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ギセイミライ  作者: _
# 6 闇ト毒ノ味
19/21

-ポケット-(キャンディ&ガム) 【℃anDie】(キャンディ)

 世界が死んだ

  蟲螻むしけらのようなビルを眺める

 あの明かりも欲しいものではなかった

 ホシイモノがなんだったのかさえうまくいえない

 蟲螻の中には欲望が蔓延していることだろう

 それらを奪い取り

 蟲螻に寄生する人間どもの口の穴に詰め込んでやれば

 欲望など塵屑程度の物だと思い知るだろう

 思い知るがいい

 この世界は死んでいる





 桜の花びらが散りかけていた。

  みなとは、公園のブランコに座り、桜を眺めていた。住宅街の隅にある小さな公園だ。遊具の大半を侵食する錆を、暗闇がコーティングしている。朝が来れば、ここが寂れた公園というのは一目でわかるだろう。それはもうすぐ始まろうとしていた。

 陽はそこまで来ている。

 湊は、黒いブラウスの上にカーディガンを羽織っているだけだったが、寒くはなかった。時折、足元に舞い降りてくる花びらを、スニーカーの底で汚した。



  こうは、公園の中に入った。小学校に上がったばかりの男の子だ。きょろきょろとあたりを見まわして、垣根の下に手を伸ばしたり、ゴミ箱を覗いたりしている。辺りはまだ暗い。それでも、懸命に探している。

 ここにもないや。

 皓の声は、湊にまで響いたが、湊は無表情にブランコを漕いだ。ブランコが、キィーという金属音を発し、皓の聴覚まで達するが、皓もまた、無表情に探すことを続けていた。

 湊の体が、ふわっと浮いて風を切った。

 私の大事なものってなんだったのだろう、湊は思考する。

 揃えたスニーカーの先は泥で汚れていて、桜の花びらが一枚付いていた。湊に潰されずにすんだ生き残りだ。湊は片方の足で花びらを払い除ける。スニーカーのつま先がよけいに泥付いたことを桜のせいにした。

 私は、なにを思考していたのだっけ。思考を忘れたことを泥のせいにする。ついでに、ブランコを漕ぐのをやめた。

 皓はまだ探すことをやめてはいなかった。

 湊は立ち上がり、

「手伝おうか」

 と皓に向けて言うが、皓は首を振った。

「ここにはないみたいだし、ちがうところをさがしてみる」

「じゃあ、私と遊ぼうか」

 湊がそう言うと、皓は笑顔になった。

 ふたりで公園内のすべての遊具を制覇したころには、湊の黒いスニーカーの色は、泥色に染まっていた。なにのせいにしても良かった。シーソーでも、滑り台でも。




 誰のせいにしてでも

 私は汚れたかったのだから




 キィーと音がしてブランコが揺れた。

 風は無い。湊が振り向く。揺れているその下で、桜が泣いているのが見えた。湊は、「私のせいで汚れた桜」の結末を、蔑み憐れんだ。黒いカーディガンの裾が揺れた。風は無かった。

「私は……汚したものに帰らなくちゃ」

 皓は頷いた。

「皓はどうするの?」

「ぼくも、みつけるよ、かならず。そして、かあさんに、あいにいくの」

「皓。眩しい名前だね。眩しくて、嫌い……だけど、暖かい」

 皓は笑った。

「湊」

 皓は、ジーンズのポケットからキャンディを出した。

「あそんでくれてありがとう」

 受け取ったキャンディを、湊は握りしめる。




 帰らなくてはならない

 私の場所に




 湊は途切れそうな意識を懸命に繋ぎ、走っていた。

 なんてことの無い日常の中をひたすらに走った。

 誰もが湊に振り向くことなく、新しい今日を迎えている。

 騒がしい人の群れを掻いだ。

 朝焼けと、咲き乱れる花の匂いを嗅いだ。

 日常の色は嫌いだった。誰もが同じように陽光を受け、同じだけ影を作る。湊には影ばかりが増した。湊自身が作り出したものなのかもしれなかった。

 湊は立ち止まり、目を細めた。新しい太陽の最後の光を受けた。振り向いて確認すると、影は無かった。

 在るのは、闇だ。

 太陽も花も人も色も嫌いな物が闇に堕ち、世の中が闇に堕ち、そうして目の前に扉が見えた。




 帰らなくてはならない

 この扉の向こうに

 真っ暗な闇に




 扉を押すと、重く、狂おしいほどの黒が漂っていた。光はひとつも入らない。湊だけの場所だった。暗闇だけれど、湊には、テーブルもソファーも、その上に並んだクッションもちゃんと見える。ベッドより、ソファーで眠ってしまうことのほうが多かった。ソファーに座るより、クッションを抱いて床に座るほうが心地良かった。

 その場所に、黒いかたまりがあった。闇の中で、黒いかたまりは、黒く、固まっていた。

 湊はその隣に座り、黒いかたまりの指先に、自分の指を絡めた。




 とても

 とても冷たい

 汚れたとても冷たいかたまりの私

 「どうして泣くの?」

 黒くて冷たいかたまりの私が聞いた

 「そうね。泣く必要はないわね

 すべて終わったのだもの」

 どうしてだろう、涙があふれた

 とてもとても冷たい温度の涙だった




 湊は皓にもらったキャンディを口に入れた。

「友達ができたんだよ。皓っていうの。私と同じ年なの、生きていればね。皓は、足が片方無いの。どこを探してもみつからないんだって。かわいそうにね、誰かに捨てられたんだよ。手とか指とか首も切られてさ。だけど、楽しそうに笑ってた。全部揃ったらお母さんに会いに行くんだって」

 湊は、返事の無い、黒いかたまりの自分に、重なるように横になった。目を閉じると、かたまりとひとつになっていくのを感じた。

 キャンディは味がしなかった。

 湊は思い知る。冷たい温度の舌では溶かせないことを。

 溶けないキャンディは、湊の口元を離れ、ころころと転がった。

 湊はわずかに瞼を開ける。キャンディが闇の中でビー玉のようにきらきらと輝いた。それはとても暖かくて、湊は安心して目を閉じた。 

 蟲螻の中で、ちっぽけな欲望をそっと飲み込んだ。

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