青年は青を見る2
大吾はうっすらと目を開けた。
体を起こして辺りを見回すと、先程までいたビルの壁に機構兵がめり込んでいる。
胴体がひしゃげ、腕はあらぬ方を向いて関節部を露わにし、完全に機能を停止させていた。
びくりと身を震わせる大吾の下で、柔らかな布地が形を変える。
「は?」
素っ頓狂な声をあげて体の下を見ると、白い布地のクッションのような物の上に大吾はいる。 空を見上げると、自分が壊したフェンスが、ビルの端で頼りなげに揺れていた。
視線を下に戻すと、ゆっくりと自分に起きたことを振り返る。
空を見に地上に上がった事。 ビルから機構兵を見つけ、驚いた拍子に偶然背後からの襲撃を回避した事。 起死回生の体当たりで自分もろとも機構兵を空中に弾き飛ばした事。 そして――――見た。 朝日を浴び、皸だらけのアスファルトを走る長身の騎士を。
そこで記憶は途切れている。
先ず思ったのは、何故自分が生きているのかという事だ。
あの高さから落下し普通は生きておられまい。
どうやらその答えはこの体の下の物らしい。 上体だけ起こした大吾の体は、その殆どが、何か柔らかなクッションのような物で包まれている。
偶然これの上に落ちたという事か。
よくもまぁ、生きていたものだ。 正直この直近五分間の記憶の内で死んだと思える場面が数える程ある。
だが、とりあえずは、生きている。
「そんなに日頃の行い良かったかな」
冗談めかして言ってみるが、何処からも返事は無い。
それよりも、自分が何故生きてるのか、無論哲学的な意味でなく、の答えが出たところで、次の疑問。
何故目の前の機構兵は破壊されて壁に埋まっているのか。
めり込んで破壊され……それは分かる。 ただし、それが床ならばだ。 どうして高所から落下した機構兵が壁に埋没するのか。
「俺と同じくこのクッションの上に落下したものの、あまりの重量でクッションの反発力が暴走、壁に叩きつけられた」
いや、馬鹿馬鹿しい。 声に出してしまったことを後悔するような奇想天外な発想だ。
大吾は周りに人影がないか恐る恐る見回して、ほっと息をつく。 今のを誰かに聞かれていたら軽いトラウマものだ。
まぁいい。 機構兵が何故やられているのかは今考えなくてもいい事だ。 自らの好奇心を満たすためだけにこの場に止まる理由はない。 いつ機構兵の仲間が集まってくるかも分からないのだ、さっさと逃げ帰るのが吉だろう。 屋上から見えた機構兵とはビルを隔てて反対側にいるとはいえ、すぐそこにある十字路と先の機構兵がいた道は繋がっている。 順当に道を来たらすぐに見つかってしまうだろう。
モゾモゾと這ってクッションから降りようとしたその時、大吾の傍で何かのノイズ音。
そちら見やると、小型の無線機がポツリと置いてある。
機構兵の物ではない。 奴らは内臓式の無線装置で互いに連絡を取り合っているはずだ。 となると、一体誰のものか……
大吾は無線機を拾いあげると、顔まで持ち上げる。
聞こえていたノイズ音がピタリと止んで、男の声が流れた。
『そこを動くな。 周辺の安全は確保してある。 数十秒で一帯の敵性個体の掃討が終わる。 それまで待て』
声はそこまで一方的にまくし立てると、再びノイズに変わった。
大吾が言葉を挟む隙など一切無い。 こんなものに構わず行くべきだろうか。 ただ、気になる単語が一つあった。
「そうとう……。 敵性個体、そうとう、ってなると掃討だよな」
この無線機が機構兵の物でないとして、ならば先の声の主は、何を、掃討しているのか。
大吾は壁に埋まった機構兵を見やる。
もし、声の主が大吾の思った意味で、大吾の思ったものを『掃討』しているなら、果たしてそれは一体どのようなものなのか。
落下の最中に見た騎士だろうか。 いや、あれはない。 あの騎士は恐怖が見せた幻覚の類だろう。
となると、新型の兵器か。 きっと機構兵を一瞬で無力化出来るレーザー兵器のようなものに違いない。 或いは――――
「おい、聞こえているのか」
思考の世界に浸りかけていた大吾は、背後からかけられた声に即座に反応することができなかった。
「聞こえているかと聞いている」
「え? あ、は?」
間抜けな声で振り返ると、そこには見慣れぬ色の目をした男と、鎧の胸部を外開きにした、巨大な、巨大な甲冑があった。
その兜の形、鎧の曲線、神々しいまでに輝く銀の白。 どれもが記憶に新しい。
たった今幻の物と断じたそれが、目の前に質量を持った現実として厳然と存在している。
大吾の唇から乾いた笑いが漏れた。
眉をほんの少し動かし、怪訝そうな顔をした見知らぬ男は、大吾に手を差し出す。 殆ど起こされる形で立ち上がると、男は心配そうに大吾の顔を覗き込んだ。
「落ちた時に頭を打ったか? すまない、他に良い方法が思いつかなかったんだ」
騎士の手を伝ってクッションから降り、それが何であるか初めて知った。
クッションだと思っていた物は、その裏面を硬質な金属で構成しており、真円型のそれは騎士の鎧と同じ色をしている。 どうやら目の前の馬鹿でかい騎士の盾であるらしい。
男曰く、落下する大吾を見て、瞬時に盾の衝撃吸収機能を全展開、盾を滑り込ませる形で大吾の落下を受け止めたのだとか。
「何にしろ、助かって良かった」
男は唇の端を数ミリほど上げ、よく見なければ分からないような笑みを作る。
と、騎士から突然のアラート、その直後に機械的な音声が流れる。
『告。 彼ノ者ハC:000ノ適正者也。 至急蟻塚ニ連レ帰ル可シ』
訳も分からぬままの大吾の目前で、男が目を見開いた。
「なんだと! 蟻塚に連絡はしたか!」
『愚問也。 蟻塚、森司令ニ申告完了』
男は大吾を向き直ると、険しい表情で告げる。
「月並みな言葉だが、君を返すわけにはいかなくなった。 私と一緒に来てもらう」
「いや、意味が分からねぇよ。 助けてもらったのは感謝するけど――――」
当惑する大吾を騎士がつまみ上げる。
先に乗り込んだ男の隣に大吾は放り出されるように乗り込んだ。
「多少狭いが、我慢してくれ。 一人用なんだ」
確かに、騎士の内部は極端に狭い。
大吾が立っていても何かしらの計器に接触してしまう。
「こちらのコントロールを全部切って、自律行動で蟻塚に帰投しろ」
『了』
男の嵐のような勢いに、大吾は訳も分からぬまま、ただ、流されていた。 或いはそれは渦であったのかもしれない。 逃れようのない、運命の大渦。
夜中に書いてたので誤字脱字多いかもしれません……