最終話
高校の同窓会から案内の手紙が届いた。二年の冬から休学して、卒業もしていない俺のところにも案内が来て驚く。みんなどうしてるだろうか。
リカが死んでから、俺は南の島にいた。サトウキビ畑で農作業の手伝いをしながら、宝石の色をした海をずっと眺めて過ごしていたのだ。東京の実家から転送されたその手紙を読んで、三年ぶりに帰ってきた。
朝から生憎の雨だった。普段着慣れないスーツを着て会場に到着すると、懐かしい顔が何人か受付に座っていた。笑顔で迎えてくれる。みんなリカのことを知っているので、何も聞いてこない。たった三年でまわりはずいぶんと大人になったようだ。果たして俺はどうだろうか。
当時生徒会長をやっていた奴が、マイクを掴んで挨拶をしていた。
グラスを片手に、いつの間にか親友の顔を探している自分に気がついて苦笑する。
「久しぶりね」
坂下九里絵だった。黒のドレスを着て化粧をした彼女は、びっくりするくらい綺麗になっていた。シャンパングラスを持ち、首を傾けて微笑んでいる。初めてみる坂下の笑顔だ。
同窓生の男達や若い教師が彼女に熱い視線を送っている。しかし、残念ながらもう手遅れだ。
「結婚おめでとう」
「ありがとう。そう言ってくれるの、あなただけよ」
「だろうね。奴はどうしてる?」
「体は元気だって。まだ面会は許可されないのだけど…。ずっと泣き続けていて、もうまともな会話も出来ないみたい…」
彼女の表情は寂しそうに見えた。俺は黙ってうなずく。
事件後、しばらくして果陸は心に変調を来してしまったらしい。最近になって坂下からの手紙で知った。リカの死を自分のせいだと思い込んでいるようだ。
俺が自分の心を守ろうと現実から逃避している間に。本来なら狂うべきは俺の方だったのに。それが何故か少しだけ妬ましい。そして今でも正常な自分に罪悪感を感じていた。
会話が途切れる。
「君は今、何をしてる?」
「本業はまだ大学生。でもベンチャーの小さな会社を三つ経営してるの。それから来年の春に個展を開くわ」
「驚いたな」
「全部、果陸と私の成果よ。だから結婚して一生彼の面倒を見ようと思ったの」
「どうして…」
言いかけてやめる。南の島で考えていた三年間で、命の尊さだとか神の存在だとか、そんな幼稚でごくありふれた思索を一通り通過したら、その先には何も見つけるべきものは無かった。リカの死は、俺に何ももたらしてはくれなかった。坂下は、彼女は、廃人同様になってしまった果陸から、一体何を得たのだろうか。あるいは、これから得るつもりなのかも知れない。
「妻ですもの」
九里絵が当たり前のように微笑む。
「これからもずっと彼と一緒」
そう呟いた彼女の瞳は、雨あがりの夕焼けを見ていた。
***完***
一卵性彼女はこれで完結です。お読み頂きましてありがとうございます。
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