6.恐怖政治
今夜は長い。
だが限りはある。
気分転換にテラスへ出て城下を眺める。
政権が魔物に移動したことを国民は……、前期中世ヨーロッパ並の知識力で認識出来たであろうか?
私の目は昼でも夜でも普通に見える。
大勢の魔族が、城門をくぐり入城している。
現在シュタイン城は、夜しか動けない魔族を優先的に受け入れているのである。
……地下城を作らなければならんな、こりゃ。
……ダンジョン化しなければ良いが。
要らぬ事で悩んでいた私をベレシェが現実世界へ引き戻した。
「我らが王よ、人間共を捕獲いたしました」
ベレシェが呼びつけた部下のバンパイア数名。そしてミラベルがこっそり連れてきたサキュバス数名。
それらが、城に残っていた人間全てを探し出した。全滅だと思っていたのだが、結構人間ってしぶといのね。
報告によると、メイドだとか執事に相当する男女が15人。
城勤めの貴族が5人。
地下牢に閉じ込められていた囚人が5名。
そして、王妃と王女が生き残っていた。
「王とか王子とかは?」
「王は行軍しておりましたから、おそらく死亡しているでしょう。王子は城の崩壊に伴って転落死。死体は確認いたしました。王妃、並びに王女は、城の破壊が及ばぬ奥の間にて寝起きしていた故、助かった次第。……殺しますか?」
俺の問いに、すらすらと答えるベレシュ。思った以上に能力が高い。
「一般の15人は城の維持にこき使おう」
使える者は人間でも使う。使えない者は魔族でも殺す。それがシュタイン魔王国のデフォ。
ちょい長いからと、適当な理由をつけ、ノイ・シュヴァイン・シュタイン(新しいブタの石)から、ノイ・シュヴァインの部分を割愛して、シュタイン魔王国、シュタイン城と通称を決めた。
正式名称はノイ・シュヴァイン・シュタインだけど、いずれ全身全霊を持って闇に屠るつもりである。
まず、地下牢の住民だ。
「日の光に絶対的な弱点を持つ魔族に地下施設を使わせたいから、地下牢とその住人は邪魔だな。よし、放り出せ!」
「ご命令のままに」
次は、旧ライエン王国の残党の処分だな。
「生き残った貴族共を引き出せ」
ここは謁見の間。バカでかいベランダ付きの開放型ホールだ。
私を含め、空を飛ぶ者が多いので、塀だの塔だのあまり意味を持たない。むしろ、ウエルカム形態で改築する方が使い勝手がよいのだ。
そんなこんなで、お綺麗なお洋服を着込んだ御貴族様が、私の前に引きずり出されてきた。
すげー機嫌の悪そうな王女様。私を親の敵みたいに睨んでいる。……実際、親の敵だけどね。
それと目付きの悪い武官。これは王妃王女にお付きの騎士だろう。むっちゃ睨んでる。
男子御貴族様は皆、ハゲ散らかしたデブちょい中年か、胃下垂で痩せすぎた中年か、ま、だいたいそのどちらかのモブであった。
デブーな貴族が、私の前に転がるように飛び出してきた。
「おおお、魔王さま、私は使えますぞ! 出入りの商人とか手足のように使って――」
パタリと倒れた。
アルケニーのビンネブルクが、たたたと近寄り、手の脈を取る。
残念そうな顔をして、首を横に振る。
ま、そうだろう。
私が殺した。
息を吸うように、朝食で食パンをトーストするように、トーストした食パンに黄な粉マーガリンを塗るように殺した。
だいたい、この手の貴族は商人と癒着している。
癒着してるよね?
それ以前に――、
「私も魔族も、商人および商業活動と違う次元に生きている。だいたいからして、買い物をした事がない。食事は敵を殺してとっていたからな。だから商業との接点はいらない。次!」
残り四人は怯えていた。
自ら架した呪縛に捕らわれている。
「諸君らは、自己紹介も出来ない愚か者かね?」
彼らの後ろで、ベレシェが夜の闇より冷たい鬼気を放出している。
これ以上浴びると正体不明の病気になる手前で、呪縛を引き千切る者が現れた。
「私は宰相を勤め上げた男です」
「間に合ってます」
パタ!
「私は外務大臣です」
「綺麗なお姉さんがその職に就いたばかりだ」
パタ!
「私は法務大臣――」
「ライエン王国の法は1時間前に停止された」
パタン!
「図書館長――」
「特にいう事はないな」
パタン!
