第四話「はじめての魔法」
両親による魔法披露大会の翌日。オレは自分でも魔法を使えるようにならないかと思って試行錯誤を繰り返していた。
試しにステータスと唱えてみる。
しかし結局「おぎゃあ」としか言えず、心で念じてみてもダメだった。オレの発声がいけないのかもしれないが、おそらくこの世界にはそういうゲームシステマチックなものはないのだろうと思う。
だってもしあったら、両親がオレのステータスを調べようとするだろうし、もしオレが寝ている間に調べていたとしても、オレのステータスが話題に上るはずだ。しかし、今のところそういった事は一切無い。
異世界転生の定番だし、あるかと思ったんだけどな。ステータス。
まあ可能性としては、ちゃんと発声しないといけない、または、一定の年齢に達しないとステータスが見られない、とかはあるかもしれない。もしそうだったら今のオレにはどうしようもないから、これは今は考えないことにしよう。
さて、次はクラインが唱えてた呪文なんだけど、これも今のオレは発声できないし、そもそも何て唱えてたのか聞き取れなかったから除外する。
だから今のオレが考えられるのは、ベルゼリアの使っていた魔法だけだ。クラインと違ってベルゼリアは呪文を唱えることなく魔法を使っていた。二人の使う魔法が違うからなのか、それともベルゼリアが無詠唱的なスキルを身につけているのか、それとも彼女が魔王だからなのかはわからないけど。
問題なのは、どうやれば呪文なしで魔法が使えるのかってことだ。よく異世界転生ものだとイメージが大事っていうけど……。そんなこと言ったってなあ。そもそも、魔法を使った結果をイメージすればいいのか、それとも魔法でどんな現象を起こすのかをイメージすればいいのかもわからない。
……まあ、さらに根本的な問題として、そもそもオレは魔法を使えるのかっていう疑問があるんだけどな。クランボアは使えないっぽかったし。両親はオレが将来は大魔法士かもとか言ってたけど、あれはオレが魔法を使えるからそう言ってたのか、それとも単に親バカなのかがそもそもわからないし。
ま、こんなん考えても答えがあるわけでもない。ポジティブに行こう。
とりあえず昨日見た魔法を振りかえってみると、両親とも地水火風は使ってて、光はクラインだけ、闇はベルゼリアだけで、光と闇は各自しか使えないっぽかった。二人が勇者と魔王だからなのかもしれない。
地水火風は基本属性ってやつなんだろうか? そうすると氷とか雷はどうなんだろう? あとは回復魔法とかは? あ、そういえばクラインはへイスト的なやつ使ったとか言ってたから、付与魔法的なのはあるってことか。
……うーん……当たり前だけど、まだ産まれたばっかりだから、わからないことだらけだな。
とりあえず呪文がいらないベルゼリアの魔法を思い返してみるか。なにかヒントがあるかもしれない。……と言っても、地水火風だと、もしいきなり魔法に成功した時にケガする可能性あるよな。闇魔法に絞って考えてみるか。
えーっと、ベルゼリアがやってたのは、なんか黒い球(闇のかたまり?)を作ってクラインの光球の周りを飛ばしてみせたり、影絵みたいに自在に黒い球を変形させたりだったな。
……今考えてみると、あんまり使いどころがわからない魔法だな。……あ、いや、赤ん坊のオレがいるから、攻撃性の無いものを選んだのかも?
さて、うーん、闇の球なぁ……。闇ってのは光が無い状態だけど……。あれ? そう考えると闇魔法って光魔法の応用的な感じなのか? 闇は光がないと作れないけど、光は闇がなくても作れるし。いや、でもベルゼリアは闇単体を作り出してたな。
となると、闇魔法の闇はただの影じゃないってことなのか? うーん、わからない。
確かベルゼリアが作った黒い球は、クラインが出した魔法を吸収したり、消滅させたりしてた。まるでブラックホールみたいに。
ふむ、ブラックホールか……。となると闇魔法は重力魔法的な一面もあるってことかな?
……まいいや、小難しいことはもう少し大きくなったら誰かに聞いてみよう。今は闇魔法だ。
とりあえずイメージしてみるか。
何者も通さず、光も、音でさえも遮断する。
「おぎゃあ……!」
ものすごい集中してみたけど意味がなかった。むなしい。前世で小学生の頃にカメハメ波の練習を頑張ってしたけどウンともスンともいわなかった時を思い出す。
手に気を溜めて~、とか必死で練習したっけな……。
あ……!
