第93話 卑怯者。
「じゃあねー。モトムー。」
「うん。また明日ね。」
梅川君の家を出たのは午後6時過ぎ。楽しすぎた時間が終わったのは少し寂しいけど、明日も遊べる。僕は自転車で勢いよく家に向かって走っていく。
小学3年になってクラス替えがあり、僕は柳田君とも金森君とも別のクラスになった。前に同じクラスだった人もそれなりにいるけど、ほとんどは初めての人だった。その中で僕は今までと違い心から友達になれた人がいた。それが梅川君だった。梅川君はどちらかと言えばおとなしく、スポーツよりは勉強タイプ。僕と対等に接してくれた。命令口調じゃないし遊ぶときも何をするか一緒に決めさせてくれた。だからこそ梅川君には何でも正直に言えた。心から笑い、心から相談し…。初めての感覚だった。本当に嬉しいし幸せだった。毎日が本当に楽しかった。夏休みは川のそばの土手を自転車で走った。夏祭りに行って食べながら話をした。冬休みはこたつでみかんを食べながらゲームをしたりマンガを読んだり。
どうして今までこんな友達ができなかったんだろう…。もっと早く仲良くなりたかった…。
そんなことを思いながら楽しい日々はすごい早さで流れていった。4年生になり、夏休み、冬休みを過ごし…。気づけば春休みになっていた。
「どうなるかな?クラス替え。」
「そうだね。どうなるかな。」
「僕はまた梅川君と同じクラスがいいな。」
「そうだね。僕もだよ。でも、もし違うクラスでも遊びに来ていいよ。」
梅川君はそう言って笑った。
「でも、新しいクラスの友達と遊ぶときは?」
僕がそう聞くと梅川君は首を横に振った。
「僕も友達がいなかったから。だから大丈夫。」
梅川君は穏やかな顔で笑った。僕はほっとした。金森君のことがあったから不安だったから。
「ありがとう。じゃあ別々のクラスになっても遊ぼうね。」
梅川君は大きくうなずいてくれた。
4月になって5年生になった。梅川君は同じクラス。ただ柳田君と金森君も同じクラスだった。
二年経ったけど二人はまだ仲が悪いのかな?
そんなことが頭をよぎるけど、それよりも梅川君と同じクラスだったことが嬉しかった。
「よう。モトム。同じクラスだな。」
柳田君だ。僕は「そうだね。よろしく。」と小さな声で答えた。教室の空気が何か変な気がするのは、男子がさっそく二つのグループに分かれ始めているからだろう。僕の席は教室の真ん中、窓のそばに金森君のグループ、廊下側に柳田君のグループが集まっていた。
「モトム君、また同じクラスだね。よろしく。」
梅川君が来た。僕は笑顔でうなずいた。
「モトムの友達か?俺は柳田。よろしく。」
柳田君と梅川君が話し始めた。僕は少し不安になったけど二人とも笑顔で話が終わった。
「柳田君ってどんな人なの?」
梅川君の家に遊びに行くと話題は柳田君の話になった。僕は今まであったこと、感じたことを話した。
「そっか。そういう感じの人なんだ。」
「うん。少し負けず嫌いなところはあるかな。」
梅川君は納得したようにうなずいた。
「ちなみに金森君のことは知ってるの?」
僕はうなずく。金森君についてのことも話した。梅川君はうなずく。
「そうなんだ。だからクラスが二つに分かれてる感じなんだ。」
「うん。そうだと思う。二人が仲良くなればこんな感じにはならないと思うよ。」
「そうだね。でも難しいよね。」
そこまで言って僕たちはその話をやめた。せっかく遊んでいるのに部屋が暗くなった気がしたから。僕たちはいつものようにゲームをして遊んだ。
「よう。モトム。」
次の日、声をかけてきたのは金森君だった。僕は「久しぶり。」と小さな声で言った。
「なあ、今度またゲームしようぜ。」
突然そう言われて僕は戸惑う。答えに迷っていると梅川君が来た。
「あ、ウメ。今度一緒にゲームやろうぜ。みんなで。」
金森君が梅川君を『ウメ』と呼んだことに僕は驚いた。
「え?友達なの?」
梅川君は少し困ったような顔をした。
「1、2年の時に同じクラスだよ。」
それを聞いて僕はわかった気がした。でも聞いても意味がない気がして聞くのはやめた。
