第十話
階段を駆け上がると、三階の廊下の端に彼が倒れていた。胎児のように丸くなっている。体が小刻みに震えていた。急いで駆け寄り、すぐ横に座り込むと、肘をついて果陸の頭を抱き上げた。汗で顔に貼りついた髪を指先ですくい、頬を寄せた。
「俺が…。俺が…」
果陸はうなされるように呟きつづける。
「思い出したのね」
彼は知ってしまった。心は恐怖と後悔で、いまにも押しつぶされてしまいそうだった。
こうならないように、記憶をシャットアウトして彼に見せないようにしていたのに。彼自身の脳のどこかにも残っていたようだ。
堰き止めておいた記憶が溢れ出し、二人の脳のシェアリングが復活してフル回転を始める。
俺が殺した。俺が殺した。俺が殺した。俺が殺した。俺が殺した。俺が殺した。俺が殺した。俺が殺した。
リカが死んだのはわたしのせい。あなたのせいじゃない。
二人の思考は、高速で回転しながら捻れ、混ざり合い、ゆっくり融合していく。
罪を君が一人で背負い込んでいたんだ。
あなたに罪はないわ。
ナイフを握っていたのは俺だ。
それをさせたのはわたし。
あなたは何も知らないのよ。
知らないのも罪だよ。
知らないようにしたのもわたし。
そうやって俺を守っていたんだ。
あなたがわたしを守ったように。
俺は忘れることで救われた。
わたしは黙ることであなたを救う。
俺は殺すことで君を助けた。
わたしは祈ることで助けられた。
信じることで騙された。
叫ぶことで殺された。
食べることで空虚を忘れた。
眠ることで癒やされた。
思考することでお互いを試した。
泣くことであなたを感じた。
君を感じるのは難しい。
努力が足りないのよ。
努力なんて言葉は曖昧だよ。
愛と置き換えてもいいよ。
それはもっと曖昧だ。
曖昧なのはいけないこと?
答えを出すには議論がいるね。
左右の脳で議論する人はいないよ。
普通の人だって逡巡くらいするよ。
迷いと議論は別物だよ。
結果は同じだ。
あなたは二人がいい?
二人でいる必要はないね。