3.不死の王・バンパイア
『我らが王よ!』
すぐ側で声が聞こえた。声と言うより思念波だ。
感知レベルを下げていたので、接近されるまで気がつかなかったようだ。
いつも通りの感知レベルだと都合が悪い。多すぎる人間を感知してしまって、なにかとうっとうしいからだ。
声の主は、自身の攻撃射程圏外の空中に浮かんでいた。
礼節か? それなりの智恵は持っている模様。
ホバリングしている未確認生命体の正体は……いままで一度も出会ったことのない魔物。
それは人間型。
シルク製タキシードを着こなした20代半ばの男性。
オールバックに細い顎。青白い顔色。怯えが入っているが、赤く鋭い目。
口の端から覗く細くて長い犬歯。
そして背中から生えた、青黒い蝙蝠の翼。
ふむ、私の経験(前世の)から推測して……バンパイアだな。
なんか、こう、面倒事を持ってきてると勘が囁いている。
なにやつ? とばかりに、片目だけ開けて睨んだ。
体を小さく緊張させたバンパイアだが、すぐに姿勢を正した。
まずは、私に話しかけられる資格を与えよう。
……もうちょっとばかり怯えが酷かったり、立ち直りが遅れていたら、問答無用で命を刈り取っていた。
『私めに名乗る機会をお与え下さい』
ずいぶん丁寧だな。可も非もなく、無言で睨んでおくだけにした。
『私めの名はベレシュ。ベレシュ=ツェペシュ。バンパイア一族の代表でございます』
それで?
無言。頭に言葉を浮かべるだけ。
『バンパイア一党のみならず、魔族の代表として、偉大なる我らが王の前に参上つかまつりました』
私に促されたと確信し、話を続けた。
いいよ。いい。空気をちゃんと読める。
褒美を進ぜよう。
思念波をベレシェへ飛ばす。
『死ぬ覚悟はできているのだろうな?』
『もちろんです!』
即答だった。私が知的生物であることを認識している。
質問を替える。
『私は、いつからお主の王となった?』
ベレシェは体半分下降し、胸に手を当て頭を垂れる。片足は半歩後ろへ引かれている。
『我ら、滅び行く魔族に進むべき道をお示し下さい!』
迷宮内は別として、地上でバンパイアが弱いとは思えないが?
『死にたくなければ起承転結をもって完結に説明せよ』
『1,人間達は長い年月を掛け、魔族の処し方を習得し、反撃に出ました。
2,追い込まれた魔族は種を維持するのが難しいほど減ってしまいました。
3,魔族間に連絡、相談、報告の要素が有れば、反撃可能です。
4,自己主張の激しい魔族をまとめ上げる圧倒的な存在が必要だと結論づけました』
……ああ、そうか。こいつら私に保護してほしがってるんだ。
両の目でベレシェを見下す。
赤い瞳は私を見上げていた。
「ぐっ!」
0秒動作でベレシェのこめかみに触手を突き刺した。触手は私の指先に繋がっている。
「く、く!」
魔物の貴族たるバンパイアの矜持なのだろう。苦痛の表情を浮かべない。
脳内を掻き回しているのに、だ。
そして、触手を引き抜き口を開けた。
「各一族の代表共をつれて来い。全員だぞ!」
私が探っていたのはこいつらが操る言語だ。
ベレシェは、魔族の共通言語以外に、人間の言語を幾つか、エルフ語とドワーフ語をマスターしていた。
私はそれを吸い上げたのだ。
これで言葉の問題はクリアできた。
「あ、有り難き幸せ!」
頭を上品に垂れ、すっと姿を消した。
それを私は目で追った。これはテレポートじゃない。超高速移動術を使ったのだ。
私の群はワンワンたち魔狼だけだ。
みんなで走った草原や森はもう無い……。
いまさら群れるのもなぁ……。
いっそ、やりたい放題、悪の限りを尽くしてみるかか?
あるいは、地味な内政に精を出すか?
そうすりゃ、嫌になってどっかへ行くだろう。
誇り高いであろうバンパイアが傅いたのだ。しばらくは賑やかに暮らせるさ。
じゃあ……拠点をどこにするかな? と、自分が王になった感覚で物を考えていた。
いまから未開地を開拓するのもめんどくさいしと、ふと視線を向ければ、有るじゃない!
