第96話 大丈夫だ!
僕は話し終わってみんなを見た。みんな真剣な顔で僕の話を聞いてくれていた。
ポツ、ポツ。
僕の右手に温かいものが落ちた。僕の右手を握っていたメイちゃんの目から涙が落ちる。それを見て僕の目からも涙が落ちた。
「キュウちゃん。話してくれてありがとう。頑張ったね。」
メイちゃんはそう口を動かしてから手を伸ばしパジャマの袖で僕の涙をぬぐってくれた。でも僕の涙は止まらない。
「メイちゃんのおかげで話せたんだよ。話す勇気をくれてありがとう。」
メイちゃんは首を何度も横に振った。僕はみんなの方を見た。
「みんながいてくれたから…。みんなだから話そうと思えた…。みんなが僕を必要としてくれたから…。みんなが僕を信じてくれたから…。みんなが笑ってくれたから…。ありがとう…。」
涙が止まらない中、僕は笑った。心の中で塞き止めていた感情をやっと表に出せた。たぶん今までと違う、何も遮ることのない笑顔になれた気がした。
「キュウちゃん。頑張ったよ~。あなたは頑張ったよ~。」
ユウちゃんが僕の前まできて頭をなでてくれた。
「キュウ。お疲れ。話すのはつらいよな?僕もわかるよ。」
ケンちゃんが僕の肩をポンポンと叩いた。
「キュウ!あんたはすごいな!自分の弱さや辛さを話すなんてあたしにはたぶん無理だ!」
セイちゃんが僕の背中をバシッと叩いた。かなり痛い。
「キュウ。よく話してくれた。ありがとう。」
コウちゃんがそう言って右手を出した。僕も右手を差し出す。固い握手が交わされた。コウちゃんの手から、コウちゃんの目から、『大丈夫だ!あとは任せろ!』と言われてた気がした。そんな意思を感じる握手だった。
5分後。僕はようやく落ち着いた。気分が晴れてすっきりしている。メイちゃんがそっと僕に温かいジャスミンをいれてくれた。僕はそれを飲んで自分の中にある負の感情の残りを、ふぅーっと息とともに吐き出した。
「さて。キュウの話を聞けたから、どうすればいいか話し合おう。」
コウちゃんが切り出した。みんな真剣な笑顔をしている。それが僕のためだと思うと本当にうれしい。
「あっ、その前にいいか?」
セイちゃんが手を挙げた。みんなが注目する。セイちゃんは僕を見た。
「キュウ。あんたのしたことは確かに卑怯だったかもしれない。」
僕の心臓が早くなる。不安が押し寄せてくる。
「でも、そんなに気にするほどひどいことじゃないぞ。」
「え?そう?」
驚いてセイちゃんを見た。セイちゃんは笑った。
「ああ。少なくともあたしから言わせればキュウの感覚は当然だし、そのとき『好きじゃない』って言った理由も理解できた。だからそれを許せない相手の心が狭すぎるだけだと思うぞ。」
「そうだね。僕もそう思う。」
ケンちゃんがそう言って僕を見た。
「キュウ、言い方は悪いけどたぶん君は嵌められたんだよ。クラスがまとまるための材料にされたんだ。しかも君の話を聞く限り、仕組んだ人はおそらく…」
「梅川君…。だよね…。じゃないとあの日柳田君が金森君の家にいた説明がつかないから…。」
力なく答えた僕を見てケンちゃんはうなずく。
「寂しいから友達がほしかったのはよくわかる。だけど、誰とでも友達になるのは違うと思うよ。例えば人の悪口を平気で言える人や人の物を壊したり盗んだりしても平気な人もいるから。」
僕は小さくうなずいた。
「キュウは人が良さそうだからな。あんたはすぐ人を信じるタイプだろうから。」
「セイに言われたらおしまいだけどね。」
「なんだと?」
ケンちゃんとセイちゃんの掛け合いは見てて面白い。みんなも笑っている。
「まあ、冗談も相手がそれで傷つかないならいいけど。君が言われてたのは相手は冗談と思ってても君にとっては悪口だっただろ?」
「うん。僕が言われてたのは悪口だと思う…。何で人にそんなことが言えるのかわからない。」
「僕はテレビの影響が少なからずあると思う。よくテレビで立場が上の芸人が下の芸人の短所を面白おかしく指摘して観客が笑うのがあるだろ?あれをいじめる側はやってるつもりなんじゃないかと思うんだ。下の人間の短所を指摘すればみんなが笑うと思ってる気がする。ただ笑われてる芸人は仕事だしお金になるけど、それを教室でやられたら完全にいじめだしやられた方はたまったもんじゃない。」
ケンちゃんのわかりやすい例えにみんなから歓声が上がった。僕も素直に納得できた。
「だから僕は君が逃げたのは正解だと思うよ。そのまま嫌がらせに耐えながら学校に行く必要はないよ。最低でもまともに勉強ができる状態じゃないなら学校なんていらないんだから。」
「そうだね~。私もそう思うよ~。いじめられてまで学校に行くくらいなら塾に入った方がいいと思うよ~。」
「そうだな。あたしも賛成だ。」
パン、パン。
コウちゃんが突然手を叩いた。
「話がややこしくなってる気がする。一つずつまとめていこう。」
みんながうなずく。コウちゃんのリーダーとしての素質みたいなものを感じた。
「まずはキュウ。お前のしたことだけど、みんなが言うようにそんなに卑怯なことじゃない。その程度の卑怯ならみんなやってることだから。」
「そう…なの?」
コウちゃんは大きくうなずく。
「お前のクラスを知らないから断言はできないけど、クラス全員がお前を卑怯だと思っているはずはないと思う。クラスのいじめはたぶんリーダーが率先して煽るからみんなもやらなきゃいけない空気になるんだと思う。やらなかったら自分がいじめられるって恐怖にかられて。そう考えればクラスにはお前のことを卑怯だと思ってないのに卑怯って言ってるやつがいる。そいつらの方がよっぽど卑怯だろ?だから大丈夫だ。」
みんなから歓声があがった。
「そのとおりだ!そいつらの方が卑怯だ!」
「うん。コウちゃんの言うことには筋が通ってるね。」
みんなが話している中、僕の中にコウちゃんの言葉が響き染みていく。
そうなんだ…。大丈夫なんだ…。
全部自分のせいだと思っていた。だからいじめられても仕方ないと思っていた。僕の心を締め付けていた『卑怯者』という柳田君と金森君の言葉がゆっくりとほどけていく。
「よかった…。ずっと僕のせい、自分のせいだと思ってたから…。」
僕の目から涙が落ちる。メイちゃんの手が伸びて優しく拭ってくれた。
「キュウ。お前のクラスは知らないけど、少なくともここにお前の友達が5人いる。だから大丈夫だ。自信持て。」
コウちゃんがそう言って笑った。みんなもうなずいて笑った。
そうなんだ…。友達が5人もできたんだ…。
トン、トン。
メイちゃんが肩をたたいた。僕は涙を拭きながらメイちゃんを見た。メイちゃんはジャスミンを僕に差し出しながら口を動かした。
「キュウちゃん。よかったね。本当によかったね。」
メイちゃんの目から涙がこぼれた。僕はそれをぬぐってから、コップを受け取った。
「ありがとう。メイちゃん。」
メイちゃんは「こちらこそ、どうもありがとう。」と口を動かしニコッと笑った。




