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乙女ゲーム系短篇集

狂った歯車の結論。

作者: 軋本 椛


 ネタが思いついて一気に書き上げてしまった……。


 乙女ゲーム系の小説を読んでいない人には解りにくいかもですw


 読んで下さり、ありがとですっ!





「ずっと前から、あなたのことが好きでした…っ」



「……ありがとう。でも―――――…」





   ◇





 ―――――『物語』というものは、少しのイレギュラーが存在しただけで簡単にズレる。


 それは大体軌道修正が可能な程度で、『物語』の修正の力も働いていくものなのだけれど、大きくずらしてしまったストーリーは修正の力ではどうにもならなくなり、方向性が変わる。

 その結果『分岐』が起き、本来のストーリーとは違った別の『物語』に組み変わることがある。

 ……『物語』にとって重要なのは内容ではなく、ストーリーが始まりから終りへと収束していくことなのだ。

 そして、『分岐』を挟んだそれはいくつもいくつもifを生み出し、時には中心となる主人公までが入れ替わる。

 例えば、脇役やモブと呼ばれる彼等に、主人公という立場が転がり込んでくる。

 ……もしそれで世界が終ってしまっても、『物語』にはなんの支障もない。むしろまた新しい『物語』が派生していくことだろう。


 ――――――さて。一つの例として、ここに一人の少女が居る。


 彼女は伯爵家の次女として生を受け、貴族の女性として生きていくはずだったが……彼女という存在に、一つの転機が訪れた。

 ある日、何時ものように躾を習うはずが、唐突に熱を出してしまったのである。

 三日三晩、彼女は高熱にうなされた。そして熱が下がり意識を取り戻したとき、彼女は既に、今までの彼女ではなかった。

 ……彼女を根本から変えたのは、彼女が思い出した前世の記憶。

 守られる立場ではなく守る立場を貫いていた前世に感化され、母の反対を押し切って彼女は剣の道を志した。

 女を捨て、男としての道を。

 華やかなドレスではなく、動きやすい男性の服を。

 いつしか少女は戦争に出陣し、目覚しい活躍を見せて、王の覚えもめでたい一人の騎士となった。

 誰も彼女を女だと軽んじることはなくなった。

 ……そしていつしか、彼女自身も自分が男なのか女なのか解らなくなって、自分のあり方に疑問を抱き始めた頃、彼女は自分が守りたいと思うものを見つけた。


 ―――――簡単にまとめれば、これが彼女の人生である。


 余りにも波乱万丈で、普通だなんて言えなくて、どうしようもなく『物語』に相応しい。

 ……本来彼女が辿るべき未来は破滅であった。

 前世の記憶も取り戻さず、剣を習うこともなく、伯爵令嬢として婚約者に釣り合うように自分を磨く貴族の娘。それが、本来あるべき少女の姿だった。

 学園に通い、転校してきた一人の少女に自分が持っていた全てを奪われ、醜く嫉妬し権力を振るって、悲しい結末を迎える筈だった。

 ……それは、決められていた役割。

 主人公を引き立てるために悪役として、噛ませ犬として用意されていた脇役。

 そう進むべきだったはずの『物語』が、彼女が前世を思い出したという、ただそれだけのことで脆くも崩れ去った。

 新しい『物語』が生まれた。

 そして、また新しいストーリーが紡ぎ出される。

 ……狂った歯車は、別の歯車と噛み合って『物語』を進めるのだ。




 ――――――はてさて、一体。彼女の『物語』に噛み合った歯車は―――――…











 ………お願い…、間に合って…っ


 膝より長い制服のスカートを翻らせて、わたしは走っていた。

 長い長い、どこまでも続きそうな廊下。

 普段は憂鬱な授業への移動教室で心を決める役に立っていたそれは、今この時に限っては恨めしい。こんなに長く造る必要なんてないのに。

 そもそも、王立であるためかこの学園は無駄に大きい。装飾も本当に学園なのか疑ってしまうほど豪奢で極め細やかなものが多く、今のわたしのようにこうして走る行為は危険だと言って良い。

 しかし、例えつまづいて怪我をしたとしても走らねばならない理由があるのだ。

 距離が遠くなかなか着かないことに、柄にもなく悪態をつきそうになり、唇を噛んで耐える。

 手入れのされた桜色の唇が切れ、血の味が口の中に広がった。

 ……溢れてきそうになる涙で、視界が歪む。


「っ……!!」


 ぼやけた視界で走っていたせいか、それともヒールのある靴で走っていたせいか。足元がぐらついたような気がして、転倒する。

 小柄で、女子と比べても小さいと言われるわたしの身体は、簡単に床を転がった。

 絨毯のおかげで大怪我をすることはなかったが、手足に擦り傷を作ってしまい、左足もひねった。…こんな時ほど、非力なこの身体を恨んだことはない。

 壁に手をついて、身体を起こす。

 手助けしようとしてくれる女生徒の手を拒否し、保健室に運ぼうとする男子生徒に首を振って断った。


「彼女を…、あの人を見ませんでしたか……っ?!」


 取り乱したわたしに、何時もの穏やかな印象は残っていなかっただろう。

 戸惑う生徒たちは顔を見合わせ、彼女を見かけた生徒は恐る恐るというように校舎内の空き教室だと告げる。……彼女の名前を告げた気もしないのだが、こうして理解して教えてくれるということは、事態は大事件と成り果てているらしい。


