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第四話

 部屋の中は真っ暗だった。息苦しさで目が覚めた。知らぬ間に眠ってしまったようだ。灯りをつけようと思ったが、どこにあるのかわからない。すぐ横に何かがいるのを感じた。暗闇に目が慣れてくると、それは女のように見えた。両手を頭の上で縛られているようだ。顔にかかった髪で表情は見えない。下着以外身につけていないように見えた。

 押し殺したような嗚咽と、時々洟をすすり上げる音がかすかに聞こえる。彼女は泣いているようだった。助けたい…と感じたその時、真っ暗な部屋の中に強烈な光が突き刺さり、白い壁が目もくらむほど光った。

 部屋の中に何かが侵入してくる気配を感じる。

 女が息を飲む音が聞こえる。まぶしくて何も見えない。


 喘ぐように何度も息を継ぐ音。

 細くどこまでも引き延ばすような小さい叫び。

 大きく息を吸い込む音。

 不意に何かが動く気配。

 壁にぶつかる衝撃。

 くぐもった声でうめく。

 長かった。

 また、すぐ近くで衝撃。

 甲高いが小さなうめき声。

 また衝撃。

 何度も続いた。

 激しく呼吸する息。

 ごぼごぼという音が混じる。

 鼓動が速くなる。

 誰の心臓?

 鼻を抜けるうめき声は、どんどん低く。

 壊れて回転が落ちて行くレコードプレイヤーのように。

 また衝撃。

 水を撒くような音。

 錆びた金属のような臭いが辺りに充満する。

 固いもの同士がぶつかる音。

 もう声は聞こえない。

 何が起こっている?


 知らぬまに目をつぶっていた。

 ゆっくりとまぶたを開ける。女がいた場所が廊下の明かりに照らされていた。天井近くを這う太いパイプに縛り付けたロープが、女の両手首を拘束していた。持ち上げられた両腕は驚くほど白い。ストレートの髪に包まれた頭は、がっくりと前に垂れている。白い下着は破れて落ち、床に溜まった液体を吸って真っ赤に染まっていた。彼女の胸から下には幾筋もの赤い亀裂が走り、腹側は破れた袋のようになっていた。破れ目から赤黒いものが垂れ下がり、ぶるぶると揺れていた。


 とてつもなく大きな叫び声が聞こえて目が覚めた。

 飛び起きて天井を見る。俺の部屋だ。周りを見回しても血だらけの女などいない。

 どうやら自分の声で目が覚めたらしい。全身に冷たい汗をかいて、酷くのどが乾いていた。あれは夢だったのだろうか。

 いや、俺と九里絵の特別な繋がりを思えば、単なる悪夢だとはとても思えなかった。全身に悪寒が走る。九里絵は今にも殺されようとしているのか。それとも、さっきの映像こそが彼女の最期だったのか。

 部屋の床に転がっていたペットボトルのフタを開け、中を見ずにのどに流し込む。生温いミネラルウォーターなのに、なぜか血の匂いがした。携帯を探して広江に電話をかける。何度もコールするが出なかった。枕元にあった液晶表示の目覚まし時計を見る。午前五時少し前。そろそろ夜明けだった。

 のどの渇きは治まったが、全身の震えがまだ止まらない。

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