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太陽の雲が人類をアレに進化させる、そう遠くない未来。  作者: 城谷創懐(シロタニクラフト)
第五話 「人類の変転」
12/23

異変

「でもね。私、電気が消えるの期待してたかも」

幻が僕を真っすぐ見つめて明るい声で言った。

「どうして?」

「だって、飛君と一緒に住めるもん」

飛は察した。

「家に帰る交通手段がなくなったから、帰れないのか」

「うん!」

幻が嬉しそうに返事をした。

その日から、憧れの女子高生、幻ちゃんと自分の家で共同生活することになった。

時刻は午後5時40分。

幻にこの家を案内して周るか。

「幻ちゃんさ」

「何?」

「ここの家、案内するよ」

「そうだね。そうしてくれると助かるわ」

飛は「元暗室」に幻を案内してあげた。

幻は首でなめるように見回した。

「ここは作業部屋、兼、書斎」

飛がアンティーク調の本棚の前へ歩むと、幻がついてきた。

「本がいっぱい。読書しているから頭良いんだね、飛君」

「ただ読書するだけじゃなくて、考察もしているんだ」

「考察って?」

「たとえば、タイトルに込められた意味を考えたり、本の感想を自分なりにまとめたり」

飛は過去の考察が記してあるノートを幻に見せてあげた。

「字にクセがあって読めない」

「まあ、人に読ませるために書いてないからね」

次に元暗室の向かい側にある部屋を紹介した。

「ここは、寝室。敷布団で寝てる。少し余裕があるから二人で寝れると思う」

紺色のカーペットが敷かれた何もない部屋が、飛の寝室だった。

押入れに敷布団が収納されている。

たしか、余分にあったはず。

幻は「早く次行って、何もない部屋は見ていて退屈だよ」と訴えるような顔やしぐさをしていた。

飛は寝室の隣にある部屋を紹介した。

「ここはトイレだね。トイレはここしかない」

白を基調にしていて、フェイクの観葉植物がアクセントになっているトイレだ。

「トイレしていい?」

幻が早口で言った。

「どうぞ」

飛はドアを開けてあげた。

幻はトイレに入り、ドアをしめた。

幻、トイレ長いな。

かれこれ、五分は経過していた。

「大丈夫か? ずいぶん長いけど」

飛はドア越しに言った。

「水が流れないのよ」

幻はドアごしに答えた。

飛がドアを開ける。

「電気が停まっているからかな。トイレが流せないなんて不便だな」

飛は消臭スプレーを吹きかけた。

続いて、飛はリビングに入ってすぐのへこんだ空間を案内した。

「ここは、浴室。兼、洗面所」

幻は蛇口をひねって、手を洗い始めた。

水道はちゃんと使えるみたいだ。

これで「水」は今まで通り使えることが分かった。

(水道は電気が停まると、使えない市区町村がほとんどだが、古いレバー式の水道なら電気を使わないところもある。お湯は電気が停まると水になる)

