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ギセイミライ  作者: _
# 5 反射ノ味
17/21

-I scream-(2)

 バンドの活動ぺースは異常だともいえる。ライブは、全国中のホールを埋め尽くすほどの緻密なスケジュールが組まれていた。

 薬を飲んだ理由なんて、いくらでも見つけられそうだった。ぼくをののしる週刊誌から引用したっていい。

 誰にわかる?

 ソルは右眼だけが赤い。ソルの眼の奥の記憶に、どんな映像が焼き付いているかなんて、誰もわかっちゃいない。

 ……このぼくもだ。

 ぼく自身の目をくり抜いて、ソルの眼球をはめ込んだとしても、ソルが右眼で最後に見たものなんてわかりゃしない。

 事務所での打ち合わせを終え、なにげなくテレビをつけると、マスタアドが映っていた。画面に貼りつく解散の文字。「 !?ダブルダレ」の記号は、どこにも見当たらない。リモコンをかたむけ、ボリュームを上げた。

 内容は違う色へと進行していた。児童養護施設で育ったという蟻砂の過去をさかのぼり、誰の記憶からも薄れかけているような事件に到達する。幼児連続殺人事件だ。事件や犯人の名前などは伏せてあったが、すぐにそれとわかる。殺人犯となった男の息子に当たるのが、蟻砂だというのだ。

 当時のニュース映像に切り替わった。

 歩きながら淡々と解説するレポーターが、ボロい平屋の前で止まる。

「この家に幼児を連れ去り、暴力を振るい、容赦なく殺害を繰り返し、現在わかっているだけで、一人の女の子、二人の男の子の、三人の幼い命が奪われています。救出された幼児は、意識不明の状態が続いています」

 テレビの画面に犯人の顔が映った。

 そのとき、誰かが叫んだ。わめき声に近いような、





 ……叫び声が響く。





 ……叫び声が響く。





 ……叫ビ声ガ罅ク





 ぼくから発せられていル?





 ぼくは、ひとしきり叫んだあと、腹の底から わだかまった闇を嘔吐した。

 目に激痛が走る。

 両手で両目をふさいだ。

 ゆっくりと手のひらを広げると、左の手のひらだけ血におおわれていた。





 いくら同じ顔の双子といっても、性格は全然違う。弟はおとなしく、兄貴面したぼくの言うことを黙って聞くようなやつだった。

 世間では幼児を対象にした連続殺人事件の話で持ちきりだった。それも比較的近いところで起きていた。あちこちのゴミ捨て場に棄てられ、発見された遺体はバラバラで、どの子どものどの部分なのか、わからない状態だった。

 当時のぼくにはぴんとこない話だ。あたりまえだけれど、外で遊ぶ子どもなんていなかった。事件発覚から二ヶ月以上、家のなかだけで過ごし、いい加減飽きていた。幼稚園には通っていなかったから、遊び相手はソルだけだった。マリアは、お母さんの知り合いの子どもで、事件があってから、きてない。マリアは幼稚園に通っているから、つまらなくないだろうなって羨ましかった。

 お母さんが買い物に出かけたとき、ぼくはソルに外へ行こうと話を持ちかけた。いい子ちゃんのソルは「ダメだよ」とひ弱に言った。ぼくはソルがテレビに夢中になっているのを見計らって、そっと外に出た。

 公園まで走り、すべり台の階段を一気に駆け上がった。てっぺんに立つと、太陽がやけに近く感じた。長そでをたくし上げて、すべり降りた。すぐに飽きて、ソルと作った基地へ向かった。基地といっても雑草が生い茂ったところに、木々や小石を拾い集めてまわりに敷いただけの小さなものだ。ソルとふたりで座ったらぎゅうぎゅうだけれど、ぼくたちには楽しい秘密の基地だった。ぼくはそこで、ひとりで遊んでいた。ここは基地だから安全だ、そんなふうに思っていた。

 どのくらいそこにいただろうか。

 パトカーのサイレンが聞こえ、急に不安になって立ち上がった。

 買い物帰りなのか、スーパーの袋をぶら下げたおじさんと、ふと目が合った。

「ボク、ひとり? 危ないよ」

 おじさんは優しく笑った。

「おうちどこ? 送っていってあげる」

 おじさんは優しかった。

 けたたましいサイレンの音が通りすぎていく。

「犯人……捕まったみたい……ねえ」

 おじさんの言葉は、サイレンに虫食われてよく聞き取れなかった。犯人は捕まった、と聞こえたような気がした。

 強い風が吹いた。木が揺れ、若葉が千切れて雑草の波に飲み込まれていった。ぼくとソルの小部屋が垣間見えた。

「それは基地かい?」

「うん。秘密だよ」

「おじさんもこの奥に基地があるんだよ」

 ぼくはよほど目を輝かせていたに違いない。

「くるかい?」

 秘密だよ、そう言っておじさんは雑草脇の細い道を入っていった。

 わくわくした。おじさんの基地はきっと大きくて、敵を惑わせるようなしかけがいくつもある本物の秘密基地に違いない。ぼくはおじさんのあとをついていった。

「ここだよ」

 見ると、普通の平屋だった。あたりを見渡したけれど、どこにも基地らしいものなんて見当たらなかった。ぼくはおじさんの顔を見た。もうおじさんには笑顔がなかった。おじさんはもう一度言った。

