魂の争奪戦 中編
飛がエイリアンに身も心も変化してしまった今。
燦然と輝き挑発してくる、幻の魂が欲しくて、欲しくて、喰らいたくてしょうがない。
幻の魂を喰らえば、「永遠の自由」が確実に手に入る。
だって、僕は幻が人間であることを知っているから。
でも、それは永遠に悔やまれる大過となる。
幻は意中の女子高生であり、僕を愛してくれた彼女なのだ。
幻の魂を喰らい、殺してしまったら幻の愛を裏切ることになる。
人類がたとえ絶滅しても、幻を守り抜く。
そう決意したじゃないか。
でも、「永遠の自由」になりたい。
「死」や「病」「苦痛」からおさらばしたい。
飛の胸の中で、二つの思いが交錯する。
胸中の天使がささやく。
「幻ではない人の魂を喰らうことを選びなさい。そうすれば「永遠の自由」を大好きな幻と共に味わえるのですよ」
胸中の悪魔もささやく。
「さっさと魂を喰らわないと、逆に喰われるよ。「永遠の自由」が欲しいんだろ? さあ、幻の魂にかぶりつけ」
幻は、まだそばで、こちらを見つめている。
飛には見えないが、涙目だった。
幻は飛のことを信頼していた。
自分の魂を飛が喰うはずがない。
と思ったのである。
幻のそばにずっといれば、いざという時に魂を喰って「永遠の自由」が手に入る。
飛はそう思っていた。
今、喰らわずに緊急時になったら喰らうのだ。
「愛を簡単に捨てるのか」
と胸中の天使が嘆いていた。
「早く喰わないと、いつ幻がエイリアンになるか分からないぞ」
と胸中の悪魔が脅す。
飛には見えないが、幻は涙を滝のように流しながら、飛というエイリアンの前に居座った。
プルプル両脚が小刻みに震えていた。
歯を食いしばり、幻はエイリアンの恐怖を堪えている。
エイリアンは金属の皮膚で、目が卵形で巨大だ。
口元には、ギザギザとした牙が鈍く光っている。
ナイフのように鋭利な牙だ。
口が人間の耳の部分まで裂けている。
悪魔の形相だ。
蒸気が漏れるような呼吸が聞こえる。
幻は鼻水も垂らしていた。
涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
今や、美少女の面影はない。
「その場から動いてはいけない。動いたら命はない」
そう女の勘は言っていた。
声を殺していたが、とうとう耐えられなくなり幻は嗚咽した。
幻の喉にこみ上げてくる「歔欷」が少しずつ漏れ始める。
飛には歔欷が聞こえていた。
むせび泣きがはっきりと聞こえていた。
幻の歔欷は飛の心を揺れ動かしていた。
胸中の悪魔が小さくなっていった。
幻の信愛。
それを飛は今確かに受け取った。
そして、幻の魂を喰うべきではないという気持ちにさせてくれた。
そのとき、幻の目にも異変が生じていた。
幻も「エイリアン・アイ」を持つ人間に進化したのだった。
その視覚を手に入れた瞬間、飛のおぞましいエイリアンの形相は忽然と消えた。
飛が闇の肉体を持ち、光の魂をうすらぼんやりと輝かせていた。
「あれは偽りの魂の光。あの光の中に強大な闇が潜んでいる」
幻はすぐに悟った。
飛の教えたルールを覚えていたのだ。
「私はもうすぐ、飛君と同じくエイリアンになるわ。そしたら一緒に他人の魂を喰らって、「永遠の自由」に旅立ちましょ」
幻は飛に向かって言った。
「守ってあげる。幻のこと」
飛は言った。
幻には悪魔のデスボイスにしか聞こえなかったが、女の勘がすぐに悟った。
幻はうなずいた。
朝の光が差し込んできた。
長い戦慄の夜が明けた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
幻は飛にそう伝えた。
臓器が消えた飛にはもうトイレは不要物であった。
まだ幻は臓器が魂の闇に呑み込まれていなかった。
まだ人間なのだ。
飛は幻がトイレに入ったのを確認すると、トイレのドアの前に敢然と立った。
幻を守る。そう約束を交わしたのだ。
2012年、7月25日。
その日には人間の過半数がエイリアンになっていた。
人間が全員、エイリアンになれば「永遠の自由」は叶わなくなる。
世界の人口は1億人まで減少してしまった。
魂を喰われ、亡くなった者。
「永遠の自由」を手に入れ、自由の楽園に旅立った者。
いろんな人間が世界から消えていなくなっていく。
人類は破滅の時をむかえていた。
地球から人類がいなくなると、地球を管理する者がいなくなってしまう。
地球は滅亡するのだ。
「魂の争奪戦」の敗者は永遠に「地獄の死界」を歴代の死者とともにさまよい続ける。
「魂の争奪戦」の勝者は永遠に「自由の楽園」で気ままに暮らせるのだ。
永遠の死者か、永遠の生者か。
そのどちらかに分かたれるのだ。
トイレから出てきたら、幻はエイリアンになっていることを信じた。
でも、その確認が肉眼ではできないことに苛立ちを覚えた。
ピンポーン。ピンポーン。
誰かきた。
エイリアンか?
エイリアンが幻の魂を奪いにきたのか?
もしかしたらまだ人間かも。
幻の魂を喰らえないのなら、別の魂が欲しい。
飛はエイリアンの醜い姿のまま、玄関を開けた。
そこには二人の人間かエイリアンがいた。
「幻の母親です」
「幻の父親です」
二人は言った。
二人とも驚かないということは、二人ともすでに「エイリアン・アイ」だ。
幻はすでに用を足し終えていたが、ドアに鍵をかけてそのまま身を隠した。
「幻はどこ? いるなら出てきて親が迎えに来たのよ」
そう言いながら、幻の両親は飛の家にズカズカと入った。
廊下を足音を立てて歩く。
幻が息をひそめる。
「早くエイリアンになって」
幻はそう願うしかなかった。
飛は両親に言った。
「幻なら僕がエイリアンになった瞬間、走って逃げだしました」
飛は嘘をついた。
飛はちゃっかり、自分はエイリアンです。喰ったら化け物になりますよ。
とアピールもしていた。
幻の身体が重たくなってきた。
身体がこわばっていく。
「きた!」
幻は心のなかで喜んだ。
幻もエイリアンになった。
女の勘は注意をうながしてきた。
「両親は幻を喰らいにきたのかもしれない。両親は私のことを心底愛してくれていて、彼氏を作ることを反対していたのだ。きっと幻がエイリアンだろうが、人間だろうが喰うつもりだ」
幻の勘は当たっていた・・・。




