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07

 ルクスヴィー男爵が、絞殺されたうえ、首を切断されて、頭部を持ち去られた。


 男爵のタウンハウスの玄関ホールで見つかった遺体には、頭部が無かったのだ。


 寄宿学校時代の友人のデボラから夜会に招待されていた公爵令嬢のエルジェと、隣国の第四王子であるオーギュスト殿下は、奇しくも事件に巻き込まれる、というか渦中に飛び込んでいくようにして、この不可解な謎を追っていた。


 ルクスヴィー男爵は、何者かによって背後から腕を首に巻き付けられて絞め殺され、その際に男爵は、犯人の腕に噛みついた。そのため、犯人の腕にはルクスヴィー男爵の歯形が残っており、だからこそ犯人は、男爵の頭部を持ち去った。


 エルジェとオーギュスト王子はそう推理していた。


 そして、デボラこそが犯人であると考え、飼い犬に噛まれたという腕の傷跡は、実は男爵の歯形であると思い込んでいたのである。


 しかし、腕に巻かれた包帯をとると、現れたのは小型犬の歯形であった。


 念のためエルジェは、飼い犬のマーチンの犬種を尋ねてみたが、小型のダックスフンドとのことで、鼻の長い細い口蓋は、デボラの腕に付けられた痛々しい噛み跡そのものだった。


 オーギュスト王子が往生際悪く、ルクスヴィー男爵は中高の顔をしていなかったかと確認していたが、夜会の際に挨拶した男爵はどう見てもつぶれた上海ガニのような顔であったので、デボラの腕に残された歯形とは一致しないだろう。


 お大事にと言い残し、エルジェと従者のケイ、そしてオーギュスト王子の三人はデボラの部屋を後にした。


◇◆◇


「ふむ。エルジェくん、考え方を変えよう」


 玄関ホールに戻ってくると、中途半端な美形のオーギュスト王子がおもむろにその口を開く。


 なぜか惨劇の現場は今でも、王子殿下の側近の者たちが現場保存のためにと周囲を固めていた。


 ――本当に、この人、転生者じゃないわよね。


 そんなことを考えながら、エルジェはオーギュスト王子に問い返す。


「と言いますと?」


「ふむ。ケイ卿、きみはどう思う」


「はい、殿下。恐れながら血がありません」


 エルジェの護衛兼従者であるケイ・シルバーウルフは、少しだけ瞳を眇めると、玄関ホールを見渡しながらそう答えた。


 ――この脳筋ナイトは何を言っているのかしら。


 普段はエルジェの従者として存在を消しているくせに、たまに口を開けばこれである。


 エルジェは不安になってきた。


 玄関ホールには両サイドの壁際に一体ずつ全身鎧が飾られている。一つは盾とランスを手にしており、もう一つは巨大な戦斧を装備している。


 犯人はルクスヴィー男爵殺害後、遺体を全身鎧の足下まで移動させ、戦斧によって頭部を切断した。


 人間の首を切断するのはかなり手間取るはずだが、巨大な戦斧であれば、まるでギロチンのように一撃で首を刎ねることができるだろう。そして重力による落下であれば、たとえ女性のように非力な者でも可能である。


 そのため発見時には、戦斧を装備していた全身鎧の足下に、首のない男爵の死体と、切断の際に流れ出た血溜まりができていた。


 オーギュスト王子が伴ってきた医者によって、別室で男爵の検死が行われた際、鎧の足下に広がっていた血は使用人たちによって拭き取られている。


 ケイもエルジェと一緒に、その様子を見ていたはずだ。


 噎せ返るほどの男の色香を発する三十路に入ったとはいえ早めの健忘症が出始めたのか、数多の戦場での戦闘の後遺症なのか。つい先刻のことなのに、ケイはもう忘れてしまったのだろうか。


「ね、ねえ、ケイ」


「はい、お嬢様」


「ルクスヴィー男爵の血は、すでに拭き取られ――」


「ふむ。……なるほど、慧眼だぞ銀狼よ!」


「え?」


 オーギュスト王子が大げさなポーズで声を出す。


「僕はずっと疑問だったのだ。犯人はどうやってルクスヴィー男爵の生首を持ち出したのか」


「え? だってそれは脇に抱えるか髪でもひっつかむかして――」


「エルジェくん、きみの従者はとてもいい目をしているのだよ」


「え? あ、はい。ありがとうございます」


 エルジェは、脳みそまで筋肉が詰まっている戦闘バカと侮っていた従者が褒められてうれしい反面、何のことなのか会話について行けずに悔しい思いのまま、とりあえずは話を合わせることにした。


「すでに拭き取られてしまったが、この現場には、遺体の側にしか血が広がっていなかった。そうだね?」


「はあ。そうでしたね」


「わからないかい、お嬢さん。くふっ。くふふふふ。きみが言及したいずれの方法にせよ、犯人が頭部を持ち去ったのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――ッ!」


 ――ちょっとケイ! あなた大手柄じゃないの!