そうか、気みたいなやつってこの世界にあるのかな? もしステータスがあったらMPとかになるんだろうけど。
いわゆる、魔力。
たぶんあるんじゃないだろうか。ちょっと練習してみよう。
目を閉じて、魔力を感じようとしてみる。
目蓋に感じる、昼の光。
寝かされているベビーベッドの、ちょっと堅い布の感触。
耳を澄ませば、とくん、とくん、自分の心臓の音が聞こえる。
五感を研ぎ澄まして、自分の中にあるかもしれない、魔力を探す。
洗いたての清涼感ある、自分が着ている服の匂い。
ごくりと喉を流れ落ちる、ツバの音。
どこだ、魔力、どこにある。
そして、体内を血液が循環しているごうごうという音。
「おぎゃあ……」
あ……、これ、か?
体に流れる血液をイメージすると、自分の胸のあたりだろうか、そこに何だか熱い塊が蠢いているような気がする。
いや、熱いというのは語弊があるか。熱は感じないし、それが液体なのかも気体なのかもわからないし、そもそも本当に存在しているのかもわからない。
でも、何かが、胸の奥にある。
直感だけど、たぶんこれが魔力なんじゃないだろうか。
でも、何で、そこに固まってるんだろう。
「おぎゃあ」
試しに、解放してみようか。できるかわからないけど。
解放するイメージをしてみる。胸の奥だけじゃなくて、もっと全身に行き渡るように……。
「おぎゃあ!?」
その瞬間、胸の奥に固まっていたそれが、一気に弾けて、オレの全身を駆け巡る。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
熱い!? 熱熱熱!! なんだこれ! もしかしてやっちゃいけないやつだったとか!?
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
しかも、全身に行き渡ったと思ったら、オレからベッドを伝って床に垂れ流れ始めた!?
「お、ぎゃあ……っ」
って、なんか、すげえ眠くなってきたんだけど!?
ちょっ、おいおいおい! これ生命力とかだったらどうするんだよ!?
垂れ流れ尽くして枯渇したらオレ死んじゃうんじゃないのか!?
やばいやばいやばい! ストップ! 止まれ!
焦って止めようとするが、全然止まらない。
魔力は急に止まれないんですか!? 車ですか!?
……と、思ったら、なんとか垂れ流れていくのが止まった……。
「おぎゃあ……」
焦ったあ……。
とりあえず魔力的なやつは、オレの全身に行き渡って安定してるみたいだ。まだちょっと体が熱いけど、さっきみたいな騒ぐようなほどじゃない。
ほんとなんだったんだ、あれ……。
「レオ! 大丈夫かレオ!」
「おぎゃ……?」
なんか血相変えてベルゼリアが部屋に入ってきて、オレを抱き上げた。どうしたんだ?
「なぜ……レオの体から、魔力が……」
あ……やっぱりさっきの、魔力だったんだ。
そして魔力って、察知できるのか。
「まさか侵入者? ……いや、ちがう。これは私とあいつの魔力が混ざったような……やはりこれは、レオの魔力……」
なるほど、人によって魔力の感じって違うのか。
「部屋が満たされるほどの魔力……なぜ急に、こんな……」
「おぎゃあ……」
ベルゼリアは本当に心配そうな表情で、オレの顔を見つめる。
なんか、心配させてごめん……。
「さっきの魔力はなんだ!?」
そこに仕事で外に出ていたはずのクラインが慌てて部屋に飛び込んでくる。魔力感知って結構遠くまで効くのか。
「……わからない、おそらくレオの魔力だとは思うが……」
「ウソだろ……まだ赤ん坊だぞ?」
「嘘ではない……お前も感じるだろう……?」
「ちょっと待ってくれ、俺が感知系苦手なのは知ってるだろ……えっと…………」
それからクラインはオレを抱っこして、何かを確かめるようにじっとオレを見つめる。
うう……ごめん、こんな大ゴトになるなんて思わなかった。
「確かに、レオの魔力だ……」
愕然とつぶやくクライン。
それから二人は、人間と魔族のハーフがどうとか、勇者と魔王がどうとか、いろいろ話したけど結論は出なかったみたいだ。
結局、わからないって事で保留になって、今日一日はクランボアがつきっきりでオレの様子を見るみたいだ。クラインは仕事に戻って行き(そういえば何の仕事なんだろう? 勇者業?)、ベルゼリアは文献を調べるとか言って部屋を出ていった。
「お二人は心配されてましたけど、きっと何かレオ様の才能が開花したに違いありません! ああ、将来が楽しみですね~!」
「おぎゃあ」
クランボアは両親に比べたらだいぶ楽観的で、楽しそうにちくちくと編み物を始めた。サイズ的に、オレの服か何かだろう。いい人だな、クランボア……。まあ、人じゃないけど。角生えてるし。
さてと、なにはともあれ、オレに魔力があるのはわかった!