「モトムはどうする?」
金森君が僕を見た。不安で息苦しいような感覚を覚えながら僕は答えた。
「梅川君が行くなら。」
「そっか。じゃあ決まりだな。」
金森君は自分の席に戻っていった。僕は柳田君のいる方が怖くて見れなかった。
「大丈夫だよ。どっちと遊んじゃいけないってわけじゃないんだから。」
梅川君が僕を安心させるようにそう言った。僕は押し潰されそうな感覚のまま、その後の授業を過ごした。
「おい。モトム。」
帰り道で柳田君が僕を待っていた。不安な僕に見て柳田君の冷たい言葉が響く。
「お前、金森のこと嫌いって言ったよな?」
僕は怖くて下を向く。でも正直に答えた。
「あのときは金森君が僕と遊んでくれないから。だから好きじゃないって言ったんだよ。」
柳田君はさらに冷たい目で僕を見下ろす。
「それで?遊んでくれるなら嫌いじゃなくなりましたって?へー。そうなんだー。わかった。」
柳田君は近所迷惑になりそうな大きな声でそう言って立ち去った。僕は恐怖で震えながらも家に帰った。そしてすぐに梅川君の家に向かった。
「梅川君。どうしよう。」
泣きそうな僕に梅川君は穏やかな声で言った。
「そうだね。金森君に全部話せばいいんじゃないかな?」
「金森君怒らないかな?」
「大丈夫だよ。なんなら僕が話してもいいし。」
梅川君の穏やかな笑顔を見て僕はほっとした。
「じゃあ、今から言いに行くよ。」
「うん。そうだね。僕もついていくよ。」
「ありがとう…。」
僕は梅川君と一緒に金森君の家に向かった。心臓が早くて気持ちが悪い感じを我慢しながら急いで自転車で走った。
「金森君、話があるんだけど。」
金森君は笑顔で僕たちを出迎えてくれた。僕たちは案内されて久しぶりに金森君の部屋に入った。部屋に入って僕は今までの経緯を話した。金森君を『好きじゃない』と言ってしまったことの理由を説明して謝った。
「そうだったんだ。よくわかった。いいよ。」
金森君がそう言ったのを聞いて僕は顔をあげた。許されたのかと思って。でも、
「お前のそんな気持ち知らなかったよ。」
そう言った金森君の顔は笑っていなかった。
「そんなことで好きじゃないって言うやつだとは思わなかったよ。」
「か、金森君…。」
睨み付けた金森君が僕を突き飛ばすような声で叫んだ。
「帰れ!卑怯者!裏切り者!」
僕は意識を失いそうな感覚に耐えながら梅川君を見た。梅川君は僕を見ようとしなかった。
「待ってよ。ごめんなさい。本当に、」
「いいから帰れよ。俺はウメたちとゲームやるんだから。」
謝る僕の言葉を金森君の言葉が遮った。同時に部屋の奥の押し入れが開いた。次の瞬間、僕は目を疑った。
「ほら。卑怯者には用はないってよ。さっさと消えろよ。」
押し入れから出てきたのは柳田君だった。
「ど、どうして…。」
「どうしても何もないだろ!卑怯者に話すことなんて何もないんだよ!さっさと失せろよ!」
嘲笑うような顔で僕の前に立ち、見下ろす。
「金森、こいつ外に出していいだろ?」
「ああ。そんなやつ知らない。勝手に入ってきただけだから好きにしろ。」
あまりのことに口を開けない僕を柳田君が抱えるようにして持ち上げた。そしていらないものを運び出すかのように廊下に引きずり出す。僕は最後の力を振り絞るようにして声を出した。
「梅川君。何で…?何で…?」
梅川君は僕の方を見なかった。僕はそのまま引きずられ玄関から外に投げ飛ばされた。倒れる僕に柳田君は思いっきりくつを投げつけた。くつが僕の顔に当たる。痛いはずなのに痛くない…。感覚が麻痺しているように感じた。
「じゃあな。卑怯者。」
柳田君はそう言ってドアを勢いよく閉めた。そしてガチャリと鍵がかけられる。呆然としながらもどうにか体を起こしたけど、足に力が入らない。全身が震える。目から涙が流れ落ちる。
「どうして…。どうして…。どうして…。」
頭の中に今までのことが思い出された。何が原因かを考えた。でも原因は金森君を好きじゃないと言って柳田君と遊んだ僕のせい…。卑怯な僕のせい…。
僕が悪かったのか…。僕が悪かったんだ…。




