第一話「転生?」
恥ずかしながら、オレは死んでしまった。
なにが恥ずかしいかって? 酔っ払いのオネーチャンが駅のホームから落ちそうだったから、咄嗟に助けたんだ。
そしたら代わりにオレが線路に落ちて、そこに電車が来てさ。ドカンって……それでオレの短い人生終わりよ。
底辺の大学出て、やっとこ入れてもらった小さな会社で使えない上司に理不尽に怒られまくって、はや数年。
新人も入ってきて、上司にも怒られないようになって、ようやく、さあこれからだって時に……こんなことになるなんてな。
そんなことを、迫り来る電車を前にして、死ぬ間際の一瞬に考えた。
「いや、別に恥ずかしくは無いのではないか?」
「……え?」
気がつくと、オレは光の中に居て、誰かに話しかけられていた。その誰かは、光の中でも特に目映い光を発してて、姿が見えない。
かろうじて、人型っぽい輪郭が見えるだけだ。
「ああすまない、眩しかったか」
そんな言葉とともに、指を鳴らすようなパチンって音がした。すると、光の輝度がスッと下がって、周りが見えるようになる。
「なんだ、ここ……」
オレは、波一つ立たない、まるで鏡のような水面にポツンと立っていた。まるで写真で見たウユニ塩湖のように幻想的で、果てが無い。
見上げれば、透き通るような青空が広がっていて、雲がゆっくりと流れていくのが見えた。
なんだか、ひどく落ち着く。
「これでいいだろう」
その声と共に、オレ以外は誰も居なかったはずの水面が揺れる。
姿は見えないけれど、オレの10メートルくらい先の水面に、人型の影が映っている。
「あっと、その……」
混乱していた。聞きたいことがあるのに、たくさんありすぎて、言葉にならない。
「君からは見えないだろうが、わたしは今、君の目の前にいる」
……透明人間?
「違うな。わたしは人間ではない。そして、わたしが見えないようにしているのは、君のためだ」
「……はい?」
「もし、わたしの姿を今の君が見たら……ついていけずに、頭が壊れてしまう」
「っ!?」
「仕方の無いことだ。人間が神を直視するなど、本来は有り得ないことだからな」
「か、神様……ですか?」
「そうだ。幾千幾万と居る神のうちの、一柱」
オレは、ああ神様なのかと、すんなり受け入れた。今の異常な状況のせいもあるけど、なにより、目の前から発せられている存在感が、人間のような小さなソレとは違った。
「あの、それで、本来は有り得ないのにどうして、神様がオレなんかの前に……というか、ここは? そもそもオレ、死んだんです……よね?」
「いかにも、君は日本人としては短命な生涯を終えて、これから魂を浄化され、輪廻の輪に再び戻る事になっている」
「そう……ですか」
やっぱり死んだんだ、とか、輪廻って本当にあったんだ、とか、いろんな事がぐるぐると頭の中を巡る。
ただ、実感が薄くて、悲しいとかツライという感慨は沸いてこない。不思議なモンだ。死ぬってのは案外あっけないんだな。
「あの、それで……、神様がオレに何のご用ですか? あ、それとも、人間は死んだらみんなこうやって神様と何か話すんですか?」
「まさか、そんなことはしない。今回のこれは、単純なわたしの気まぐれだ。わたしが君と話したいと思ったから呼んだ」
「は、はあ……そうですか」
自分で言うのもなんだけど、オレは神様の興味を引くような人間じゃ無いと思う。特に取り柄もなければ、コミュ力が堪能なわけでもないし。
「“恥ずかしながら死んでしまった”」
「……え?」
「君は自らの死を、そう評した」
「……ああ、ええ、そうですね」
「何故だ? 君は身を挺して人を救った。誉れに思いこそすれ、恥じることは無いだろう? ……と、わたしはこれが聞きたくて、君をここに呼んだのだ」
「なるほど……そうでしたか。あまりたいした理由でも無いんですが……」
「構わない」
「そうですか……」
本当に、たいした話じゃないのだけど……まあ、神様が聞きたいと言うなら。
