異種族の境遇
飛のクローンは飛の首を力いっぱい絞めてきた。
意識が薄らいでいくが、死にそうになると、意識が徐々に復活してきた。
自由の楽園は「死」が存在しないからだろう。
死なないなら、クローンなんて怖くない。
「飛君をあやめようとするなんて最低ね! もう絶縁よ!!」
幻がクローンに言い放った。
クローンの腕の力が弱まっていくのを感じた。
飛は大きく息を吸いこんだ。
クローンはフラれてしまい、肩をガクリと落とした。
「逃げましょ、宇宙に」
幻がそう言って、飛の腕をつかんだ。
飛は幻に引っ張られるままに、昇降口を出た。
校庭まで来た。
自由の楽園の太陽は少し大きかった。
地面に陽光が照り返され、校舎全体が黄金色にきらめいていた。
「私、わかったの。自由の楽園は地上ではなくて、「空や宇宙」なんじゃないかって」
「空や宇宙」
飛は幻のオウム返しをした。
「超人間から人間へと「変身」したのは、人間の世界では超人間やエイリアンを「敵」と見なす習性があるからだと思うの」
「異種族の境遇ってやつ?」
「まあ、そんな感じ」
「で、どうやって宇宙に行くのさ?」
「それがね」
校庭の端まで来た。
幻が何もないところで、ボタンを押す素振りをした。
球体が出現した。
「時空機じゃん!」
飛はテンションが上がった。
自分で書いた設計図の完成予想図そっくりだった。
機体の下部にある電光掲示板には文字が表示されていた。
文字が左から右にスクロールしていた。
「時空機の開発者 創我飛様へ。完成した時空機のプレゼントです。リトルエンジニア株式会社一同より」と書いてあった。
あの時、幻が自宅に遊びにくる前に、時空機の設計図をネットに上げたからだ。
そのサイトを見て、作ってくれたんだ。
そのうえ、僕にプレゼントしてくれるなんて。
飛は胸がつまった。
「これ、飛君が開発したの?」
幻が時空機を指さして訊いてきた。
「そうだよ。2100年に時空機(UFO)を開発したんだよ。僕が。その時空機に乗って、過去にタイムスリップしたのさ」
幻は飛の背中がとても大きく感じられた。
「飛君がUFOの開発者だったなんて。すごいじゃん!」
飛はまんざらでもない顔をした。
「よし、時空機に相乗りしよう」
幻の瞳がウルウルしてきた。
乙女の顔だった。
飛はもの珍しそうに、幻の恍惚の表情を見つめた。
飛が時空機に乗った。身体が気体の煙で浮き上がっている。
幻が乗ってきた。
片足を踏み入れる。
「あれ、足つかないよ」
「大丈夫だよ。怖がらないでもう一方の足も乗せてごらん」
幻が飛の指示に従った。
バランスを崩し、転びそうになった。
飛はとっさに幻の手をつかんだ。
そして引っ張ってあげた。
「ありがとう」と幻はお礼を言った。
飛と幻の二人が時空機に乗った。
飛は開閉ボタンを押した。
透明のシェルターが下りた。
その瞬間、二人だけの密室になった。
「言い忘れたけど、この時空機は念じて操作するんだよ。上がれって念じてみて」
「上がれ、上がれ!」
幻が声を出して念じた。
機体が浮き上がった。
ゆっくりと上昇していく。
シェルターが窓の役割をして、窓から外が見えた。
学校が小さくなっていく。
学校の景色は朝霞の町の景色に変わる。
朝霞の町が陸の景色に変わる。
そして海と陸の景色に変わった。
二人は何も言葉を交わさずに、その光景を眺望していた。
大気圏に突入する。
コバルトブルーの海中のような空が窓外に広がっていた。
「上がれ」と念じ続ける。
紺碧の宇宙に出た。
自由の楽園には暗闇がないために、宇宙も黒くなく青い。
そのため碧宙と呼ばれていた。
水平線がセルリアンブルーに光っていた。
制服が引き裂ける音がした。
幻の姿がギッと変わった。
人間の姿から超人間の姿に変身していた。
メタルシルバーの皮膚。
ギロッとしたつぶらな一つ目。
服を着ていないけれど、臓器がないので「像」のように見ることが出来た。
顔と首は同化している。
胸には半分にした球体が二つ並んでいる。
腹には筋肉のすじがうっすら入っていた。
腹や腰から下の下半身は尻尾になっている。
太くて、キツネの尻尾のようだ。
尻尾は背中にくっついていた。
飛の身体も超人間になっていた。
幻の身体のフォルムが曲線なのに対して、飛の身体のフォルムは、直線的でがっちりとしていた。
筋肉も、日々の自転車通学や、体育の授業で必死になって鍛えてきたので、六つに割れていた。
胸筋もちゃんとついていた。
「ダビデ像のようね」
幻は僕の身体を観察するとそう言ってくれた。
「幻ちゃんはミロのヴィーナスみたいだね」
と飛が返した。
「そんなことないよ」
結果的に幻だけが否定した。
二人は操作を忘れていた。
ダビデ像とミロのヴィーナスを乗せた時空機は宇宙空間で停止していた。