「っありがとう…!」


 ――――――どうしてわたしは、事態を軽く見て放置をしてしまったのだろう。

 彼女から受けた相談をもっとしっかり聞いて、対処をしておくべきだった。

 ……でもまさか、彼女が疑われるだなんて一切考えたこともなく、心配したことも無いのだもの。


 彼女が褒めてくれて、好いてくれた身体が傷ついていく。

 結わえた髪が解けてリボンも落としてしまって、さっき転けたせいで制服も汚れてしまった。労働を知らない柔な肌は簡単に傷ついて血が滲み、壁に手をついて身体を支えていたからか、指先も荒れてしまった。

 ……こんな姿で会いにいくのは嫌だけど、嫌われてしまいそうで怖いけど、でも嫌われてもいいから彼女の助けになりたい。

 そんな気持ちだけで、わたしは動く。

 もう後悔なんてしたくない。わたしから動かないと事態が好転することはない。


 ――――――そんな思いは、あの時と変わらない。


 彼女に想いを告げた、あの日。

 叶うなんて思っていなかったし、彼女にとってもきっと予想外だっただろう。

 ……でも、最後には笑ってくれた。

 温かく微笑んで、わたしを受け入れてくれた。


 ――――――だからそれを、彼女を、裏切りたくない。


 普段から運動することも、ましてや鍛えることもないわたしの身体は、酷使する事に悲鳴を上げる。

 これが終わったら少しくらい鍛えておこうと、希望観測的に未来の予定を内心決め込んだ。

 ……足を引きずるように、前に進む。

 周囲で心配して手助けをしてくれる学生たちの親切に、心から感謝をした。


 ――――――彼女たちが手伝ってくれた分、わたしが頑張って奮闘しないと。


 開きっぱなしの扉が見える。

 他の使用されている教室と形式は同じだけど、使われることのない部屋。大体は会議や生徒のサボる場所として使われていて、これまた呼び出しの場としても使われる。

 ……今はそこから、複数人の声が聞こえた。


 一つは、耳障りな金切り声。

 それと同調するように、戸惑っているように4人の男子生徒が話している。

 対して、たった一人で彼等と相対する長身の影は、見覚えがありすぎてわたしが愛しいと思う彼女の姿だ。

 彼女が何かを答えると、女生徒が耳に痛い声で何かを叫ぶ。

 男子生徒達は女生徒をなだめたり同調したりと、まとまりのない行動をしていた。

 ……そんな男子生徒たちの顔ぶりを見て、わたしは足を止める。

 沈黙して眺めていれば、上がっていた息がいつの間にか落ち着いていた。

 ゆらり、と幽鬼のように身体が揺れる。

 悪態を堪えつづけていたはずなのに、わたしの口からは舌打ちがはじき出された。

 ……重い身体を壁に預け、相対する彼等を見た。そして、口を開く。


「―――――ねぇ、何をやってるの」


 沈黙。

 さっきまで喚き続けていた女生徒までが黙り、わたしを見る。

 男子生徒達と彼女の目が、驚いたようにわたしを見つめて固まっていた。

 ……微笑んで、もう一度言う。


「ねぇ、答えてよ。……何遣ってた訳?」


「っ……それ、は…」


 言いづらそうに男子生徒の一人が言う。彼を見れば、動揺したように視線を彷徨わせて、俯いた。

 ……全く。こんなのが時期王じゃあ国が荒れるよね、不甲斐ない。

 彼女に視線を移せば、硬直から解放されて戸惑うようにわたしを眺めていた。

 柔らかく微笑めば、安心したように近づいてきて、きつくではなく壊れ物を扱うように抱きしめてくる彼女。その擽ったさに、思わず抱きしめ返した。


「大丈夫だった? そこの馬鹿王子に殴られたりとか、五月蝿い金切り女に引っかかれたりとかしていませんか? ……怪我、してない…?」


 そっと離した後、小首を傾げて問えば「心配無い」という彼女の言葉。それに安心して息をつけば、わたしの怪我の方がばれてむしろ心配された。


「ああっ、手も血が滲んでるじゃないか! 髪も何時も綺麗に編み込まれているのに解けてしまって……済まない、私のせいだな」


「違います! わたしが勝手に慌てて走ってきて転けてしまっただけで…」


「転けたのか!? ……嗚呼、痛いよな。痛いに決まってる。…保健室…いや、この場合治療師か…? ああっ、この学園で腕の良い医者は…っ」


 怪我をしたのはわたしだというのに、わたし以上に動揺して混乱した発言を始める彼女に、密かに安堵した。

 ああ何時もの彼女だと安心して、微笑む。


「大丈夫ですよ。心配いりません、イル」


「しかしだな、エディ」


 お前のきめ細やかな美しい肌に傷が残ったら。と、恥ずかしげもなく熱弁する愛しい婚約者を微笑ましく思いながら彼等を見る。