「オレが恥ずかしいと思ったのは、死にそうになってた人を、救いきれなかったからです」
「なにを言う。あそこで死ぬはずだった彼女は、君の機転のおかげで、一命を取り留めた」
「でも……それ、人を助けるなら最低限のことですよね」
「……?」
「だって助けたオレが死んじゃったら、もしかしたらその人、一生、他人に助けてもらって生き長らえたっていう負い目を背負っていきますよ。下手したら、その負い目だけに人生が全部染まっちゃうかもしれない。そんなの……ツライじゃないですか」
「しかし、ツライと思えるのも、命あってのことだろう?」
「もちろん、死ぬよかいいです。……でも、それって死んでないってだけで、生きてないですよね」
「君が望むのは、能動的な生か」
「ですね。……いかにも日本人っぽい平和ボケした考えで、海外の紛争地帯とか飢餓で苦しんでる途上国の人みたいな、日々を生きるのも大変な人たちから見たら、贅沢な悩みかもしれません。
でも、安全がある程度保証されてる、そこそこ高度な文明社会で生きてる以上、やっぱり自分の意思で、自分の生きたいように生きてほしいじゃないですか」
「……ふむ、だからか」
「そうです。その観点からいくと、オレはあの酔っ払いの人を助けきれなかった。だから、恥ずかしいんですよ」
「そうか……」
なにか考える雰囲気の神様。
「あの、それで……オレはこれから、どうなるんでしょう?」
「……そうだな、何もしなければ、君はこれから前世の記憶をすべて消し、新たな何かに生まれ変わる」
「そうですか」
「本来なら、な」
「……はい?」
「もし君に興味があれば、別の世界で転生させることもできる」
「異世界転生……ですか」
最近流行のネット小説みたいな話だ。
「実はわたしは、この世界の神ではなく、そちらの世界の神なのだ」
「は、はあ……そうなんですか。それがどうして、こっちの世界に?」
「魂を探していたのだよ」
「タマシイ、ですか?」
「実はわたしの世界で、ある新婚の夫婦に子供ができたのだ」
「はあ、それは、おめでたいですね」
「しかし、その夫婦が少々特別でな……その二人の子供に相応しい魂が見つからず、別の世界にまで足を伸ばし探し回っていたのだ。そして……ようやく君を見つけた。君の魂の色を見て、実際に話をして、君ならばあの夫婦の子供の魂として申し分ないと確信した」
「そう、なんですか」
なにが申し分ないんだろう。というか、魂の色って? そんな判断材料になるような会話とかしたっけ。
「だからできれば、君にはその夫婦の子供として転生してもらいたい」
「無理矢理じゃないんですね……オレ拒否できるんですか?」
「わたしは自分では邪神では無いつもりだ。よほどの事でない限り、無理強いはせず君の意思を尊重する」
「……ちなみに、もし拒否した場合は?」
「新婦が現在宿している子供は流産することになるだろう」
「……それ、拒否権無いのと一緒じゃないですか」
「脅すつもりは無い。ただ事実を告げただけだ」
「…………わかりました。どうせもう死んじゃったんだし、それでその夫婦が悲しまずに済むなら、転生します」
「そうか……ありがたい」
本当にほっとした様子で、そう言う神様。
「……どうして神様はそんなにその夫婦のことを気にかけてるんですか?」
「いやなに、彼らのおかげで、わたしの世界は無用な争いを避けることができたのだ。なにかそれに報いてやりたいと思ってな」
「なるほど……じゃあ、いい人たちなんですね」
「ああ、それは保証しよう」
それじゃあ、やっぱり転生してもいいかな。
両親や妹には本当に申し訳ないけど……もうオレ、死んじゃったんだし。
あ、いかん……家族とか友達のことを思い返したら、今さら、自分が死んだことを実感して泣きそうになってきた。
「それでは、君の決断に感謝し、君の魂をわたしの世界に転生させる」
こうしてオレは、異世界に転生した。