婚約破棄なんてしてあげない!
「どうして、私ってこんなに馬鹿なの!?」
憤りのままに呟いた言葉は、小さく震えて今にも泣きそうな声だった。
自分の悪い噂をばらまいたのだから、それはリアム様にも当然伝わる。
今や、アニータは身持ちの悪い派手好きな散財娘だ。
嫌われてしまっていた。
だけど、そんなもの、知らない。
絶対に婚約破棄なんてしてあげない。苦労して、やっと手に入れた場所だ。
夜会の明かりから逃れ、薄暗い場所まで来て、泣き叫びたいのを、体を動かすことで発散する。
ビュッと音を立てて右足が回転した。
大きく翻るドレスにあわせて体を一回転させて、左足を大きく振り上げる。
目の前に広がったドレスのスカートを正拳突きでおとなしくさせて、両足が地面に着地した。
スカートがふわりと地面についた感触と共に視線をあげて―――
「ひゃあああ!」
目の前に唖然とした表情のリアム様がいた。
「このようなところで何をしていらっしゃるの!?」
自分のことは高い高い棚に上げておいて、怒ってみた。
さらに唖然とした顔をされた。
「アニータ嬢、このような暗い場所で一人になっては危ない」
とりあえず、アニータの奇行は見なかったことにすることにしたらしい。
リアム様が手のひらを会場へ向けてアニータを促した。
(手を差し出してはくださらない)
これがただの男女であれば、普通の行動だろう。
そう簡単に二人きりになってしまった女性に触れるわけにはいかない。
でも、アニータとリアム様は婚約者なのだ。
アニータは、きゅっと唇をかみしめた。
「今は休憩しているところです。放っていてください」
そう言っても、騎士である彼がアニータを一人にして放っていくとは思っていなかった。
ただの八つ当たりである。
やはり、リアム様は困惑したようにアニータを見て、ため息を吐いた。
何よ何よっ!
その態度に、さらにアニータはいら立って、声を荒げた。
「嫌いなら嫌いって言えばいいじゃないですか。でも、私が婚約者なことは変わらないんです。残念でしたっ」
驚いた顔をするリアム様を見て、ちょっと気持ちがすっとする。
だけど、口を開こうとする彼を、やっぱり押しとどめる。
「やっぱり嫌いって言うのは無しでお願いします。………泣きそうです」
というか、いま瞬きをしたら涙がこぼれます。
開いた彼の口から出てくる言葉を予想するだけで、アニータはすぐにでも泣き叫ぶことができそうだ。
「アニータ嬢……」
だから、彼が呼び掛けたのをきっかけにして、
「婚約破棄なんてぜえったい、してあげないんだからっ!!」
身をひるがえして逃げだした。
「はっ…?アニータ嬢、どこへっ?」
「何言っても私の性格バラしたって無理ですもんねっ。性格悪いけど、他は、他はっ……」
走り去りながら負け惜しみを叫ぶ。
他の評判も最悪だったことを思いだしてへこむ。
リアム様に恋をしてから、「王子殿下と結婚するためには!」と一人で奮起してマナーとか勉強とかたくさん頑張ったのに!
全然、見せたい人に見せていないなんて!
全速力で走りながら、追いかけてきたリアム様に気がついて、ヒールの靴を放り出して駆ける。
「うわっ?こら、靴を脱ぐな!」
脱がないと逃げられないでしょう!
中庭を走り抜け、遊歩道っぽいところに出る。
くっ、さすがにドレスで逃げ切れるわけがない。
リアム様の手が伸びてきたことを背中で感じた瞬間に、きゅっと急停止した。
「はっ?」
驚いても止まれない彼の腕を掴んで引っ張る。
そのまま腕を掴んだまま彼の背後に回って、
「はぁっ」
体当たりをした。