どうしてこうなったの
思っていたものとは違う。
どうしてこうなってしまったのかしら。
アニータは、歪みそうになる顔を必死で何でもないように装いながら、庭園に出た。
誰もいない場所に行きたかったのだ。
アニータ・マンフィニット侯爵令嬢。
歴代の軍人を輩出することの多いマンフィット侯爵家は、現在は父侯爵が将軍を務め、二人の兄も近衛騎士団に所属する。
前年に、大規模な山賊の被害が起こった。
その制圧に大きく貢献した父と兄の功績により、アニータは、3人いる王子の中の誰かと婚姻を結ぶことが決定されている。
国王から直々に、アニータを息子の嫁にしたいと言われたという。
現在、王太子には婚約者がおり、次男と三男、どちらでもいいと言われた。
どちらでも良いなどと言われて、「じゃあ、こっちにします」などと臣下が軽く選べるものではなく、順番的に第二王子、ライアン殿下が婚約者になるだろうと言われていた。
しかし、アニータは第三王子―――リアム様に長い間恋をしていた。
近衛騎士団長である彼は、父の剣の弟子でもあり、彼が十六歳で近衛騎士団に入団したときから、父に連れられて、時々屋敷に出入りしていた。
彼は国王に似て体が大きく、黒目黒髪のいかつい男性だった。
第一、第二王子は王妃陛下に似て、緑の髪に紫の瞳を持つ見目麗しい男性だ。
やはり、美しい上二人の王子殿下の方が人気があり、アニータも最初はリアム様には何の興味もなかったのだ。
彼が屋敷に来ていると言っても、アニータはまだ九歳であったので、特に接点があるわけでもなく、顔を知っていると言うだけの間だった。
それが変わったのが、アニータが十二歳になったとき。
アニータは、時々お忍びで町に行くのが好きだった。
兄二人と一緒に屋敷中を走り回り、とっくみあいの喧嘩をして、護身術も身につけていたアニータは、普通の女性よりは強かった。
そのことが、慢心へと繋がってしまった。
通常の女性よりも強くても、男性に捕まえられてしまえば、そんな技など、何の役にも立たないことを、身をもって知ってしまう事件が起きたのだ。
持っていた、買ったばかりのお菓子が入った袋を奪われた。
侍女が叫ぶのなんかお構いなしに追いかけてしまった。
ひったくりなど、簡単に捕まえられると思ったのだ。
お菓子を取り返したかったわけではない。
ただ、「できる」と思ってしまった。
そのひったくり犯の本当の目的が、アニータ自身にあるとは考えてもみなかった。
そこで、待ち伏せされて・・・・・・殴られて髪を引っ張られて荷車に乗せられるときに、リアム様が現れた。
物語のヒーローみたいだった。
―――そこまでは。
彼は、お礼を言おうとするアニータを怒鳴りつけた。
本気で怒られて、涙をこぼしてしまってもやっぱり怒られ続けた。
侍女が間に入ってくれてようやく街中で怒鳴りつけられることは終わったけれど、こわくて泣き続けるアニータに、今度は困った顔をしてから、抱き上げて背中をずっと叩いてくれていた。
成長期の遅かったアニータは、体の大きなリアム様には小さな子どもに見えたのかもしれない。
だけど、アニータはすでに恋ができる年だった。
とても怖かったのに、その腕の中は絶対的な安心を感じ取ってしまった。
ずっと、ずっと好きだった。
だから、王子との結婚話が出てきたとき、アニータは頑張った。
独自の諜報活動によってライアン殿下の好みを調べ上げた。
謙虚誠実おとなしい女性が好きなのだという。
ということで、彼が嫌悪する女性像を把握した。
妖艶で『女』という武器を使って迫ってくる女性が嫌いらしい。
・・・おっけー。
自分の外見ならいける!
遅い成長期に、無駄に育ってしまった胸を強調する服を着て、恥ずかしいとか感じたら駄目だと、わざと押しつけるようにもして演じきった。
その成果が出て、ライアン殿下から嫌われることに成功したのだ。
見目麗しい切れ長の瞳が、私を見るたびに嫌悪に染まるたびに、自分が間違っていないことを確認していた。
そうして、アニータは第三王子の婚約者になった。
それらのアニータの姿を見るに、周りの重鎮たちからも、王位継承第二位の方の妻としてふさわしくないという声が出たとも聞いている。
ライアン殿下は、そんな女をリアム様に押しつけるようになることにも難色を示したが、マンフィット侯爵家の功績は、アニータの少々の行動を黙殺できるほどには大きなものであった。
アニータはうきうきとリアム様にエスコートされる今日の夜会へと出かけてきたのだ。
婚約発表がなされた後は、リアム様と腕を組んで挨拶をして回ることができると思っていた。
なのに。
リアム様と踊った後、彼は無表情に離れていってしまった。