人類の継承者 後編
赤茶けた大地が揺らめいている。
二人は目を凝らす。
透明な海水が瞳孔に飛びこんできた。
澄んだ空気のように透明な水面。
飛は鼻息が荒くなるのを感じていた。
超人間の針穴のような鼻から空気が漏れる。
幻は窓に両手をつけて、食い入るように絶景をむさぼっていた。
「これが火星の海かあ」
飛は興奮を内に秘めることができなくなって、思わず声を出す。
「生き物はいるのかな? 魚とか、両生類とか」
幻が話しかけてきた。
窓に映る飛の顔にむかって。
「どうだろう。もう少し降りてみようか」
海には島のように岩塊が頭を出していた。
岩塊にはシダやコケがうっすら生えていた。
髪の毛のとぼしいハゲ頭に見えてきた。
「植物はいるみたいだね」
飛は窓にへばりつく幻に言った。
メタリックな背中に向かって。
時空機は降下した。
そして着水した。
水しぶきが窓を濡らした。
自動車の窓には必須の、ワイパーがない。
絶海の景色が溶けるようにゆがんだ。
そして視界をぼかした。
涙でピンボケするみたいに。
水平線と目線の高さが一致した。
機体は重くはなかったのだが、飛と幻が重かったらしい。
二人は浮いてはいるが、質量は変わらない。
時空機は火星の海に潜っていた。
球体のてっぺんを水面に出した格好で。
魚は泳いでいなかった。
何もない。
海中にいることを忘れるような透明感だ。
水平線の黒い細いラインが唯一、海中を思わせた。
二人のどちらかが飽きたのか、機体は浮上していった。
「陸を探そう。そこには都会がひろがっているかもしれない。生物の営みの有無が知りたい」
飛は幻に提案した。
いつの間にか、飛も火星探検を楽しんでいた。
時空機は火星の蒼空を駆けていった。
大きな岩塊が現れた。
さらに進むと、岩塊は山を成していた。
山が海水をせき止めていたのか、山を越えると海は無かった。
陸だった。
焦げ茶色の砂礫。
灰色の砂礫。
黒色の砂礫がマーブル状になっている砂漠だった。
自然のアートだった。
自然の織り成す芸術は、人間では真似できない境地だ。
人間が歩いたり、営む。
それだけで、自然の美は害されてしまう。
南極大陸のように。
南極大陸の「神秘的な銀世界」は、人間により穢されてしまった。
鉄くずの山。
緑の繁茂。
人間は「自然の神秘」を冒瀆してきたのである。
病原菌が繁栄しているのは、神の怒りに触れた人間への天罰かもしれない。
火星では同じ過ちを犯さなければいいが。
飛はそんなことを想起していた。
人間が歩いていた。
白衣を身にまとっていた。
年配の男性だ。
火星の研究者かもしれない。
時空機は火星の蒼空をさらに進む。
「群衆だ!」
飛は大声をあげた。
幻の身体がびくっとした。
突然の大声にビビったのだろう。
人間が居住していた。
テントが等間隔に張られている。
テントの他に、球体が着陸していた。
時空機だった。
飛のデザインだった。
あの時、時空の扉からやってきた時空機も、飛のデザインだった。
飛は自分が「時空機(UFO)」のデザイナーであることを誇りに思った。
群衆はどこからか流れるように、湧き出ている。
飛と幻を乗せた時空機はさらに前進する。
蛇行する群衆の流れに沿って。
「何これ!」
幻が一つ目を輝かせてそう言った。
地上には巨大な建造物がデーンと構えていたのである。
生成り色(薄黄色)のドームだった。
目を見張る大きさだ。
「中に入ってみようよ」
幻が振り向いて、そう言ってきた。
飛は地球の未来が知りたかった。
こんなバカでかい建物に入ったら、地球に行くのが先送りになってしまう。
「地球にも興味があるから、先に地球に行かない? それからさ、ここに潜入しよう」
飛はそう提案するのだが。
「こっちのほうが気になっちゃう。中がどうなっているか、外からじゃ全く見当がつかないもの」
と幻が反抗した。
飛は一つ目を限界まで見開いた。
飛は悪霊に憑りつかれたような形相になった。
幻がガタガタと震え上がる。
二人を乗せた時空機は、地球にむかって物凄いスピードで突進した。
変に飛の行動は急進的だった。
飛の心は壊れていた。
最後の最後で。
飛は地球が終焉をむかえる、その瞬間を目撃していた。
だから、「地球の存滅」を確かめずにはいられなかったのだ。
先ほど見た、あの建物は「セーフティーゾーン」と呼ばれていた。
人間が時空を歪めて、人間や超人間以外が入れないようにした「聖域」である。
あの中に、「地球の全世界」がスッポリまるごと入っていたのだ。
「瞬間的な過去」の一時のままで、地球を保存するように。
飛の時空機の開発が、「時空を歪める研究」にも役立っていた。
飛と幻を乗せた時空機が「地球」に到着する。
青々とした大気と海も健在だった。
時空機は「地球」に突入していく。
複雑に入り組んだ鉄パイプの道。
空を突きさすようにそびえ立つ、高層ビル。
それは「針山地獄」を連想させた。
不気味なほど静かだ。
恐る恐る、時空機は下層に潜っていく。
赤い光に包まれた。
突然。
聴きなれない警報が鳴り響く。
「チョウニンゲンヲ、ハッケンシマシタ」
女性のAI(人工知能)の声だった。
「タダチニ「ホカク」シマス」
と告げたコンマ数秒後。
「「ホカク」シマシタ」
とAIは言った。
飛と幻は地球を脱出しようと時空機を急浮上させた。
もう、手遅れだった。
空に透明なバリアーが張られているみたいで、地球から離れることができないことに気づいた。
飛と幻の二人は、AIに捕獲されていた。
いつの間にか。
地球はAIに支配されていた。
「人造」のAIに。
AIの知能は人間の頭脳を凌駕していた。
そう遠くない未来。
2045年以降にAIが人間の知能を抜かすと、予想されている。
飛と幻は「この瞬間」から、AIの奴隷として生かされることになった。
死んでも、AIが生き返らせる。
つまり永遠にAIの奴隷。
飛と幻の長いようで短かった、「青春の大冒険」。
地球の未来を守りきれなかったために、この輝かしい、二人の奮闘が台無しになったのだ。
そう遠くない未来。
もしくは現在。
人類は「激動の時代」に突入していく。
日進月歩、地球は未来化している。
人類が「不可能」を「可能」に変えることに、技術力を注いでいる。
その代償が、必ずや訪れるのだ。
それは、飛と幻の体験した。
SFめいた出来事かもしれない。
我々は、未来化していく地球を生きる「選ばれた者」。
激動の時代の中、人類の存続を任された「人類の継承者」なのである。