 “僕”に見据えられた彼等は怯えたように肩を跳ねさせ、顔色を一斉に青くさせた。

 ……ようやく落ち着いたかに見えたその場に投げられる、一つの投石。


「あっ……あなた誰よ!! いきなり出てきて、何なのよ!!!」


 うるさく喚くその声に、わたしは眉をひそめた。

 それを見た彼等がどうにか落ち着かせようと声をかけるが、その金切り声が収まる気配は無い。

 侮蔑するような目で女生徒を見る彼女の頭をひと撫でして、わたしは今度こそ元凶に向き合った。

 ……思った以上にイルの背が高かった。…牛乳飲も。


「わたし、ですか…?」


 一応の確認のために問いかければ、「そうよ!!」と肯定的な言葉。

 確かにわたしとイル、彼等の関係を知らないままこうして現れたというだけでは、彼女にとって満足いく現状ではないのかもしれない。

 正式な挨拶として、わたしは右手を左胸に当てる。

 女性ならあるべき柔らかい膨らみは、わたしには存在しない。

 静かに腰を折って礼をして、私は名乗った。


「お初にお目にかかります。リントブレイラー伯爵家が次男、エドウィン・リントブレイラーと申します。以後お見知りおきを」


 にっこりと、イル…イルレイヤ曰く、極上の作り笑顔のおまけ付きで。

 目の前に立つ、わたしにとって興味の対象でもなかった女生徒は目を見開いて唇を震わせる。


「うそ……何で、攻略対象が…」


 彼女が何に驚き、何を言いたいのかはわたしには解らない。

 けれど、どうやら動揺を誘うことはできたらしい。

 ……さて、ここからどうやってこの人に反省してもらいましょうか。


 ―――――だって、僕の最愛の人を罠にかけようとしたんだもん。死刑、だよね。




 憐れな子羊のふりをしていた狼は、羊の群れに入り込んできた山羊に牙を剥く―――――…






    ◇





「ずっと前から、あなたのことが好きでした…っ」


 “僕”が“わたし”になった日。

 叶うはずがないと解っていて、僕は告白した。

 ……だって彼女は、


「ありがとう。でも、ごめん……私は女の身ではあるけれど、男と結婚する気は無いんだ」


 彼女は、男に苦手意識を持っている。

 男ばかりの環境で育ったせいか、恋愛の対象が男ではなくなってしまった。

 ……でも、だからといってここで身を引くというのは男が廃るというもので。……彼女の為なら全てを捨てても良いと思っていた僕は、玉砕覚悟で言っていた。


「だったら!! ……だったら、僕は……あなたの好みに成れるように、頑張るから…」


 女性にはなれないけど、どんな女性よりも美しくてあなたを支えられる人になるから。


 ……そう言った僕に、困ったように笑って彼女は告げる。


「―――――ここまで本気でぶつかって来られたのは初めてだ。……うん、これから宜しくね。可愛くて逞しい私の婚約者」






    ◇




 後に、彼女たちは言う。



「――――――最初は、物珍しさもあった。


 愛せるのか不安に思ったし、疑心もあったよ。


 でも……そうだな。いつの間にか、愛しくなっていた。


 今ならエディが女装をしていなくても、愛しているのだと胸を張って言える。


 え? ならどうして未だに女装をさせたままなんだって?


 そりゃあ決まってる。――――可愛いから、だよ」




「―――――後悔は、しています。


 わたしが変わるんじゃなくて彼女を変える。


 イルに守られるんじゃなくて共に戦う道もあったのではないかって。


 ……でも、不思議とやり直そうとは思わないんです。


 もう一度繰り返すなら他の道を選ぶかもしれませんが、やり直そうとは思わない。


 ――――わたし、これでも満足しているんです」





 後世に残った一族の記録には、彼等のことはしっかりと記録されている。



 ……彼女達は、前代未聞の夫婦であった、と。






《おまけ》


※子供が出来た後の会話。


「ルーシャね、しょーらいはおとうさまみたいな、かれんなおひめさまになるのー」


「ぼくはおかあさまみたいな、すっごいきしになる!」


イル・エディ「えっと……まぁ、うん。成れると良いな(ね)」



 ↑絶対反応困るよな、と思ってしまったり。


 娘と息子にも性別通りの扱いを受けなさそうw

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[良い点] 最後が特に面白かった!
[一言] 前半はちょっとよく分かり難かったけど、後半で大体分かったので面白かったです。
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