1.復讐鬼
「アニキーッ! 逃げてくれー! 最終奥義ッ自爆!」
俺をアニキと慕うワンワンが、幾人かの騎士を道連れに自爆した。
「ワンワン! ワンワンよぉーッ!」
可愛いヤツだったんだ! こいつ、可愛いヤツだったんだよ!
俺は、いや、私達は魔狼の一族。
見かけは巨大な狼。ノーマンズ大迷宮入り口付近最強を誇る一族だ。
で、私を族長とする魔狼の群れが、人間の騎士共に制圧されようとしている。
私は、どこにでも居る異世界転生をした元人間の魔狼。
ちょっとした経緯があって、神というか、闘神みたいなのにこの世界へ転生送還されたんだ。
もらったスキルは「合体」。
諸条件をクリアすれば、どんな生物も俺の体に取り込み、その能力を全て得る事が出来る。
で、なぜか人間ではなく、魔狼の子供に転生した俺は、機転を利かせて群れのボスと「合体」、その全てを奪った。
ちょっとした男気と、ちょっとした気遣いをしただけで、群の全員が俺に懐いた。どうやら、前ボスは悪政を強いていたらしい。みなキラキラした目で俺を見ていた。
その時から「俺」は一人称を「私」に変えた。
大した理由じゃない。元ネタがあったわけじゃない。でも、「俺」じゃ群を率いる責任感が軽くなる気がした。「私」じゃないと、みんなを率いる地位にふさわしくないと思ったからにすぎない。
私はがんばった。人間だった頃の知恵を使い、群のみんなを大事に率いた。
みんなが私の家族となった。みんな大切な家族なんだ。
それを、人間共は!
「ボス! もはやノーマンズの大迷宮へ逃げ込むしかありません! 残ったみんなをまとめて、後退して下さい! ここは自分が防ぎます。なに、戦いは苦手ですけど、騎士の10人や20人は道連れにしてみせますよ!」
銀色の毛並みが自慢のギャンギャンが、背中で俺を押す。
軍師タイプの知能派狼。頼りになる俺の相談相手だ。
ノーマンズ大迷宮。名の通り、人が生きる事の叶わぬ、世界最大最深度の迷宮。もちろんクリアした者などいない、最大難度・攻略絶対不可能の迷宮。
情報を総合すると北アメリカ大陸ほどの投影面積をもっているはず。それが縦に立体化しているのだ。最下層が何階か、どのような化け物が生息しているのかは全く不明。
余計な事を考えていたのだろう。私はギャンギャンの声で我に返った。
「危ない!」
ギャンギャンに後ろ足で蹴られた。
「ボスは……生きて……」
私が今まで居た場所に、何本もの槍で串刺しになり息絶えたギャンギャンが!
「ギャンギャン! ギャンギャーン!」
一人も道連れにする事なく、私の盾になって死んだ。
「みんな走れ! ノーマンズ大迷宮まで走るんだ!」
ギャンギャンとワンワンの死を無駄にはしない! 残った仲間をまとめ、私達は走る。
馬を駆る騎士が、魚鱗の陣で突っ込んでくる。
「ボスはわたしが守るの! 生きて! ボス!」
天然系の雌狼が、私を逃がすために身を投げた。
「キャンキャン! キャンキャーン!」
私がいけないんだ。元人間だからって、人間にたいして甘い付き合いをはじめてしまったのが原因だ!
気がつけば、群は私と、もうあと1匹だけになっている。
気がつけば、人間達に囲まれていた。
もうそこがノーマンズの大迷宮の入り口なのに。
「わたし、ボスが好きだった。お願い生き延びて!」
「アンアン! アンアーン!」
クーデレ系の雌狼が迷宮の入り口へ向かって走る。
突き刺さる槍をものともせぬ狂気の暴れっぷり。バーサークを発動したか! 死ぬまで暴れまくるぶっ壊れスキルだ。
私は泣いていた。
泣きながら、アンアンの作ってくれた間隙へ全力で突っ込んだ。
騎士を3人ばかり突き飛ばして、大迷宮の中へ転がり込む。
大切な仲間の屍を超え、群を率いるボスである私だけが生き残った。
生き残ってしまった!
お、憶えていろよ、人間ども!
俺は、いや私は生ききるぞ!
