崖っぷち存在感
黒に包まれている。そう認識したのは今だったか前だったか、彼女は地にもつかず方向も分からずそこに在った。何もかもが現実から剥離しているような、曖昧な空間に漂うこの感覚は筆舌に尽くしがたいものだった。
ただどうしてか、それを不快だと思うことはない。むしろ暖かく包まれているこの感覚に、彼女は安心感すら抱いていた。
すると突然、天上であろう方向から光が指す。瞬く間に黒を打ち消していくそれを見て、彼女はとっさに――
「先輩?」
「――ぁ」
目を開けば、そこには酷く整った顔が微笑みを携えて彼女を見ていた。
「もうすぐつくよ?」
「……あぁ、そうだっけ」
眠りから覚めた鈍重な脳にシナプスが光速で駆け巡っていく。何故ここにいるのか、何故この人と一緒にいるのか、その疑問を張らすため電気信号が持ってきた答えに彼女は力無く頷いた。
自分はこれと二人で買い物をしに来たのだと、正確には必死に自分は否定をしたのにこれが勝手に引きずってきただけなのだが。
ぐっと背伸びをして筋肉を解す。片手を突き上げもう片手を後頭部に通って片手をつかんで伸びるその姿勢では、本来色々なものが強調されるが残念ながら彼女は起伏というものを感じされる体つきを持っていない。よって乗客の視線に色は乗ることはなく、むしろなんというか、暖かいと感じさせるような熱が乗っている。
ぐっと沸き上がる怒りを飲み込んで拳を握ると、車内に到着を告げるアナウンスが鳴り響く。何にも感じていないのだから、当然隣の土御門は何でもないように立ち上がるのだが、どうしてか無償に悲しくなった。
「どうかしたの?」
「……なんでもない」
一人相撲を突きつけられたような気分だった。
◆◆◆
まず最初に彼女が付き合わされたのは服屋であった。今年の流行はレース物らしく、店内の色は落ち着いたものに収まっている。
「ねぇ先輩、これなんてどう?」
「……いや、だからもうそういうのはいいって。アイツも見飽きたろうし」
「そうかなぁ。えっと、じゃあこれ」
「なんで更に責めるような服装にすんの。嫌だって。あとアイツ無関心に貫きそうだし」
「んー、ワガママだなぁ。そぉれぇならぁ……これ!」
「…まぁ、最初に比べたら落ち着いてるしいいかな。うん、アイツも見そう」
個人的にもその服が気に入ったのだろう、鏡に向かい合い、服と自らを重ねて満足気に頷く。それを眺めいつも通り微笑みを張り付けてはいるが、裏ではまた別の笑顔を浮かべていた。それはしたり顔でもあり「計画通り」とほくそ笑んでいるとも取れた。
「先輩ってさ、ほんと揚葉のこと好きだよね」
「は? いやそういうのいいから。そっちの魂胆は分かってるんだぞ、こっちの反応楽しむつもりなんだろ。おあいにく様、うちはもうそういうのには絶対引っ掛からないし。そもそも何を根拠にそんなこと――」
「だって服選ぶ基準が揚羽だし」
「――――」
さっと、走馬灯のようにここ数分の出来事が思い出されていく。恐らく、彼女はきっとその言葉を無意識に使っていた。脳内を服で占めて服のことでいっぱいいっぱいだったとしても、その片隅には絶対にそれがあったことを彼女は気づいていなかったのだ。
その事実に気づいたのか、みるみると顔を赤くしていく彼女を見て、土御門はますますにやけを深める。
「ね、こういうのも揚葉好きだと思うんだけど、どう?」
「……………………………………………………………………………………………かぅ」
占めて3万以上のお買上也。
彼女はとっさに、黒を選んだ