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第十六話「小さな変化」

 猪を倒して子狼を家で引き取ることにしてから、シオンが変わった。


「え? シオンも修練するの?」

「うん! がんばる!」


「え? シオンも料理するの?」

「うん! がんばる!」


「え? シオンも狩りについて来るの?」

「うん! がんばる!」


 そんな調子で、シオンは何でもかんでもやりたがった。


「おいシオン、お前はまだ子供なんだから危ねぇことはだな……」

「や! おにいちゃんだって、シオンくらいのときからやってたもん!」


「な、なあシオン。そなたは女の子なのだから、そういうことは……」

「や! おかあさんだって、おんなのこだもん!」


 両親が困って説得しようとしたがシオンの意思は固く、頑としてやるのだという姿勢を崩さなかった。

 やっと骨折が治ってきたクランボアを交えた大人達が、どうやってシオンを諦めさせようかとこっそり話し合うのを横目に、オレはシオンに訊いてみることにした。


「シオン、どうして色々やりたいって思ったんだ?」

「……おにいちゃん、はんたいなの?」

「いや、それを決めるのはシオンがどう思ってるのか聞いてからかな。お兄ちゃんに教えてくれるか?」

「……あのね、シオンもね、おにいちゃんみたいになりたいの」

「は? オレみたいって……?」

 聞いていて、ふと両親が特大猪と戦っている時に感じたことを思い出す。

 そういえばあの時、シオンもオレと同じように強くなりたいと感じている気がしたんだった。

「シオンは強くなりたのか?」

「うん。シオンも、おにいちゃんみたいになりたい」

「そっか……」

 なにかあった時にただ見ているだけの存在にはなりたくない、と、シオンも感じていたようだ。

 だから、特大猪となんとか渡り合うことが出来たオレを見て、自分も頑張れば出来ると感じたんだろう。

 けれど……それはきっと、難しい。

  確かにシオンも魔力を自力で解放できたけれど、オレには前世の知識があったから人よりもだいぶ早く魔法が使えるようになった、という背景がある。

 しかし、今のところシオンからは前世があるような知性を感じられない。ごくごく普通の4歳児って感じだ。

 魂がどうのこうので神様から誘われて異世界転移してきたオレとしては、シオンもオレみたいな境遇があるんじゃないのかと思ってたんだけど、どうやらオレとは違うようだ。

 異世界から魂を引っ張ってくるのは最初の子供だけで良かったのかもしれないし、シオンも転生したけど記憶を引き継いでいないのかもしれないし、記憶が生じるような年齢になる前に死んでしまっただけかもしれない……。

