9.世界制覇前夜
暗くて不気味な森を抜けると……、
そこは朝霧のかかった緑の草原。
魔狼の群は走る。
「アニキ! 悔しかったら追いついてみやがれってんだ! ハハハハハ!」
「待ちやがれワンワン! 今日という今日はとっちめてやる!」
俺の横にはギャンギャンが、後ろを走るのはキャンキャンとアンアン。そして大勢の仲間達。
わたし達はずっとこうやって走っていた。
「よーし追いついたぞ――」
そこで目が覚めた。
目から涙が流れていた。
「なんか、変な夢を見ていたぞ」
私はベッドから上半身を腹筋だけで垂直に起こした。
昨日、ゼウスーラの巫女に、「寝床へ帰れ!」って言われて、ベッドを作ってなかった事に気がついたのだ。
そういえば、寝なくなってどれほど経っているだろう。
寝なくていい体なのだが、それでも寝られる機会があれば、寝た方が生物的に良いだろう。
ノーマンズ大迷宮じゃないし、ここなら睡眠をとっても安全だ。ってことで、久しぶりに寝てみる事にした。
睡眠に伴う夢は、脳の記憶している場所の整理っていうからな。夢を見る事は悪くない。
脳の使用領域を増やしたり、記憶を整理したりインデックス付けしたり出来るのなら、寝られる時に寝るべきだ。
しかし、嫌な夢を見た。
久しぶりに寝るとこれだよ。
あ、あと食べ足り飲んだりする必要も無くなったけど、食べたり飲んだりできますよ。
酒酔い(状態異常)の可能性はなくなっちまったけど。
もうすぐ日が沈む。秋の日は落ちるのが速い。……一時間くらいだな、寝たのは。
日が落ちると、魔族六部衆を交えた閣僚会議が始まるんだっけ。
気分転換の意味もある。顔を洗って口を濯ぎたい。
王なんだから、これくらい習慣づけて良いだろう。清潔感溢れる王。これだ!
「誰かいるか?」
「はいですよー!」
とととと、という足音と共にアルケニーの一匹が、入り口に現れた。
ビンネブルグではない。よく似た顔(うり二つ)だが、下半身の蜘蛛がピンク色。
後ろの脚4本をスライドさせながら部屋に飛び込んできた。慣性ドリフトである。
……なにかな? アルケニーはドリフト走行するのが種的慣習なのか?
「洗面器とコップを持ってこい」
「はいですよー」
二つ返事で踵を返した。
「水を張ってくるんだぞ!」
「ぬかりないですよー!」
上半身、メイド服のアルケニーは、勢いよく走り去った。
奥の方から、盛大にひっくり返す音と硝子が割れる音がした。硝子なんて作ったっけかな?
まあいいいか。
空いた時間で確認作業だ。
昨日放ったゴースト3匹は、予定高度に達している。
映像の受信は良好だ。
連中が見ているのは、高高度からのこの世界。
世界地図を手に入れたのだ。
このゴースト。私に敗れた知的生命体の残留思念を利用した、いわゆる私の子機だ。
ゴーストとしての使い道は、敵情偵察、監視、諸々使い勝手がよい。
ただし、それなりの知的活動を経験した個体か種族でないと、私の命令を理解できない、ただの悪霊になってしまう。
かと言って、古竜のような高すぎる知能もだめだ。スペックが高いと自己認識力が付いてしまって、コントロールできない。それ以前に自分が置かれた現状(死んで幽霊となった)を認識できず、嘆き悲しむだろう。
その状態を見るのは忍びがたい。
また、使用時間が長すぎると、自然にコントロールを離れ成仏してしまう。
そこの塩梅が難しい。
今回使ったゴーストは、ずいぶん前から使役している。そろそろ成仏させてやらねばならない。
よって時間が許す限りの観察を続け、自然成仏させてやろうと思う。
今まで有り難う。
これで手持ちのゴーストが無くなるが――、
なに、一昨日、人間を大量虐殺した際にめぼしいのを幾つかゴーストとして捉えている。
ストックに余裕が出来たんだ。
こいつらは全て上級騎士だ。彼らクラスだと、自分が何してるのか判断できないまま、私に使役される。ちょうど良い塩梅の知的生命体なのだ。
さて、会議室へ急ごう。
会議室では、魔族六部衆は既に着席していた。
私が入ると、みな音を立てて立ち上がる。
私が上座に座ると、皆も座る。
なんか、王様っぽくていいじゃん。
「さて、会議を始めるまえに、これを見てくれ」
私がテーブルに広げたのはA4で4枚分ほどの紙だ。
皆が覗き込む。
紙には、この大陸の地図を描き込んでおいた。ゴースト経由で知り得た地形だ。
大陸は縦に縮んだアフリカ大陸に似た外観をしている。アフリカ大陸よりずいぶん小さいが。
「この大陸のだいたいの地図だ。わがシュタイン城はここ」
アフリカで表現すると中部アフリカ。有名所だと、コンゴ民主共和国のケニア寄りの一地点である。
「おおーっ!」
なんだろうね? 六部衆から簡単の言葉が漏れている?
