第92話 孤独への不安
国民的アニメ、小学3年生の女の子が主人公。その話の中で卑怯と蔑まされる少年がいる。僕はその少年に似ていると思う。
「なあ、モトム。これなんだかわかるか?」
柳田君が僕に聞いた。手に持っているのは消ゴムにしか見えないから僕はそう答えた。
「何だよ。お前。こんなのも知らないのか?バカじゃねえか?」
何で知らないとバカなのかもわからない。でも言い返すことができない僕は黙ることしかできない。
「お前の家はこんなものも買ってもらえないのか?貧乏なのか?チビの上に貧乏なのか?」
どんどん浴びせられる悪口で僕は泣いてしまう。すると悪口が「チビ」から「泣き虫」に変わる。それが相手が飽きるまで続く。小学1年の僕は毎日必ず泣いていた。逆らうこともできないことはない。ただ、小さい頃から背が低く運動も勉強も下から数えた方が早かった僕が誰かとけんかできるはずもない。結果は見えている。だから逆らわなかったのだと思う。一日に何回も泣く日もあるため先生も僕が泣くことになれてしまったようにも思えた。毎日が辛かった。ただ僕にはもっと辛いことがあった。
「ただいま。」
学校から帰って鍵を開けて家に入る。返事は当然のように返ってこない。両親が共働きの一人っ子のためだ。二人とも夕方6時くらいまで帰ってこない。この一人だけで家にいる感じが耐えられなかった。理由は僕自身もよくわからない。好きだったテレビアニメのキャラが殺された話を見たのが理由の一つだと思うけど。とにかくこの寂しさや不安な気持ちに耐えられず、僕は家を出た。そして近くの公園に向かった。
「おう。モトム。遅いぞ。」
柳田君は何人かの友達を集めて野球をしていた。僕もそれに誘われていたから参加する。ただ野球は、というよりスポーツは全部嫌いだった。運動することが苦手なのもそうだけどそれ以上に嫌いな理由があった。
「おい!モトム!そんなこともできないのか?」
「お前まじめにやれよ!」
「あーあ。誰かさんのせいでまた負けた。」
柳田君は負けず嫌いで負けると必ず機嫌が悪くなる。それがたまらなく嫌だった。僕のせいで負けたときなら納得もいくけど、明らかに僕のせいではないときにも僕のせいにされることもあった。
何で僕は何もできないんだろう…。もしできることがあればこんなことにはならなかったのに。むしろ、できないならやらなければいいのに。断ればいいのに。
心の中でそう叫ぶ。でもそうならない。そうできない自分がいる。それだけ僕にとって一人でいることが嫌だった。一人でいる寂しさや辛さに比べたら試合に負けたときの悪口の方がましに思えていたから。
そんな僕に転機が訪れたのは小学2年になったある日、友達に紹介された金森君と出会ったことだった。金森君は隣のクラスでどちらかと言えばスポーツよりゲームが好きなタイプ。でも柳田君と同じガキ大将タイプだった。金森君の家に行ってゲームをするようになると僕は自然と柳田君と遊ばなくなっていった。理由は簡単でゲームの方が楽しいからだ。金森君が遊べる日はほとんど毎日遊びに行って一緒にゲームをした。そんなある日、学校の休み時間に柳田君に呼ばれた。
「最近、お前金森と遊んでるらしいな。」
「うん。」
「俺、あいつ嫌いなんだよ。お前はどうなんだ?」
突然聞かれたことに少し戸惑いながらも僕は正直に答えた。
「嫌いじゃないよ。別に…。」
すると柳田君は冷たい目で僕を見て言った。
「わかった。じゃあお前とはこれから遊ばないからな。」
柳田君は教室に戻っていった。僕は今までとは別の恐怖みたいな感覚でしばらく動けずにいた。
何で金森君と遊んじゃダメなの?何で金森君を嫌いじゃないって言っただけで怒られないといけないの?
体に寒気を覚えながら僕は教室に戻った。柳田君のせいかはわからないけど、誰も僕と話さなくなった。だから僕は授業が終わるとまっすぐ家に帰り、金森君の家に遊びにいく。夕方になると家に帰る。そしてまた学校へ行く。それを繰り返した。教室で話し相手がいなくても学校が終わって金森君と遊べればそれでいいと思っていた。そんな日がずっと続くと思っていた。そんなある日。
「明日、別の友達と遊ぶから。」
金森君から言われた。突然だった。
「僕は一緒に遊んじゃダメなの?」
金森君は少し困った顔をして言った。
「うちのクラスの友達で遊ぶからさ。お前は隣のクラスだから。」
金森君の顔を見たらそれ以上は言えなかった。わがままみたいに思われたらもう遊んでくれないかもしれないと思った。
「うん。わかった。でもまた遊びに来てもいい?」
「ああ。電話するよ。」
金森君は笑顔でそう答えた。僕はほっとしてうなずいた。
次の日、僕は学校から帰って一人で家で過ごした。その日は風が強く、家の窓をドンドンとならした。最初は自分の部屋でマンガを読んだり音楽をかけたりしてみた。でも体の中にある寒いような感覚はどんどん膨らんできていた。
「大丈夫。今日だけだから。明日はまた金森君と遊べるはずだから。」
部屋の中でそうつぶやいた。気づくと自分の部屋で布団にもぐっていた。何かに襲われないように自分を守るみたいに。もうすぐ夏なのに。ブルブル震えている自分がいた。
次の日、僕は学校から帰る途中、金森君を見つけて声をかけた。
「金森君、今日は…」
「あ、ごめん。今日もクラスのやつと遊ぶから。」
金森君はそう言った後、前を歩くクラスの友達の輪に入っていった。
「うん。しょうがないよね。また遊んでね。」
金森君には絶対届かない小さな声でそう言って僕は家に帰った。鍵を開けて入った自分の家の中から乾いた冷たい風が吹いた気がした。僕はまた部屋でいろいろなことをやってみて、でも結局布団にもぐって丸くなった。
「明日は遊んでくれる。きっと。きっと…。」
でも、金森君は次の日もその次の日も遊んでくれなかった。僕は家で何かに襲われる感覚に怯えながら過ごした。
何で金森君は遊んでくれないんだろう…。僕は何かしたのかな…。嫌われるようなことをしたのかな…。
布団の中で震えながら僕は泣いた。ただ泣いた。
そして次の日、僕は帰り道で金森君を見つけ聞いてみた。
「ねえ?僕と何で遊んでくれなくなったの?」
金森君の顔から笑顔が消え、思ってもいなかった言葉が僕に向けられた。
「お前よりあっちと遊ぶ方が楽しいからだろ。俺はお前と遊ばなきゃいけないわけじゃないんだから。お前も自分のクラスで友達を見つけろよ。」
金森君は僕に背を向けて歩いていった。僕は体の中から溢れ出す寒さに震えながら、泣きながら家に帰った。布団に入って泣いた。震えながら泣いた。
次の日、学校から帰る僕に柳田君が声をかけた。
「金森を嫌いだって言うなら遊んでやるよ。」
僕の口から素直な言葉が出た。
「好きじゃないよ。」
嫌いになったわけじゃない。金森君が悪いんじゃない。ただ、僕と全然遊んでくれない金森君に対しての今の僕の気持ちだった。
「そっか。じゃあ、あの公園な。」
柳田君はそう言って走っていった。
これでよかったのかはわからない。でもそのときの僕は「これでいいんだ。」と呟いていた。