 どのみち、シオンには魔法を使えるようになるための下地が何もないし精神年齢も年相応なため、今のシオンが急にオレのように力をつけるのは難しいだろう。


「おにいちゃん……」


 黙って考え込んでいたオレを、不安げに見上げてくるシオン。

 その瞳は潤んでいて、どうにも保護欲を刺激される。

 けど……だからってシオンに危険なことはさせたくないし……何か手はないだろうか。

 そんなことを考えているうちに、やっぱりまだシオンには早いということで大人達の意見がまとまってしまって、シオンは大層むくれることとなった。



 その夜。

「え? オレの部屋で?」

 家事の手伝いで家中の水を補充した後そろそろ寝ようかと思っていると、シオンの機嫌をとって寝かしつけるために寝室に行っていた両親が困り顔で現れた。

「うむ……シオンがあれから全然口をきいてくれなくてな……そなたと一緒に寝ると言って聞かんのだ」

「レオも兄貴なんだからよ、シオンに家の手伝いくらいならいいけど他の危ないことはまだ早ぇって言い含めといてくれよ。な?」

「……ちなみに、あんまり危険性のない魔法とか護身術とかを教えるのもダメなの?」

「それは我らも考えた……が、やはりまだシオンは幼い。4歳の時のレオとはわけが違うのだ」

「そんなわけで、シオンには慣習通りの10歳まで我慢してもらう。だからレオ、あんましシオンに魔法とかの話はすんなよ?」

「うーん…………検討しとく」

「なんなのだその煮え切らない返事は……」

「そうだぞレオ。男ならハッキリしろってんだ」

「まあ……うん、善処する」

 そんな玉虫色の会話を終えて自室に戻ると、ベッドの布団がこんもりと膨らんでいた。

 頭からひっ被ってるらしく、その身体は見えない。

「シオン?」

 名前を呼ぶと、布団がびくりと震える。

「出ておいで。ちょっと兄ちゃんと話そう」

「……おこってる?」

「怒ってないよ」

「……おへやからでてけっていう?」

「まさか。言うわけない」

「……おにいちゃんも、おかあさんたちとおなじ?」

「ん? いや、オレは違う、かな?」

 オレがそう言うと、シオンが顔の半分だけをもぞもぞと布団から出す。

 その瞳は涙目になって潤んでいる。

 大人達から反対されたのが堪えているらしい。

「ちがうって、なにが?」

 恐る恐る、そう聞いてくる。

「オレはシオンがやりたいことがあるならやってみればいいと思ってる。ってこと」

「ほんと!?」

 がばっと布団をめくって顔を出すシオン。

 クランボアお手製の白い寝間着姿が露わになる。あどけないシオンに似合って可愛い。

 そんなシオンが、ずずいとオレに迫ってくる。

「おにいちゃんはシオンのみかたっ?」

「ああ。シオンにやる気と覚悟があるなら、危ないこととか悪いことじゃなければ何を始めたっていいと思う。これはシオンを甘やかしてるわけじゃなく、な」

「おにいちゃん……!」

「母さん達がシオンを心配する気持ちもわかるんだけどな。でも、やっぱり本物に触れるって大事なことだからさ」

「うん! うん! やっぱりおにいちゃん、だいすき!」

「オレも協力するから、明日一緒に母さん達を説得しよう」

「……ゆるしてくれるかなぁ」

「そうだな……よし、じゃあ作戦会議だ!」

「おー!」

 それから二人して布団を頭からかぶって、こっそりと作戦会議をした。

 暗闇の中で顔を突き合わせてする作戦会議はなかなか楽しかった。


 そして明日からの作戦も無事に立案し終えた頃。

「えへへー、こうしてるとおにいちゃんのにおいがするー」

「っ!?」

 加齢臭か!?と一瞬思ったけど今は5歳児なんだからそんなわけないと思い直す。シオンにこにこしてるし……違うよね?

「ねー、なんでおにいちゃんはいいにおいするのー?」

「さ、さあ……自分じゃ自分の匂いはわからないから」

 というかそれを言ったら、シオンのほうがずっと甘い香りがすると思う。

「シオン、おにいちゃんのにおいすきー」

 そう言ってシオンがいつものように額をオレの胸元に押し付けてぐりぐりしてくる。慣れ親しんだ地味な痛さよ。

「あたた、ほらシオン、いつまでもオレの上に乗ってないでそろそろ寝ないと明日起きれなく」

「ねーねー、おにいちゃん」

「ん?」

 それまで楽しそうに笑って頭をぐりぐりしてたシオンが、なぜだか恥ずかしそうにもじもじし始めた。

「え、なんで急にそんな恥じらう……」

 仰向けになっているオレの上でうつ伏せになってるから、シオンのもじもじが直接オレの体にも伝わってくる。

 もじもじ動くたびに服越しにシオンの体がオレにこすれて、なんだかいけないくらいの気持ち良さ。

「おにいちゃんはー……」

 なぜか恥ずかしそうに言い淀むシオン。

「お、おう?」

 初めて見るシオンの表情だ。

 記憶にある限り、今までそんなふうに照れたことなんて無かったと思う。

 頰が赤くなって、目が不安げでもあり、なにか期待するみたいでもあり。

 それはまるで……。

「シオンのにおい……すき……?」

「……え?」

 びっくりしてシオンを見つめると、シオンはなぜか目をそらして、でもこちらをチラチラと見てくる。

「……っ」

 その可愛らしい仕草さに、ちょっとだけドキッとする。

 いや、4歳の妹にドキッとしてどうするって話なんだけど、思わずドキッとしてしまうほどの可愛さなのだった。

 シオンが将来、小悪魔的な女の子になりそうで末恐ろしい。いや、魔族で魔王の娘だから小悪魔どころではないんだけども。

 いかんオレなんか混乱してる。

 こ、ここは兄としてスマートな答えをっ!

「お……オレも、かなっ」

 すごく、きょどった! スマートさの欠片もない。

 ……だって前世でも非モテだったんだから許してほしい。いや、別に誰かに許してもらうようなことでもないんだけども。

「おれも……なあに?」

「え……っ!?」

 まさかの追求!

