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第七話「5歳の誕生日 前編」

 地道に魔法を使い続けていくうちに、1日では魔力切れを起こさなくなってしまった。もちろん家族にバレないような地味な魔法しか使えないという制約のもとで、だ。空中に水を作って雨に見せたり、横風ばかりだと怪しまれるかもと上昇気流をつくってみたり、クランボアの家庭菜園の土地をこっそり耕してあげたり、夜になるのを待ってから闇を作り出したり。そんな創意工夫のもとで秘密裏に魔力を使い続けて、魔力量を増やしていき、早くも数年。

 当然、成長したオレは言葉が話せるようになっていた。


 オレはまず、自分に前世の記憶があることを話すことにしたんだけど……。赤ん坊の頃から、何度もその告白シーンをシミュレーションしていたから、あとはタイミングだけなのだが、どうにも、なんつって切り出せばいいのかわからない。

 だってそうだろう? あのさ実は今日は大事な話があるんだ……って、切りだす言葉は良い、定番だ。でも……いつ言う? 朝起きておはようと共に? それとも午前中のクラインから受けてる稽古中に? いや、そのあとの昼食前のお祈りの時間に?(そもそもお祈りなんてウチではしてないが) それとも、妹を昼寝で寝かしつけたあと? いやいやベルゼリアが教えてくれる勉強の時間にいきなり? はたまた、風呂の湯船の中?(そもそも風呂無くて濡れた布しかないけど) いやいや大本命で、夜おやすみの挨拶をする時に思い切って?

 ……全部、なんか、違う。考えてもみてほしい、自分この世界の人間じゃないんですって、どういう空気の時に言えばいいんだよ。だれか正解を教えて。前世にあった人気なネット小説ではどうしてたのだろう。みんな今のオレみたいにもやもやしてたんだろうか。


 うんうん考えてるうちに、5歳の誕生日の日がやってくる。我が家では毎年、オレと妹の誕生日には、両親とクランボアがささやかな誕生日祝いをしてくれる。前世みたいにプレゼントはないけど、クランボアが美味しい料理をふるまってくれたり、クラインがかつての冒険譚を聞かせてくれたり、ベルゼリアが魔法を披露してくれたり、賑やかで幸せな時間をくれる。

 今年はどうやら二人が自分たちの身の上、つまり勇者と魔王であることを話すつもりらしく、二人でこっそりと何をどこまで話すか相談している様子だった。

 オレは風魔法の応用で周囲50メートルくらいの音は拾えるようになっていたから、二人のその様子にすぐ気付いた。

 もちろん、そのまま内容を聞くこともできたけど、オレは止めておいた。

 二人が相談して、話すと決めて、心苦しく思いながらも、オレのこれからのためにきちんと話そうとしてくれているのがわかったからだ。勇者と魔王がこんなひと気のない土地でひっそりと暮らすことになった経緯は、予想していたが、やはりあまり明るい話題ではないようだ。それでも自分たちの口で話そうとしてくれているのだから、それをできるだけ尊重したかった。

 ……そうだ、両親がオレに思い切って大事な話をしてくれるなら、オレも、そのタイミングでオレの話をしよう。

 そう、心に決める。


「おい、レオ、仕事中だ。ぼさっとするな」


 まもなくに迫った誕生日会に思いを馳せていたらクラインに軽く怒られてしまった。


「大丈夫。ちゃんと見てるよ」


 オレとクラインは今、家からちょっと離れたところにある森の中で、大きな鹿を追っていた。

 このひとっこひとり居ない土地で、家族の食料を確保すること。それはクラインの主な仕事のひとつだった。


 まあ、そりゃそうだよな。店はおろか行商人も来ないような土地だ。自分たちでどうにかするしかなく、男手がクラインだけだったら、当然、それはクラインの仕事だ。その間に、ベルゼリアは子供、つまりオレと妹の面倒を見て、クランボアが家事を一手に担う。……かなりカツカツの生活だろ? 赤ん坊の頃に、クラインは勇者業で忙しいのかなとか思ってたのが今となっては懐かしい。最初は軽くがっかりしたけど、今みたいに初めてクラインの仕事についていってから、そうは思わなくなった。

 家族のために、体を張って日々の糧を得る、父親。

 地面に残った痕跡から獲物の存在を把握し、幼いオレを連れながらに獲物を追跡し、音もなく手製の弓を引き絞り、苦しまぬよう鋭い一矢のもとに倒し、命を貰ったことに感謝しながら解体し、それを見たオレの気分が悪くなっていないか気を遣い、これが生活するということだと、今はわからなくてもいいが覚えておくようにと言ってオレの頭を撫でるその顔が、どこか誇らしくて眩しかったのを、今でもよく覚えている。

 

