第二話「生誕」
目の前が真っ暗になると同時に、耳鳴りがするほどの静寂。なにこれ?と思ってるうちに全身が生暖かい何かの中に、たゆたう。
ドクンドクンと鼓動が聞こえて、なんだか安らぐわあ、なんて思ってたら急にそこから押し出されて、眩しい光と騒がしい声に包まれた。
オレはびっくりして声をあげてしまったのだけど、その声は、
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
なんて意味のわからない鳴き声になってしまった。
「おめでとうございます奥様! 元気な男の子ですよ!」
「ハア、ハア……ふふ……これが私とあいつの子供か」
ああ、オレはさっそく産まれたのか。さっきまで神様と話してたと思ったら、いきなり産まれるとは。
「ご覧くださいませ! 旦那様そっくりの美しい金色髪に、奥様そっくりの整った顔立ち! きっと美少年に育ちますよ!」
「はは、健やかに育ってくれれば、それでいいさ。なにせ過去に例が無いのだからな」
「そ、そうですよね! やはり健康第一ですよね!」
産まれたばかりなだけあって目が開かないから、どんな人が話してるのかわからない。会話からして、どっちかが母親で、どっちかが助産婦さんか何かだろう。
ちなみにオレは今、やわらかい布で優しくコシコシと全身を拭かれているようだ。ありがたいんだけど、産まれたばかりで肌が敏感になってるのか、えらくくすぐったい。
「ほぎゃあ、ほぎゃあ」
つい、声が出てしまう。声帯がまだ赤ちゃんなだけに、どんな声も泣き声みたいになっちゃうんだな。
「ふふ、客観的に見れば濡れた小猿のようなのに、腹を痛めて産んだ我が子だと思うと、愛おしく思えてくるから不思議だ」
「わあ! 奥様、いつになく素敵な笑顔です! 旦那様のこと以外でそんなとびっきりの笑顔を拝見したの、初めてです!」
会話から察するに、さっきから割と穏やかめなのが母親で、ちょっとテンション高いのが助産婦っぽい。
「失礼だな。私はあいつを伴侶と決めた時から、かなり表情豊かになったと評判でだな」
「ああ!? その旦那様のことすっかり忘れてました!!」
おい、忘れてやるなよ。同じ男として悲しいぞ。
「すぐ呼んで参りますね!!」
オレの体が、助産婦の手から母親の手に渡ったのが、なんとなく触感でわかる。助産婦はバタバタと慌ててどこかに去って行った。騒がしい人だ。
「……愛しい我が子よ。そなたには、出自のせいで不遇な人生を歩ませてしまうかもしれぬ」
「おぎゃあ……?」
母親は、オレの体を布の上からそっと抱きしめながら、そんなことをつぶやく。
不遇な人生を歩まなくちゃいけない出自ってのは何なんだ?
助産婦と母親の会話から、実はちょっと身分が高かったりして、とか思ってたんだけど……。
「……いつかそなたは、私やあいつのことを恨むかもしれぬ」
「おぎゃあ?」
恨むって……なんで?
「その時、私とあいつに弁解の余地はない。許してくれとは言わぬ。我らは、そなたを産みたくて産んだ。つまり……我らのわがままなのだから」
いやいや、普通、子供を産むってそういうことだろう。
「我らのわがままで、そなたに苦い思いをさせてしまうのは、本当に、本当に、心苦しい」
え……そんなに? オレが産まれたのって、なんかひどい差別を受けてる一族とか、大罪人の家系とか、だったり……?
いや……でも神様いわく『彼らのおかげで、わたしの世界は無用な争いを避けることができた』んだろ?
それってかなり英雄的な事だと思うんだけども……そんな家庭が迫害されるとかあるのか?
「だがな……だが、我が子よ」
あ、はい、なんでしょう。
「どうか……それでも……そなたには笑ってほしい」
…………え?
「自らの手で不遇を乗り越え、その人生を宝石の如く輝かせ、心より幸福になってほしい。……それだけが、私とあいつの、切なる願いだ」
…………。
まだ姿すら見えないし、会話だって一方通行。
だから、母親だって実感なんて、まだこれっぽちもないけど。
それでも…………オレ、この人の子供に産まれて、良かったんじゃないだろうか。
「む? 笑った? ……ふふ、気のせいか。いかんな、もうすでに親ばかになって」
その時、扉が激しく開いたような音が部屋に響く。さっき助産婦が出てった時の音がガチャ!なら、今響いた音はバーン!って感じだ。
そして直後、これまた大きな声が、部屋中に響き渡る。
「ふ、ふぉおおおおおおおおおお! やったな!!それが俺らの赤ん坊かっ!! 男の子だってな! にしては、めっちゃくちゃカワイイなっ!」
「おぎゃっ!?」
「はぁ……親ばかは私だけでは無かったか。ええい、うるさいぞ。ほら見ろ、大声に驚いてるではないか」
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
びびったよ! すげえびびったよ! 産まれたてで敏感なせいか、声がダイレクトに頭に響いたから!
「す、すまん……嬉しくて、つい」
「おぎゃあ」
いやまあ、自分の子供が産まれたんだもんな、そりゃテンション上がるわな。許す。
「それよりほら、お前の望んだ男の子だ。名はお前が決めるがいい」
「おっと! そうだった!」
そうか……転生するってことは、そういうことだよな。オレ……名前変わるんだなぁ。
感慨に浸っていると、父親はコホンとか咳払いをして、重大発表の雰囲気を作る。
そして……。
「この子は、レオグラードだ!」
レオグラード……それがオレの新しい名前か。
というか、そっか日本人じゃないんだな。ここ異世界なんだし。
そういやさっきから話してる内容も日本語じゃなかったわ。なぜか意味わかるけど。
「ふふ、いい名だ。勇ましく、威厳がある」
名前負けしないようにしよう。
「そりゃもちろん、俺らの子供なんだ、勇ましくなけりゃ生きてけないさ。そんで、いつか威厳を持って、自分だけじゃなく大勢を光に導いてやってほしい。……俺たちには、できなかったからな」
「……ああ、そうだな。願わくは、そうあってほしいものだ」
できなかった? 神様は『彼らのおかげで、わたしの世界は無用な争いを避けることができた』って言ってたけど……?
「なあ、レオ」
ん? ……ああ、オレの愛称か。欧米みたいだな。いや、地球ですらなかったんだっけか。
「きっとお前の人生、俺ら両親のせいで、普通じゃねえ。あんまし頭がよくない俺だけどな、それだけは、間違いない」
母親も言ってたな……なんなんだよ、いったい。オレ、どうなってんだよ!!
そんなオレの心情に応えるかのように、父親は事実という名の無慈悲なオレの素性を告げる。
「なんてったって、お前は…………お前は、勇者と魔王の子供なんだからよ!」
「おぎゃあっ!?」
な、なんだってぇええええええええええええ!?