 まったくもってオーギュスト王子の言うとおりだ。


 エルジェは、首のない死体というあまりにもインパクトの強い事象が目の前に転がっていたせいで、そんな当たり前のことも見逃していた自分のポンコツな頭を恥じた。


「くふっ。くふふふふ。どうやら思い至ったようだね。持ち運ばれた際の血が滴っていないということはつまり、だ。ひょっとしたらこの玄関ホールに、男爵の切断された頭部が、まだ隠されているのかもしれないということさ」


 まるでミュージカルの舞台俳優のように、自分に酔ったオーギュスト王子が両腕を広げた瞬間、王子のお供の者たちがさっそく壁際の鎧を調べ始めた。


 ……のだが、全身鎧を分解しても、男爵の首は見つからなかった。


 さして探すところのない玄関ホールだったが、それでも数人で手分けして隅々までほじくり返した結果、生首おろか手がかりになりそうなものはなにも見つけられなかった。


「あれ? ……ふむ。えーっと、あれ? おかしいな……」


 ルミノール反応を用いた科学捜査は、二十世紀にならないと行われない。


 ただ、殺害現場から一刻も早く立ち去りたい犯人が、床に滴った血痕を、暗闇の中で拭きながら、生首を隠したりするだろうか。


 ふんわりした茶髪を掻き上げながら首を傾げるオーギュスト王子をよそに、エルジェはふと別の疑問を思いついた。


 ――そういえば昨夜、執事のハリルが家令のバウアーを呼びに行ったとき、ホールの惨事には気づかなかったのかしら。


 エルジェはバウアーを呼ぶと、昨夜のことを尋ねた。


「はい、エルジェ様。私がハリルに呼ばれてお嬢様のお部屋へ参りましたときは、玄関ホールは真っ暗でございましたので、旦那様のご遺体があったとしても、気づくことはできなかったと存じます。おそらく慌てていたハリルも同様であったことでしょう」


 左翼と右翼の廊下は、玄関ホールでは、正面奥の階段の下を通過している。


 玄関の扉を開けると、入り口のそばの両壁に全身鎧が飾られており、正面奥には二階への階段、階段の両サイドに一階左翼と右翼への廊下がある。左右どちらかからどちらかの翼に移動するには、わざわざ階段をホール側まで回ってくる必要はなく、廊下をそのまままっすぐ、階段下に通された通路を突っ切ればよい。


 そのため、玄関ホールの惨状に気づかなくとも無理はない。まして照明が落とされていたならなおさらだ。


 エルジェは念のため個別に、執事のハリルにも同じ質問をしたが、デボラが腕を噛まれていることで慌てていたせいか、バウアー同様、暗くて視界の悪い玄関ホールの遺体についてはまるで気が付かなかったらしい。


 ――これは本当に難事件ね。


 自分のポンコツな頭では、解決は見込めそうもない。それでもなんとか男爵の無念を晴らすべく、エルジェはもう一度、何か見逃していないか考え始める。


「ところでエルジェくん」


「はっ、はい王子。なんでしょう?」


 考え事の最中にいきなり中途半端な美形に至近距離で話しかけられ、エルジェは焦って背筋を伸ばし、襟元のブランケットをかきあわせる。


「ああ。すまない。驚かせるつもりはなかった」


「あ、はい。大丈夫です」


「ふむ。そのブランケットは差し上げよう。その代わり、少し寒いかもしれないがもう一度外に出てみないか」


「え? あ、はい。ありがとうございます」


 先ほどタウンハウスの外に出た際に、肩にかけてもらったブランケット。


 すっかり忘れていたが、オーギュスト王子からいただいたものだった。


 さすが王室御用達の品とでもいうのか、とても軽くて温かい。


 ――い、いただけるのであれば、もちろんほしいですとも!


 そうしてエルジェとケイとオーギュスト王子、家令のバウアーは、曇天の下、タウンハウスを出て焼却炉に向かった。


今回短くてスミマセン。

お読みいただきありがとうございます。

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