 その姿は、頼もしくて、どうしたって父親らしくて。

 それまで、前世の記憶があってあまり父親感を抱いていなかったんだけど、ああ、オレはこのひとに今までずっと養って守って育ててもらってたんだ。オレが面白がって魔法の修練に明け暮れてた時も、このひとは、こうして家族のために毎日毎日、汗水垂らして身を粉にして頑張ってくれていたんだと痛感して、オレはこのひとの、クラインの子供なんだと心から受け入れた。受け入れざるを得なかった。前世では縁が無くて子供はおろか結婚もしていなかったオレだけど、いつか父親になったら、クラインみたいになりたいと憧れた。


「よし。水を飲み始めた。ここで仕留めてみろ」


 クラインの言葉通り、鹿は森に流れる川辺で首を垂れ、舌を出して水を飲み始めていた。時おり、首をもたげて周囲を警戒してはいるけど今が狙い目なのは間違いない。


 オレはクラインお手製の少し小さめの弓を構える。普通は5歳児が弓で鹿を狩るなんてありえない。しかしクラインは、オレが幼い頃から(今だって、じゅうぶん幼いけど)厳しくオレを鍛えた。具体的には、午前中に稽古をつけて、日によっては午後にこうして狩りに連れ出したり、午前の延長でかなり実戦に近い稽古をつけたりだった。それは、子供にするには相当過酷な代物だった。もともと体を鍛えるつもりだったオレは最初は願ったり叶ったりだったが、すぐに、いくらなんでもこれはやりすぎだろうと感じるようになった。どうして5歳児が魔法も無しに鹿を狩れるようになってしまったのか自分でも不思議だ。

 それでもオレは、根をあげなかった。オレと同じようにやりすぎだと憤ったベルゼリアに、この土地で生きて行くためには必要なことだし、もっと将来、自分たち両親のせいで望まぬ不遇に見舞われた時に、少しでも身を守れるようになってほしいからだと、そう語っていたのを聞いてしまったから。……どこまでも、このひとは、たいした父親だった。

 だったらオレは、それに応えようと、心から思った。


「今だ、やれ」


 クラインの短い言葉に、引き絞っていた矢を放つ。

 耳にビュッという風音が反響し、ビィンと振動する弦の揺れを頬に感じつつ、手は次の矢をつがえて再び引き絞り、鹿が矢の気配にびくりと気づいて顔をあげたのを目で捉え、二射目の矢を放つ。


 次の瞬間、鹿の胴に一射目、続いて頭に二射目の矢が刺さり、鹿は何が起こったのかわからないまま、声にならない悲鳴をあげてその場に倒れる。まだ、生きている。どうあがいても5歳児の力だ、仕留めきれないのは仕方ない。オレはナイフを取り出して、近づいていって首を切り、殺すとともに血抜きをする。


「ま、及第点ってところか」


 あとからのんびり歩いてきたクラインは、そんなふうにうそぶく。その割に、我が子の成長が嬉しくて仕方ないといった微笑みが浮かんでいるあたり、あんまり褒めて甘やかしちゃいけないという父親心が見えて、クラインらしい。

 オレも、今まで何度も狩りに連れてってもらった中で一番巧く狩れて、それを証明するようにクラインが初めて及第点なんて言ってくれたから、ちょっぴり誇らしい。ふと、クラインがこの日に及第点が出るように稽古計画に盛り込んでいた可能性に気づいて、というか若干ながら安堵の感が見て取れるクラインの表情を見てそう確信し、またちょっと嬉しい。最高の誕生日プレゼントだ。

「よし、それじゃあ、今日はこれくらいにして帰るか」

 そう言って、処理を終えた鹿を肩に背負って歩き出すクラインの背中が、とても大きく感じる。

 このあと、クラインは、オレにどんな話をするんだろう。



 家に帰ると、扉をあけるなり妹が飛びついてきた。抱き留めると、顔をオレの胸にぐりぐりと押し付けてくる。妹が最近気に入ってるスキンシップだ。どこで覚えたんだろう。妹はぐりぐりしながらすんすんオレの匂いを嗅ぐ。これは頭ぐりぐりのオプションで、妹がぐりぐりやってくるときは漏れなくついてくる。こうなると満足するまで彼女は離れない。クラインはいつも通り笑いながら、やれやれ女の子は早い早いと聞いてたけどこんなあっという間に父親離れするなんてなと、台所にいたクランボアとベルゼリアに鹿肉を渡しに行く。


 妹は母親のベルゼリアによく似た紫の髪に、より深い紫の瞳が特徴的で、可愛らしいというよりは幼いながらにすでに美少女然とした顔立ちで頭の回転もよくて、将来がとても楽しみだ。いつか、大人になったら、こうしてぐりぐりすることもなくなりそっけない態度をとるようになってしまうのだろう。