「ここが、おじさんの基地だよ」

 見るからに立て付けの悪そうな扉を横に開けて、ぼくはなかに押し込まれた。おじさんの背後で鍵の閉まる音が聞こえた。

 遠くでパトカーのサイレンが鳴っている。

 家のなかはぐちゃぐちゃでゴミがたくさんあった。つんとした異臭が鼻を突く。嗅いだことのない臭いだった。ゴミ出しの日に、お母さんが持っていく生ゴミよりも、もっともっと荒んだ臭い。気持ち悪い。

「帰る」

 振り向くと、おじさんが立ちはだかった。

「帰るんだー!! どけろ!!」

 騒いだぼくの口を、おじさんは手でおおい、ふさいだ。 

 ヤニ臭い指をギッと噛むと、おじさんは無言でぼくをぶっ飛ばした。勢いよく飛ばされながらも、テーブルの角がスローモーションのように目に迫ってくるのがはっきりと見えた。ぼくは目をぎゅっとつむったが、角は的確に眼球をとらえた。あまりの激痛に体中が痺れ、意識を失った。

 薄れゆく意識のなかで、ぼくはおじさんの虫食い言葉をはっきりと羅列していた。

「犯人に捕まったみたいだねえ」





 目が覚めると事務所のソファーにいた。

 マリアが寄りかかるようにして寝ていた。マリアの頭を撫でようと、伸ばした手を……裏返した。が、血のあとなどどこにもなかった。

 ぼくはどうかしちまったんだろうか。

 眼の奥が疼く

 ……痛い

 眼の奥?

 ケガをしたのはソルだろ

 もやみたいなのがぼくをとりまく

 目を凝らしてよく見る

 肉……

 肉片?


 ニンゲンノチイサイユビ


 そうだ薬を飲んだんだ。

 飲みすぎたか……

 マリアが目を覚ましたら、また怒られるな。





「キル! 危ない!」

 メンバーのひとりに腕を掴まれて、ぼくは階段から落ちるのを免れた。

「大丈夫か」

「平気だ」

「少し、休まないか?」

「もうライブ始まっちゃうよ」

「違う、少しバンド活動を休止しないかってことだ」

「ヤダよ」

「疲れきってる。この前だって、ステージから落ちたし。怪我なくてよかったけど、このままじゃ」

「平気だっつったろ」 

「だけど……キル……目が見えてなくないか?」

「ぼくにはおまえのつぶらな瞳がよおっく見えてんぜ」

 ぼくはKiLとなってステージに上がる。

 なぜだっっ

 ぼくはぼくでいられるからだっ

 ソル、おまえのことを考えなくてすむ。

 澱みのない真正なぼくでいられるんだ。そうして愛すべきミラーたちを、ぼくの血反吐で汚したい。

 わかっている。

 目が見えなくなっていることなんて。

 時期、ぼくはステージに立つことはできなくなるだろう。

 ギグを終えて、控え室のでかい鏡の前に立ち、ささくれた息を吐いた。

 疲れているだけなんだ。

 ソルはぼくを見て、

「時間がないんだよ」

 と言った。

「うるさい」

 ぼくは苛立ちを拳に込め鏡にぶつける。鏡に亀裂が入り、分割したぼくが映った。ちょうどノックがして、返事をすると、蟻砂が顔を出した。

「なんだ、アリスナか」

「器物損壊罪だぞ」

 そう言って蟻砂は、証拠品の損壊した器物を踏んだ。

 指先に垂れた血を舐めながらぼくは言った。

「来てたの」

「暇だからな。今」

「ねえ。ホントに解散するの?」

 蟻砂は頷いた。

「それでいいの?」

「だから進むんだよ」

 ふうん。

「週刊誌の記者が来た。おまえのこと嗅ぎまわってる」

「ぼく? マスタアドじゃあるまいし」

「……あの事件のことだ」

 鏡越しに蟻砂と目が合った。ぼくは首を振る。

「ぼくじゃない。ぼくの弟だ。ぼくの弟が生き残ったんだ。なあ、ソル。あれ、さっきまでここにいたのに」

 ドコヘ行ッタンダ?

「キル、俺は真実が知りたいんだ」

 蟻砂はぼくの腕を掴まえた。

「真実? 真実ならソルが持ってる」

「ソルなんてどこにもいねえよ」

 ぼくは蟻砂の手を払い退けながら言った。

「おまえ、やっぱり似てないな」

「なに言ってんだよ」

「あの男に。あの男はもっと、情にしがみ付いていた」

 蟻砂が黙る。

 ぼくも黙る。

 ……待てよ。なぜだ。なぜ、ぼくはあの男を知っているんだ?

 フクシュウ……。

「復讐?」 

 ぼくの微かなつぶやきを、蟻砂が復唱した。

「なあ、蟻砂。ぼくは誰なんだ?」

 祈流ナノカ?

 ぼくは蟻砂の踵に踏まれた鏡の端を見つめた。

「……ソル。おまえ、どこに行ってたの?」

「キル?」

 蟻砂がぼくの名らしきを呼んだ。

 ぼくハ祈流ナノカ。

「ソル。アリスナが真実を知りたいって言ってる。教えてあげてよ」 

 割れた鏡に赤い眼が覗いて、ソルが返事をした。

『なに言ってるの? キルもいたじゃない』

 ぼく?

「だって生き残りはひとりって」

『そうだよ。おまえがひとり生き残ったんだ』

 ぼくがひとり?





 思い出してよ、祈流…

 その眼の奥に焼き付けた映像を。


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