2.大災害
普通驚くだろう。
私だって驚く。
私は私の外観を客観的に見る事が出来る。擬似的視覚を搭載した分体を飛ばしたり、ゴーストとかなんちゃらかんちゃら。
今も別カメラから見ているのだが……、
全長60メートルちょい。狼をベースとした頭部。口は乱杭歯がはみ出していて凶悪獣感が素晴らしい。
全身はマットブラックの体毛で覆われている。光を反射しないので、凹凸がわかりにくい。視覚に頼るタイプの敵は距離感が掴めず、苦労する事だろう。
両の肩からサイの角みたいなのが上へ延び、肘からも角が飛び出している。
基本、上半身は人間のフォルム。腕は人間タイプ。爪の凶悪さがハンパない。
下半身はイヌ科動物が直立したフォルム。ただし短くはない(ここ強調)!
バランスは取れている。ただし、巨体を支えるため、ずいぶんと筋肉質である。
尻からは太くて長い尻尾が生えてる。地面を引きずるほど長い。恐竜っぽくて格好いい尻尾だ。
背中には鳥タイプの翼が一対。好みによって蝙蝠タイプにチェンジする事が出来る。
ぶっちゃけ怪獣。
オブラートに包んだら超獣。
僅かに顎を引き、足元に群がる人間の軍隊を見下げる。
万単位の軍団だな。えーと、武装している人間だけで1万3千5百33人か。
半数は黄色っぽい装備。残り半数の赤い装備の群れと向き合っている。
あれだな。
ライエン軍と、どっかの軍がノーマンズ大迷宮を堺にして睨み合ってたな。
戦争? 前線? KY?
てな事を考えながら、全員に攻撃の的としてマーキングを施していく。
皆、私を見て怯えている。逃げる事も戦う事もせず、ただじっと私を見上げている。
いや、たった1人。私に立ち向かう男がいた。
青い軽装鎧に青いマント。
すらりと腰の大刀を引き抜いた。
「我が名はクイント! 勇者クイント!」
勇者の背後には女戦士、女僧侶、女魔法使い、女賢者が控えていた。
「この世の平和を乱す――」
ぱたん。
おお、しんでしまうとはなさけない。
生命力枯渇、アストラル消滅のダブルコンボ鬼スキル発動。復活はできないぜべいべー!
1万3千5百32人が一斉に片足を引いた。
そしてなじみ深い恐怖の感情。
……負の感情が私の体に流れ入ってきた。一人一人の感情は少ないがこれほど集まれば1つ単位のエネルギーとして認識できる。
私は、この波動をエネルギーとして取り込む術を持っている。
たぶん、連中は感覚が麻痺しかかっているだろう。その様な幸福は与えない!
私の影が広がる。1万幾ばくかの軍団全てを覆う。
パタリと人が倒れる。糸が切れた操り人形のように。
パタパタと続けて倒れ、終いには波のように倒れていく。
全員死亡である。
魔法使いも50人いたが、対処出来なかったようだ。
アストラルサイドからの攻撃に、人類は有効な防御手段を持ち合わせていない。
この程度で死んでいたら、ノーマンズ大迷宮の下層へ辿り着く前に千回は死んでいるぞ。
人間、弱いじゃん。
蟻ンコよりも弱い。
こいつらにうっかり邪眼でも使ったら、種として絶滅しそうだ。
「ふう」
溜息が出た。呼吸の必要は無いのだが、精神的な部分から溜息が出た。
なんてこったい!
人間に、特にライエン王国の騎士達に復讐を誓って生還してみれば、弱すぎて相手にならん。
私が死体になっても(なりようが無いが)勝てる自信があるぞ!
急に気持ちがしぼんだ。
この顔だから、怒りの感情以外顔には出ないのだが、もし表情が出ていたら、魂の抜け殻みたいな顔をしているだろう。
ワンワン、ギャンギャン、キャンキャン、アンアン、そして無念に散っていった魔狼達よ。
私はお前達の仇を討てそうにない。
強くなりすぎて、それどころの話ではなくなってしまったぞ!
それにどうだこの景色?
魔狼の群が跋扈していた深い森は、荒れ地に姿を変えていた。
もう、あの頃には戻れない。
虚無感が私の中より湧き出てきた。
いけない! 気をしっかり持とう! 虚数空間を生み出してしまう。あの災厄再現はお断りだ。
心理的敵討ちは諦めるとして、ケジメだけはつけさせてもらう!
私は高速で移動した。ライエン城に向けて直線移動!
超常的な能力を使わない。足による移動だ。
森の木々を踏み倒し、岩を蹴飛ばし、真っ直ぐ城へ向かう。
城へ続く街道に大軍発見。
片っ端から命を奪っていく。当事者にとって、いつ死んだのか認識できなかっただろう。
馬に乗ったのとか歩いているのとか荷駄を引いているのとか、主力っぽいのをざっと4万人は殺した頃、王城が見えてきた。
場外の開けた土地に、1万2千とんで15人が方形陣を敷いていた。後詰めとして出撃準備中だったんだろうな。
まさか、巨大な魔物が走ってくるとは思わなかったのだろう。
出迎えご苦労。全員、マーキング。そして死ね!
バタバタと倒れる人間共。
私の狙いは人間なんかじゃない。
権力と王国の象徴、ライエン城そのものだ!
全速力で走って、勢いつけて、城壁を蹴破った。飛び越えられるけど、ここは勢いだ!
速度を殺す事なく、飛び上がって――
――ジャンピング・ハンマー・パーンチ!
身長60メートルの怪獣が、精々40メートル級の城の塔を勢いつけて殴り壊す。
派手に弾け散る、城の一部だった石とか漆喰とかその他なんか!
「ハァーッ!」
居住空間ぽい部分を含む、城の半分を念動で吹き飛ばした。
……いや、特に気合いとかかけ声とか必要ないんだけど、見学者である人間の心をへし折る為の勢いづけだ。
ほ~ら、心臓や気の弱い連中が何人か死んだし。
ライエン城はライエン王国の首都であるから、城塞都市でもある。
市井の人々が、恐怖という負の波動をダダ漏れさせながら、半壊した城を見上げている。
隣で憤怒の表情で立つ、私も視界に入れて。
そして吠える!
私は天へ向かって吠えた。遠吠えだ。
勝利の遠吠えではない。仲間を集める時の遠吠えだ。
聞こえているかお前達!
私は生きているぞ!
空気を振るわせ、城の壁にヒビを走らせ、厚い雲に穴を穿ち、長い長い咆吼は宇宙へと消えていった。
意識せず、背中の翼が広がる。
何度も何度も、私は吠えた……。
日が暮れた頃、ようやく気が晴れた。
崩れた城の縁で。
目を閉じ腕を組んで佇んでいる。
あの日から、ずっと戦ってきたんだ。
そろそろ休んでも良かろう。
『王よ』
声がすぐ側で聞こえた。