「長い間、迷宮にいたから、外の事はよく知らない。言わば、地理は私の弱点でもある。そこを補完しておきたいのだ。シュタイン魔王国の国境並びに、周辺国の名称と国境を描き込んでくれ」
「さすがです、我が王よ。では僭越ながら、私めベレシェが書き入れましょう」
ペンを手にしたベレシェが、コリコリと不定型な線と文字を書き入れていく。
出来上がったそれは、5つの地域に分かれていた。
冬に凍りそうなのは北の海。赤道は大陸のずっと下を通っているから、最南部でも亜熱帯だな。
解りやすく、地球のアフリカで表現すると、上から順に――
北アフリカに相当する場所は、ガイアベルト王国。大陸の頭と北の海岸線を押さえている。私の国とは北東で国境を接している。
西アフリカに相当する地域は、ホーエン王国。大陸北西部と西の海を押さえている。私の国とは西で国境を接している。
東アフリカに相当する地域は、かのドラフェン王国。大陸東部と東の海を押さえている。ノーマンズ大迷宮を挟み、私の国とは東で国境を接している。
最後、南部アフリカに相当する地域は、コーブロック王国。大陸南と南の海を押さえている。私の国とは南で国境を接している。
「ふむ」
完成された地図を手にとって眺めてみる。
アルケニーのメイドが、飲み物を配っている。
静かな時間が流れ去る。
「ここで面白い事に気がついた」
「何で御座いましょう、我が王よ」
ベレシェの合いの手が入る。
「5つの国の内、私の国が一番小さいな!」
「ご明察です」
「他国の、だいたい三分の一から四分の一だな」
「50年前は、他国に比肩する大きさでした」
「あと、海がないのは家だけか?」
「20年前は西の海を持っておりました」
「もう一つ、教えてもらいたいことがある。なんで、ドラフェンとの国境から1日の距離に王都があるんだ?」
「元もと、ライエンの王都と国境はもっと離れていました。戦争の度、国境線が引き直され、その結果です」
「余はそのような話、聞きとうない。ということか……」
……。
まとめると――
私が制圧した旧ライエン王国、現シュタイン王国は、海を持たない内陸の国で、一番小さく、四方を他国に囲まれている、と?
「あと5年保つかどうかの国だったわけだな」
「左様で」
「制圧したが、むしろ、後腐れが無くてよかったか」
「そう考えている人間も多いようです」
……。
「国内だが、直轄領になってない領土の管理はどうなっている?」
「はっ! 我が王が前政権を打倒し、新政権を樹立したと、配下の者共を使い、伝達致しましたところ!」
「どうした?」
「離反が多く、現時点の我らが国土は、一回りほど小さくなっているような、なっていないような……」
「要は、魔族なんつーわけ解らんモンになんぞ従えるか! だな?」
私は腕を組んで思考に耽った。
次いで片手に顎をのせて、黙り込んだ。
この辺りで会議室の空気が重い物となったため、気分を変えるべく、背もたれに体を預け、天井を仰いだ。
一向に空気が軽くなる気配がしないので、背筋を伸ばして、前を向いた。
何事も前向きな姿勢が大事である。
六部衆を見渡して、口を開く。
「ま、いいか」
人、それを棚上げという。