解放しろとか、止まれとか、そういうオレの思いに反応したから、きっと自分の意思が大事なんだろう。
魔力をどうするかっていう、自分の意思。それがよく小説とかに出てきたイメージってことなのかもしれないな。
さて、じゃあ試しに魔力感知ってのをやってみるか。魔力を外に出すと、また両親が飛んできそうだからな。
さっきは自分の中にある魔力に神経を集中させたから、今度は自分の外、とりあえずは部屋の中に魔力がないか探してみるか。
そうだ、今度は目を閉じずにやってみよう。魔力を感じるためにいちいち目をつぶってたら、緊急時に対応できないしな。それに結局、魔力は目に見えないんだから、目を閉じてようが開いてようが変わらないだろう。
そんなわけで、魔力を探してみる。
「おぎゃあ……」
おおう……。
できちゃった……。
クランボアから、ほんのちょっとだけ、魔力の存在を感じる。
なんだろう、この感覚……。
ああ、あれだ、炎の近くに手をかざすと目に見えない熱気が手に当たるのを感じる、みたいな感覚だ。目には見えないけど、ぼわっとした何かの存在。
なるほど、これが魔力感知。
クラインが感知系とか言ってたから、感知魔法ってことにしよう。
おお! オレもしかして、初めて魔法使ったんじゃないか?
あ! やっぱりだ! オレの魔力、ほんのちょっとだけ減ってるっぽいし!
「おぎゃあ! おぎゃあ! きゃっきゃ!」
「あらあら、レオ様、満面の笑みで! うふふ、ご機嫌ですねぇ」
まあね! だって魔法使えたんだもの! そりゃ嬉しいよ!
さてさて感知の続きだ。この部屋の中に他には……無いな、部屋の中にはもう魔力を感じるものはない。
ちなみに……これ、どこまでの範囲を感知できるんだろ?
というか、どうすれば範囲を広げられるんだ?
うーん……部屋を出たことが無いから、家の中ってのも想像しずらいし……。
まあ、とりあえず今ある魔力を全開で使ってみるか。
魔力の存在を感知できたことで、これが生命力じゃない、すなわち全部使い切っても死にはしないって何となくわかるし。
それじゃ、せーの、っと。
「おぎゃあ!?」
瞬間、死ぬほど沢山の魔力を感知しすぎて、オレの頭が対処しきれなくなり、目の前が真っ暗になって意識が遠のく。
「あら、レオ様、おねむの時間ですか。ふふ、おやすみなさい、良い夢を」
そんなクランボアの、のんびりした声と共に、オレは意識を失った。
で、気がつくと、昼だったのが夜になっていた。
「おぎゃあ……」
あー、びっくりした。
感知の範囲を広げた瞬間、魔力がすっからかんになると同時に、めちゃくちゃな数の魔力を感じて気を失ってしまった。
一瞬のことすぎて、あれがどれくらいの範囲を探知していたのか、よくわからない。ともかく広大な範囲の膨大な数の魔力を感知してしまったのは確かみたいだ。
「起きたか、レオ。よく眠っていたな」
オレの寝顔を眺めていたらしいベルゼリアが、愛おしそうにオレを抱き上げる。
「おぎゃあ」
ベルゼリアは魔族なのに花みたいな甘い香りがして心が安らぐ。なんの匂いなんだろうか。
「だけど、昼間の魔力の波、何だったんだろうな」
あ、クラインも居たのか。食後みたいで、酒が入っているらしい杯を手にしている。
「わからぬ……産まれたばかりの赤ん坊が魔力に目醒めるなど、聞いたこともない」
「だよな……魔族のベルでさえそれなんだから、俺にはさっぱりだ」
「クラインの国にも大魔法士がいたろう? 彼の者から魔力の使い方を学んだと聞いたが」
「そうだけど……苦手なんだよ……あのじいさん。魔力量をあげるためとか言って、俺にがんがん魔法打ってくるんだぜ」
あれ? てっきり魔力感知の魔法も二人にはわかっちゃってたと思ったんだけど……話題に出ないな。
もしかして、魔力ってそのものは感じられるけど、魔法になった時点で感知できないのか?