「いやちょっと待てみんな、私をそんな目で見るな。図書館長は殺してないぞ?」
「心臓発作による自然死です」
診断を終えたビンネブルグからの報告だ。
自然死なら仕方ないな。てか、ビンネブルグさん、医者の真似事が出来るのか、器用だな。
「図書館長の死体は遺族の元へ届けろ、丁寧にな。他の3人は城外広場へ3昼夜晒せ!」
残ったのは目の前の惨劇に打ち震える姫様と王妃様。そしてそれをかばうように前に立つ女騎士。
こいつら利用価値があるかないか? 二択問題だな。
王女様は清楚な感じ。蜂蜜色の明るい金髪と縦ロールがお似合い。胸は大きい。
王妃さまは美魔女タイプ? 王様は毎夜のお勤めにさぞ精を出した事だろう。
女騎士はアラサーだな。
「くっ! 殺せ!」
……。
え?
女騎士?
クッコロ騎士?
ちょ! 何? このワクワク感?
「ほほーう? その方、姫と后を助けたいか?」
この質疑応答は由緒正しい物理法則である。物理の方程式だから、違う式を当てはめる事は出来ない!
「わ、私を殺せ! どのような辱めにあっても文句は言わぬ! その代わり、アマンダ王妃とブリュンヒルデ王女は助けて欲しい!」
きたーっ! 挑戦的なセリフ! 略して、来た挑戦!
俺は、……違った! 私は表情に乏しい顔を無理矢理歪めた。片方の唇を剥いて、犬歯を見せる。これだけでHPを2,500消耗した。笑ったように見えるかな?
「そうだな、その方が我が配下になれば、王女と王妃の命だけは保証しよう」
もうね、こう来れば、こう答える物理方程式しかない。これは物理学上の方程式なんだ!
「くっ! し、仕方あるまい! 甘んじて魔物の配下に身を投じよう」
よしよし! よーしよしよし!
「おやめなさいエリザーベト! わたし達はそなたの魂まで汚すつもりはありません」
姫様が止めに入った。よしよし!
「姫様、滅びてしまったライエン王国最後の忠臣として、わたくしめに最後のご奉公を。王国最後の栄光を与えて下さい!」
よし、次の段階だ!
「なかなかの忠義、感心したぞ! さらに、今回、セットで貴様が我が命令の絶対服従者契約をすれば、二人の行動の自由は城内に制限されるが、客対応してやろう。食事入浴日光浴運動医療品宗教の自由、どうだ?」
セット販売である。
もう2,500ポイントを消費し、一層邪悪に笑った。
「悪魔の契約だと? 邪道の魔法を使うか! どこまでも卑劣なヤツ。し、しかし、姫様方の生活を考えれば……くっ! その話、受けてくれよう!」
悪魔の契約とは言ってないぞ!
あれか? 紋章が体に浮き出て、命令を拒否ると、エロっぽく苦しむアレか?
私はそんな魔法知らんぞ!
どうしたら良いのか全く解らん!
……あれ? この匂い?
「いいだろう! 卑劣な魔王よ! ここに契約を執り行わん!」
女騎士のおまたから、女性ホルモンの匂いが……。
「だが憶えておけ! ブリュンヒルデ姫様並びにアマンダ王妃様に捧げた心まで奪う事はできん!」
……立派だ。ある意味、立派な女騎士だ。
その心意気に報いてやらねばなるまいて!
「騎士エリザーベトよ、近くに来い」
私は指をフリフリした。どこからともなく蝙蝠が現れた、それを手で掴み握りつぶす。
どこからか蛇がやってきた。それもまた握りつぶす。
そして、デタラメな呪文を長々唱え、エリザーベトの左胸に指先をくっつける。
自分でも邪悪っぽく思える、紫とか黒とかブラッドレッドのカクテル光線を放ちながら、術は終了した。
未開のこいつらにとって、心が存在すると迷信されている心臓を象徴する左胸に、自分でも訳の分からん文様を入れ墨した。
「フフフ、心などどうでもよい。だが体が逆らうと、お前はナメクジとヒキガエルとカブトエビに分裂して輪廻から外される。神の元へも地獄へも行く事が出来ぬ。フフフ、恐れよ! そして我が前に屈服せよ!」
「くっ! 何と恐ろしい呪い! たとえこの身が屈しようと、わたしの心は屈せぬ!」
とか言いながら、女騎士エリザーベトは臣従の礼をとる。
「くくく、貴様は我が直属として、人間相手に辣腕を振るってもらおうか。側に控えよ! 王妃と王女は連れて行け! 優しく丁寧にな。ククククク!」
こんなテンプレートで良いでしょうか?
私は魔王として、いや漢として、私は正しい行動を取れていたでしょうか?
「さすが我らが王。吸血鬼と呼ばれたバンパイア一族ですら震え上がる、未知の契約魔法。魔族らしい非道な行い。恐ろしいお方だ」
ベレシェの顔色が真っ青だ。元々血の気の悪い方だから、マゼラン星雲の某宇宙人みたいになっている。
なにげに、ひょいとミラベルに視線を向けると、こちらも慌てて視線を外した。
恐れられているけど、いいんだもん!
次話「宗教弾圧」
おたのしみに!