「浴室はちょっと汚いけど」

飛は浴室のドアを開けてそう言った。

「これで案内は終わりかな。あと、キッチンとリビングが一緒のところにあるからね」

時刻は午後6時。

風呂の時間だ。

「いつも、この夕刻に風呂に入るんだ」

「そうなの。じゃあ一人ずつお風呂にする?」

「そうだね、僕が先に入るから、幻はリビングで好きにしてて。そんなに時間かからないから」

幻がリビングのほうに歩み、視界から消えた。

脱衣所がわりにしている洗面所とリビングを隔てるドアはない。

幻に裸を見られそうで怖い。

鳥肌が立ちながらも、服を脱いだ。

中に入って、浴槽に入る。

栓はしないで、空の浴槽で立ってシャワーを浴びたり、身体や頭を洗うことにする。

風呂はどうせ湧かないし、水風呂は風邪をひくだけだ。

シャワーが一向にお湯にならない。

電気が停まると、ガスも停まるのか。

飛は冷たいのを我慢して、水のシャワーを浴びた。

心臓が止まるんじゃないかと思うぐらい、冷たかった。

飛は入浴を早めに切り上げて、浴室から出た。

バスタオルを全身に巻きつけて、幻に言った。

「幻、水だけど我慢してね。ガスもなぜか停まっているみたいでさ」

「しょうがないから、我慢するよ」

幻にバトンタッチした。

幻が浴室に入る。

飛は元暗室から読みかけのライトノベルを取りに行きたかったが、もしバッドタイミングで幻が風呂から出てしまったら、変態になってしまうので、あきらめた。

浴室から短い悲鳴がときどき聞こえてくる。

水のあまりの冷たさに絶叫しているのだろう。

「夜ごはん。どうしようかな」

飛はキッチンで食べられそうな物を探した。

電気がなくて、ガスもない。

冷蔵庫は保冷機能が停まっていて、中の物が腐ってそうで怖い。

溶けたアイスを飲むか。ストローで吸うか。

まずくはないと思う。

よし、決定。デザートは決まった。

飛はキッチンの奥のほうに入りたかったが、そこからだと風呂場が見えてしまう。じれったい。

異性がいると色々、面倒くさいことに飛は初めて知った。

暗くなってきた。

だいぶ暗い。太陽が沈みかけている。

買いにいってもいいが、電気が消えているのに店はやっているのだろうか。

24時間営業のコンビニだって、恐らくやっていないだろう。

お菓子もあるな。

デザートしか食べるものがないのか。

いや、ポテトチップスはおかずだ。

ポテトチップスを主食のかわりにでもするか。

飛はリビングのいすを食卓がわりにして、幻の分と、自分の分の夜ごはんを置いた。

ちょうど、幻が出てきた。

ドアが音を立てるので見なくても出てきたことが分かった。

幻が夜ごはんを食べにきた。

幻は来訪時と同じ格好をしていた。

すっかり日が落ち、夜になっていた。

真っ暗だった。

二人はいすに座った。

視界を閉ざす闇で気が滅入る。

静かだ。

ポテトチップスのバリバリした乾いた音が響いた。

幻は夜ごはんに文句を言わなかった。

顔を見合わせるが、黒子にしか見えない。

目も、鼻も、口も見えない。

黒く塗りつぶされている。

「何も見えないね」

飛は闇に言葉を放った。

「そうね」

黒子から言葉が返ってきた。

本当に幻のシルエットなのか、疑ってしまう。

いつしか幻を見失いそうな気がした。

それほど暗い。

見えない恐怖が精神をむしんばんでくる。

「ふぇっ!」

飛が奇声を発した。

幻が僕に飛びついてきた。

「おどかさないでよ!」

幻が言った。

「だって、突然、見えたんだもん」

飛はくちびるを震わせていた。声も震えていた。

「幽霊?」

「ちがう。闇に白い「背景」が浮かび上がったんだよ。なんというか。白黒に見えるんだよ!」

「わたしには、暗闇しか見えないけど」

飛の目に異変が起きていた。

闇には明度段階があり、薄い灰色から純黒までの色が見えていた。

そして月光を浴びているところだけが、白く塗りつぶされていた。


飛は暗闇に順応するために、目を進化させたのだった。


一般の人間の目は光を見るためのものだが、飛の目は闇を見るためのものに変わってしまったのである。

つまり、色を見ることが出来なくなってしまった。

退化かもしれない。

でも、飛の目は、色彩にかたられた世界ではなく「本来の世界を目視できる」のだ。

本来の世界は光と闇で構成されている。

白黒の世界だ。

人類の更なる進化の前触れなのだろうか。

飛には幻の本来の姿がありありと見えていた。

心臓だけが透けて見える。

そして光っている。

その魂の光に照らされて、幻の肌が発光していた。

服の部分はいろんな無彩色に見えた。

幻の顔は全く見えなかった。

幻の心の灯りにはぬくもりが感じられた。

その温もりは飛を安心させてくれた。

人間の肉体は「闇」でできていて、魂だけが「光」でできていたのだ。






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