 シオンはなぜかドキドキしてこっちを見つめてる!

 なぜドキドキしているのかわかるかと言えば体が密着しているからで、いや、これ、さっきも言ったな。

 ほんとうに混乱している。前世非モテ転生者の防御力の低さよ。

 ここは男子として、女子の求めに答えねばならないのか!? というより答える以外の正解を知らない。

 きっと前世がモテイケメンだったら、もうちょっとマシな気の利いた兄らしい言葉を言えたろうっ。

 ええい、ままよ!

「オレも、その……シオンの匂い……好き、かな」

「かな……なのぉ?」

「いや、うん…………好き」

「えへへー、なんか、はずかしぃねぇー」

 シオンは嬉しそうにオレの上でごろごろ転がる。

 オレは自分が言ったことを頭のなかで反芻してセルフツッコミをしていた。なに言ってんのオレ実の妹に好きとかいや匂いだけどいやいや匂いだから余計に変態性が増す発言になってますからそこは適当にごまかしてもう寝りゃよかったじゃんなにくそ真面目にちゃんと答えてんのぉおおおおおお。

 オレの悶絶する胸中をしらないシオンは、嬉しさと恥ずかしさに満面の笑みだ。

 しかしその頰が赤くなっていて、とても可愛い。

 なんかさっきからシオンのことを可愛いとしか言っていない。

 いや、もとからシオンは可愛いんだけど、今日はなんかことさらに可愛い。

 もうなんなのシオン! 我が妹ながら、おそろしい子! というかオレもドキドキしすぎー!!


 なんてことで葛藤してたら、シオンがようやっと嬉しそうにもぞもぞとオレの体の上から降りてくれた。

 ようやく寝る気になってくれたらしい。

 ナイス、シオン。

 そうだ密着してるのがいけなかった。

 やっとオレの心が静寂を取り戻す。


「…………ちゅっ」


「ッ!?!?」

 突然やわらかい感触が頬に当たって体がびくっと震える。

 今のって、今のって……シオンの唇……っ!?

「えへへ……おにいちゃん、だいすき」

 そう言ってシオンは、横からオレにしがみついてきて、眠る体勢に。

「ちょっ、シオン!?」

 今までこんなことしてなかったのに、どうして!?

「ふぁぁ……おやすみなさぁい……おにい、ちゃん……」

「いや、ちょっと待った!」

「………すぅ……すぅ……」

「って寝るの早っ!?」

 混乱が解けないまま、取り残されるオレ。

 いや落ち着け! あれは4歳児の他愛ない触れ合いの一環だ! うん! だからドキドキすんな!

「な!? え!? はぁ!?」

 あかん前世で非モテの王道を歩んでいたオレは全く落ち着けないしドキドキも止まらなかった!

「というかシオン、なんでいきなりこんなこと……っ」

 この前までとは何かが違う、今日のシオン。

 強くなりたいと願って行動に出たこともそうだけど、なんか急に、なんていうか……そう、女の子っぽくなった。

 あ、女の子は男より大人になるのが早いっていうやつだね!

 ……いやいやいや、シオンまだ4歳だし、そもそも妹だから。オレら実の兄妹だから。

 これだから前世非モテの転生者は勘違い野郎って言われるんだよ。

 そうだよ、あんなのただの親愛の証じゃん。キスとか普通だし、普通普通…………普通、だよね? あれ?

 うーん……前世にも妹はいたけど、小さいころにこんな慕われてたかというと、正直よく覚えてないからワカラナイ。

 あ、でも、仲が良い兄妹ならほっぺにチュウくらいはありそうな気がしてきた。うん、そうそうそうだよね。オレらくらいの年頃の仲良し兄妹ならフツーなんだ。

 だからオレももうドキドキする必要がないので早く寝たほうがいいと思います。

「そうだ、寝よう、そうしよう」

 考え疲れていろいろ破綻してる論理で自分を無理やり納得させたオレは、寝てうやむやにしよう、という安易な結論に至った。

 時は偉大なのだ。そこに睡眠が加わればより偉大になるのだと前世で得た経験則。

「おやすみなさーい」

 シオンの体温を半身に感じながら目をつむり、なんとかかんとか眠りにつく。


 そんな、シオンの小さな変化に、大いに戸惑った夜だった。

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