
「幻、行かなくていいのか? イベント」
「行ってくる。飛君は観覧席で見学してて」
そう言うと、イベント会場に小走りで行ってしまった。
飛は観覧席という名の青い設置型ベンチに腰かけた。
人気イラストレーターのエクスカリバーさんが講師となって、催されるイラスト講習のようだ。
「構図とレイアウト」を主題に、分かりやすくゆっくり教えていた。
幻ちゃん含む参加者は、ステージ上のいすに座って、配布されたスケッチブックに言われた通りに絵を描いていた。
ステージにはバックや下、上からも照明があたっていた。
しかし、観覧席には照明がなく、少し疎外された気分になった。
ホワイトボードにエクスカリバーが描いているのを真似して、スケッチブックに描写する。
エクスカリバーはスラスラと立派な人物画を描いて魅せた。
幻ちゃんは頻繁に僕のことを見てくれた。
最後には、エクスカリバー本人が描いたイラストを景品として、ビンゴゲーム大会が行われた。
ずいぶんと盛り上がっていた。
参加者のほとんどが熱狂的なエクスカリバーのファンで、幻は気迫に押されながらも楽しんでいた。
途中、火の玉が会場に乱入してきたが、エクスカリバーが素手で触り
「透過するんですね」と会場をにぎわせた。
こうして、二時間にもおよぶイラスト講習がようやく終わった。
その間、飛は幻ばかり見ていた。
「見てみて、飛君描いてみたの。似てる?」
イケメンすぎたので苦笑いをしたが、パッと見、似ていたので
「似てるよ」と返した。
「遅くなっちゃったね。近くでお祭りやっているから、そこで夜ごはんにしよっか」
幻の提案で二人は新光樹公園に向かった。
「ニューライトフェス」と呼ばれるお祭りは、どうやら終わったらしく、屋台をたたみ始めていた。
この祭りでは毎年、LEDライトの新色が使われていた。
今年は蛍光カラーらしく、カラフルな蛍光の提灯がそっけない道を彩っていた。
スマホのカメラ機能で蛍光の提灯を撮った。
飛は写真撮影に夢中で一言も発していなかった。
幻が沈黙を破り、会話をうながした。
「綺麗ね。蛍光ピンクの提灯。一番鮮やかに見える。飛君は何色が好み?」
蛍光カラーは全部で四色だった。
ピンク、ライトブルー、イエローグリーン、パープル。
「イエローグリーンかな。癒される色だから」
「ライトブルーじゃないんだ。男子って「青」が好きそうなイメージだから」
「それ、男子トイレが青いからじゃないの。思い込みだよ。十人十色。みんな好きな色はバラバラさ」
それから二人は公園のベンチに座って、夜ごはんをどうするか話し合った。
「コンビニしか(選択肢が)ない気がする」
飛はぼそりと言った。
「デートでコンビニ行くの!?」
「じゃあ、帰るか」
「そうね。ずっと飛君にそばにいてほしいけど。帰る?」
すごい好感度だな。
飛は再び舞い上がりそうになった。
幻の頭に焼きついている世界の終焉説。
それが女子特有の「独りになりたくない」気持ちを強くさせていた。
「あのね」
幻が飛に話しかけてきた。
幻が続けた。
「夏休みの初日に本当は沖縄に家族総出で旅行することになっていたの。飛行機に乗ったんだけどね。
離陸して数分も経っていないのに、緊急着陸とかいって、空港に戻ってきたのよ」
飛は家の窓から見た、Uターンする飛行機を思い出した。
「そういえば、家の窓から急に進路を変える飛行機を見たよ」
「多分、その飛行機に幻が乗っていたの」
「緊急着陸ってどうして?」
飛は少しズレ始めた会話の流れを修正した。
「なんかね。無線が使えなくなって、管理塔と通信がとれなくなったみたいなの」
二人の頭上を機械音を立てて、飛行機が翔けていた。
飛行機のヘッドが赤く輝いていた。
赤い光は水平移動していった。
二人の話は中断した。
二人とも飛行機の機械音が鳴り終わるのを待った。
二人は飛行機をボーッとながめていた。
「何!?」
幻の声がした。
消えた。赤い光が突然消えた。
同時に蛍光の提灯が一斉に消えた。
街灯も消えた。
真っ暗闇で幻の顔も、何もかも見えなくなってしまった・・・。
その瞬間、地球から「電気」が消滅していた。
世界的な大停電が起きていた。
地電流が配電システムを溶かしていた。
CME、「太陽の雲」。
それがついに地球に衝突した。
「太陽の雲」は地面に大量の電流を流した。
地面を伝うようにして、送電網に大量の電流が溜まっていった。
それが大量すぎた。
許容範囲をゆうに超える電流が蓄積された。
地電流は配電システムの変圧器の巻銅線を溶かしていた。
そして配電システムがストップした。
溶けてしまったのである。
電気を送るシステム自体が。
そして送電線に電気が供給されなくなった。
現代、電線は互いに繋がり合っているので、規模は拡大した。
そうして、「世界的な大停電」をもたらしたのである。
爆音が地を揺らした。
さっきの飛行機が墜落して大爆発したようだった。
飛行機は飛と幻が先ほどまでいた「新光樹ショッピングセンター」に堕ちて、ショッピングセンターもろとも爆風で吹き飛ばしていた。
とっさに暗くて見えない幻を手さぐりで探した。
細くて柔らかいものに手が触れた。
幻の腕だった。
飛は腕をがっちりつかみ取った。
「共に生きよう。CMEが直撃しても変わることなく、一緒に」
飛は力強く言い放った。
「うん!」
幻の声が闇に響いた。
腕がからまる。
二人は手を繋いだ。
幻は飛がいる安心感に身をゆだねていた。
飛なら必ず私を守ってくれる。