 それを考えると、きっと子供のころのこのぐりぐりも貴重な思い出になるに違いないと思って、オレは多少痛くとも、なすがままにぐりぐりされることにしている。ま、なにより、実の妹ではあるが可愛い女の子に抱きつかれるのは嬉しい。


 そして、ようやく、頭ぐりぐりに満足した妹はオレを見上げて。


「おにいちゃん、おかえりなさい」


 オレの帰宅を満面の笑みで喜んでくれた。

 

「ああ。ただいま、シオン」


 母親から名前を半分貰ってシオンベリアと名付けられた、オレの妹。

 みんなからシオンと呼ばれて愛されている。


「いい子にしてた?」


 そう言って頭を撫でてやると嬉しそうに笑って、うんと元気よく返事をする。可愛い。すごく。いつかこの子が嫁に行くときはオレもクラインもきっと号泣することだろう。バージンロードで泣き崩れてベルゼリアに支えられて立たせてもらうクラインの情けない姿が容易に想像できる。その時シオンに指輪をはめる不届き……もとい幸せ者は誰なんだろう。まあそもそも、この世界にバージンロードなんてあるのか知らないけども。


「おにいちゃん、おにく、じょうずにとれたね!」


 シオンは自分のことのように嬉しそうにそう言う。意訳すると、獲物を上手く狩れて良かったね、になる。


「って、どうしてわかった?」

 獲物はクラインが持ってたから、オレが狩ったかどうかなんて、わからないと思うんだけど。

「だっておにいちゃん、すっごくうれしそう!」

「そ、そうか?」

 自分では普通のつもりだったんだけど、シオンにはわかったらしい。シオンはなぜかオレの機微を悟るのが上手い。両親やクランボアに対しては割と普通なんだけどな。魔法的な感覚は見受けられないから、兄妹特有のシンパシー的なやつを感じ取ってるんだろうか。

「でもちょっとだけ、こわい?」

「怖い? シオン、オレが怖いのか?」

「ううん。おにいちゃんが、こわい」

「えっと、オレが何かを怖がってるってことかな?」

「うん。どうして?」

「うーん……自覚ないから、わからないな」


 って、もしかして……。


「なあシオン。オレが怖がってるのって、怯えてびくびくしてるってことか?」

「うーん…………そわそわ? どきどき?」

「あー……」


 それはきっと、いよいよ自分から告白しなくてはならないことがあるから、その緊張からだ。


「大丈夫。怖がってるんじゃないし夜にはきっと直ってるから」

「へーき?」

「ああ。平気平気。だからシオンも気にしなくていいぞ。気にしてくれてありがとな」

 そう言ってまた頭を撫でてやるとシオンは嬉しそうに頬を緩めて、えへーとだらしない表情になる。

 妹に心配かけちゃ、だめだよな。実は今日は大事な話があるんだ、って、ちゃんと言わなくちゃな。



 そして、日が沈みかけてきた頃。

 もろもろの準備がやっと整って(主にベルゼリアが参加しようとして一度さんざんなことになった料理が原因。あの人はキッチンの天敵だと思う)、ようやくオレの誕生日会が開かれることになった。

 両親とクランボアとシオンから5歳になったことを祝われて、さっそく出来たての料理をみんなで食べる。

 さっき狩ってきた鹿をこれでもかと使った肉料理をメインとして、ベルゼリアとシオンが一緒に近くの川でとってきた魚、家庭菜園でクランボアが丹精込めて育てていた野菜も、前菜やスープとして出てきたし、食後にはクランボアが野山で集めたという甘いイチゴのような果物に舌鼓を打つ。前世では甘いものなんて普通に食べてたけど、ここでの生活では砂糖とは無縁だから、久しぶりに食べた甘いものの美味しさに衝撃を受けた。車輪の大発明ならぬ再発見。


 そうして宴もたけなわになってきたが、今年は例年と違ってクラインが酒によって脱ぎ始めたり、同じく酔ったベルゼリアが無限頬ずりをかましてきたり、クランボアが手慣れた様子でそれを処理していくこともない。両親ともにいたって素面で、初めてオレがしゃべった言葉は“父さん”だった、いやそうじゃない“母さん”だったと明るく言い合ったり(本当は腹が減った時に言った“ごはん食べたい”だけど)、クランボアが子供ながらにオレが賢くて紳士的でこれでもうちょっと甘えてくれたら言うことありません、だからさあと私の胸に飛び込んで甘えてください光線をジリジリと目線で訴えてきたり、満腹になったシオンが口の周りをべったりスープで汚しながらおねむになってオレの胸に顔をぐりぐりさせてベスト睡眠ポジションを探ってきたり。


 5歳の誕生日会は、それはそれは平和で幸せな時間だった。


 だが、やっぱり、いよいよその時はやって来た。


「さて、レオ…………実は今日は大事な話があるんだ」

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