……それって不意打ちされたらわからないってことじゃね? なにそれこわい……。
って、なんか気になること言ってなかったか? クラインは、魔力量をあげるために、魔法を打たれた……?
「ふふ、勇者の魔力はそうそう無くならないからな。まったく、勇者というだけであの魔族も羨む魔力量はずるいぞ」
「いやいや、あれだって最初はじいさんと同じくらいだったんだって。それをあんのじいさん、俺が悲鳴をあげても気にせず魔法打ちまくって来たからな。魔力の成長が止まるまで、毎日毎日、朝から晩まで。こっちは魔力切れ起こすまで修練させられて参ったぜ……」
「ほう、さすが大魔法士だな。お前と魔力量が同等程度でも、魔力切れを起こさないとは」
「あのじいさん、魔力の運用効率が異常なんだよ……」
ほほう……いいこと聞いた。
魔力切れを起こすと魔力量が上がるのか。それに魔力の成長が止まる時期がある、と。
ということは、さっき魔力切れ起こしたオレも、ちょっと上がってるはず。どれどれ……。
「おぎゃあ!」
おお、確かにちょっと魔力が増えてる。これやってこう。
あとは魔力感知以外にも、なんか今の赤ん坊のままで出来ることをやってだな……。
「おぎゃ……?」
ひとり思索にふけっていたら、お腹が減ってきた。そういえば、昼から寝っぱなしだったからな。
「ふえぇ……」
「おお、乳が欲しいのか。ほれ、たくさん飲んで大きく育てよ」
ベルゼリアがゆったりとした寝間着をはだけて、乳房を向けてくれる。ふっくらと盛り上がった乳首を口に含んで吸うと、暖かいお乳が出てくる。
「ほぎゃあ……ちゅば、ちゅば……」
そう、赤ん坊ってことは、母親のお乳が主食だ。だからオレはベルゼリアから、こうして毎食、乳をもらっていた。
正直最初は恥ずかしくて吸えなかったが、背に腹はかえられない。腹が減ってどうしようもなくて、飲んだ。
「ちゅば、ちゅば……」
意外にも、お乳はかなり美味しい。
牛乳のように生臭いこともなく、しっとりとした飲み口で、ほどよい濃さと温かさだ。
これが赤ん坊だから美味しく感じるのか、ベルゼリアが魔族だからなのかはわからないけど。
「おお、旨そうにごくごく飲んでるなあ」
おいクライン……人が乳吸ってるのをあんまり見ないでくれよ……恥ずかしいだろ。
ああ、でも旨いから止められない。
「おぎゃあ!」
ああ……満腹になったら眠くなってきた。さっきまで寝てたのにな……。
ベルゼリアにぽんぽんとたたかれてオレがゲップをすると、ベルゼリアは満足そうにオレをまたベビーベッドに横たえて、オヤスミのキスをしてくる。
で、うとうとしながら、明日は何をしようとか考えていたら……。
クラインとベルゼリアが、夜の営みをし始めた。
「だ、だめだ、レオが見ているだろう」
「もう寝ちまったよ。それよりも、久しぶりに、な? もう一人作ろうぜ」
「ま、まったく、お前はいつもそうやって……んっ」
……ま、夫婦だもんな。
オレは二人のあられもない声とか水音とかを聞きながら、でもせめてオレのいないところでやってくれよと思いながら、眠りにつくのだった。
で、この時に出来た子が、オレの妹となるんだけど、それはまた先の話。