ノーマンズ大迷宮。
魔神が住むとも、神が住むとも噂される大迷宮の闇に身を躍らせる。
あれからどれくらいの時が過ぎただろう。
相変わらず、私はまだ自分を私と呼称していた。
浅い階を血みどろになりながら徘徊。だが生きている。たぶん、一生の運を使い果たした。
自分より遙かに強い魔物と戦い、逃げ、喰らい、合体し、私は生きていた。俺の群を皆殺しにした人間共への復讐が、仲間の最後の咆吼が、私を生きながらえさせていた。
私は、地上で暮らしていた頃より遙かに強くなっている。
だが、まだ人間の、戦闘訓練を積んだ騎士の集団に、万の軍隊に勝てる気が全くしなかった。
こんな大迷宮で道に迷っている。迷うもクソもない。広くて深すぎる。人生の迷宮だ。
ある時は、洞窟の幅いっぱいの太さを誇る体躯を持つ大蛇と戦った。
亜空間で構成された疑似空間で、巨大蝙蝠や怪鳥と死闘を繰り広げた。
空を飛べるようになったのは、この頃だ。なせばなるモノである。
水で満たされた層は水生魔獣と、マグマで溢れる層では、火の化身と。
物理攻撃の利かない闇の魔物もいた。あいつらは精神や神経や脳、そしてアストラルを攻撃してくるのだ。これはさすがに死を覚悟した。
しかし私は生き延びた。
魔法を憶えたおかげだろう。
毒を使う魔物は可愛い方だ。息をするようにテレポートしてくる魔物は厄介だ。寝る時間はもとより、ウンコしている時間も与えてくれない。
生きて生きて生き延びた。口から反吐を吐くくらいは軽い方。血を吐く事が日常となっていた。
今思い返すと、二足歩行をはじめたのはこの頃だ。両腕が武器として仕えるようになって攻撃の幅が広がった。
下層には赤い竜だとか金色の竜だとか黒い竜だとかがいた。合計して三桁は下した。この頃から記憶の順番が混乱している。
ある時は天界に空間転移され、神と名乗る存在と戦った。
地の底では、魔神と名乗る何かとも戦った。龍とも巨人とも戦った。
この頃、呼吸や食事は必要なくなっていた。とある世界にある、自分だけのエネルギーを汲み取って生命活動に当てているのだ。
戦いの毎日で、戦いが生活だった。何のために戦っているのかも忘れる狂気の日々。
ふと、気がついた。
魔物が居ない。
いや、敵が居ない。
これより下に層が無い。
初めて訪れた静かな時間。
気がつくと、ノーマンズの迷宮を制覇していた。
ところで――迷宮のボスは、誰だったのだろう?
自分を見つめ直す時間を与えられた……いや、奪い取ったのだ。誰からか。
私の体は、大きくなっていた。
私は……まだ、私と呼称していた。
私は思い出した。
何故、ここにいるのかと。
何故、生きているのかと。
仲間の仇を討つため。人間と戦う力を得るため。
そしてある事に思い当たり、愕然とした。
「人間を怖いと思わない?」
久しぶりに言葉を喋った。いつの間にか、言葉を発する器官を備えていた事実に驚いた。
そして私は地上へ戻る事に決めた。
そこでハタと気づいた。
少々大きくなりすぎた体は、上層の狭い通路を通れなくなっていた。
「なんてこったい!」
しかし手はある。私はあの頃よりは少しだけお利口さんになっている。
小さくなる事もできるのだが、それはめんどくさい。
ここは1つ――、
万物の長、テレポート。
攻撃に逃亡にと、大変お世話になったスキルである。
思い立ったら即実行。これが大迷宮で生き残る指南その1だ。
「えーと……」
迷宮出入り口の位置を把握。詳しく言えば、探査能力を使っての把握だが、能力を使うという認識は無い。息をするとか、小指を動かすとか、そんな程度の認識だ。
ちなみに、今の私は生きるためのエネルギーは必要でなくなっている。どうやっているか、説明は難しい。
アメーバーに肺呼吸を教えるような?
深海の熱水生物群にルノワールの素晴らしさを教えるような?
そんなこんなで、岩の中に出現しないように気をつけてレッツ・テレポート!
ところが何て事でしょう! 体の半分は岩の中に出現。
失敗失敗。
だけど心配ご無用。
私の体の方が強い。出現と同時に岩が砕け散る。
おお、久々に感じる風と曇天。……曇り空だった。
あの山に登ればライエン城が見えるだろう。
そして、足元に感じる微少な生物の気配。
人間だった。
それも騎士に率いられた大勢の軍隊。
そいつらがみんな、馬鹿みたいな顔をして私を見上げている。
……私は、自分でも気がつかないうちに、身長60メートル超えとなっていた模様。