半分になったライエン城が!
ここを拠点にしよう。
ライエン城だった破片の主立った物にマーキング。念動の能力で浮遊させる。使いものにならない塵芥は風で吹き飛ばす。
細かい作業をこなしながら、演算処理専用の脳に設計図を書かせる。デザインベースはシソデレラ城の元になった、あの白いお城。
上下水道完備。冷暖房システム採用。エレベーターとクレーンに物資搬入路。対空と対地攻撃システム等々。500年(当社比)は先の技術である。
物質再編と創造の能力を使って、城を組み立てていく。破片は再利用。足りない部分は近くの地下資源を拝借っと!
うーむ、どうでしょう? 八分の出来ってところでしょうか?
おや、複数の気配が近づいてくる。緊張しているが敵意はない。
もう集めてきたのか? 連中も必死だな。
ベルシェが城を見て驚いていた。
そうだろう、そうだろう! 驚くがよい!
「素晴らしいお力です!」
ベルシェが興奮気味だ。血色の良い吸血鬼は初めてだな。
彼の後ろに5人ばかりの魔族が控えている。中にはどう考えても空を飛べない種族もいるが、誰かが補助しているのだろう。
バラバラだと絵にならないから、これは彼らの見得だな。
見ていて辛そうなので、広いテラスを顎で示してやる。
意を理解して、ゆっくりと着地する。
バンパイアのベルシェ。サキュバスのお姉ぇ様。中年の人狼。アルケニーの少女。年老いたガーゴイル。ムキムキのリザードマン。
1人、頭のおかしなのがいる。
凶悪な十字架に掛けられて縛り付けられているガーゴイルの老人。微妙な剣を握った右手が、念入りにがんじがらめだ。
あれか、厨二病か? 魔剣憑きか?
「議長が魔剣の呪いに捕らわれておりまして……」
ベルシェの歯切れが悪い。
「魔族をまとめる実績を持つ者でして……。呪いはこの者の尽力の結果で……」
大変歯切れが悪い。自己犠牲の英雄か?
「ワシが目障りと仰せなら、この命、踏みにじってくだされ」
年齢だけでは測れない嗄れた声。衰弱が激しい模様。
「こうやって封印を施さねば、手にした魔剣がワシを操り、魔族だけを殺していくのです。防御力ゼロ、5レベルダウン、時間停止のスキル持ち。全て魔族限定で、自動発動で絶対効果なのです」
魔族の天敵とも言うべき魔剣だな。デモンスレイヤーか? うわ、我ながら安直!
「その名もデモンスレイヤー」
正解かよ!
「この魔剣はこの者の肉体のみならず、魂とまで融合しております。我らでは解除不可能なのです、お目汚しですが、平にご容赦を!」
また優雅に頭を下げるベルシェ。
解除不可能だって? そうは思えんが?
「それほど解除したくば殺せばよかろう? どれ!」
私は人差し指を軽く出した。
「ギャーッ!」
ガーゴイル老が悲鳴を上げた。
右腕ごと魔剣を分解してやったのだから、そりゃ痛いよね。
魔剣は魔力回路もろとも分解。老人の魂と繋がっていた部分は、右腕という肉体にまとめて、丸ごと分解洗浄。
右腕があった空間が震え、腕が再生される。
「あれ? え? 腕が! 魔剣が! 呪いが!」
大いに狼狽えるご老人。
「その方の右腕は、霊的にも完全消失させた。よって再生は不可能。なに、そなたの左手を反転コピーして、接合部だけ微調整しただけだ。右手のように扱えぬだろうが、無いよりマシだろう」
存在しなくなった右腕の代わりに、左腕を改造増殖して移植した。右腕じゃないから呪いは継続しない。そういうことだ。
「すごい! 素晴らしい! これぞ魔法の極地、いや、神の御技!」
魔族の実力者6人が6人とも、ダイビング土下座。中でもアラクネーの土下座が見事!
よしよし、もっと褒めて褒めて!
おっと、気を引き締めなければならぬ案件を失念していた。
「その方共、下がっておれ」
私は、180度ターンして、斜め上の空間へ視線を合わす。
光速移動する物体。
「ずいぶん暴れてくれたじゃないか? 若造が」
零距離停止した大型竜が、空中で牙を剥いた。
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