第91話 話したいことが
「よし。じゃあ二階に上がるか。みんな自分のコップを持てよー。」
セイちゃんがそう言って階段に向かう。みんな荷物とお菓子や飲み物を持ってついていく。僕の手にはお菓子、メイちゃんはジャスミンを持っている。メイちゃんのジャスミン好きがうかがえる。二階に上がると廊下の左側にドアが二つ。廊下の奥の方にも二つ見える。
「こっちが男子の部屋でそっちが女子の部屋な。一応。」
セイちゃんがドアを指差す。ただセイちゃんの言葉の最後に必要のない言葉がついていたのが気になる。
「一応ってどういう意味?」
僕が聞くとみんなが笑った。
「前回は春だったかな。このメンバーでここに泊まったんだよ。で、この部屋割りだった。でも次の朝、セイ以外はみんなこっちの部屋に寝てたんだよ。」
「ひどいだろ?こいつらあたしをのけ者に。」
「ひどいのはセイちゃんの寝相でしょ~?私とメイちゃんは被害者だよ~。わざわざ避難したんだから~。」
ユウちゃんの言い方から何があったのか想像はできた…。でも二人が避難したってことは相当なことだと思う。
「じゃあ、とりあえず荷物を置いてこっちで遊ぶか。」
コウちゃんがドアを開けて中に入る。ケンちゃんと僕もついていく。部屋はベッドに本棚とシンプルだ。でも机には教科書がきれいに並んでいるし本棚には難しそうな音楽の本が並んでいる。
「ここってメイちゃんの部屋?」
「そうだ。泊まるときはいつもセイの部屋が男子部屋なんだけど。今日はこっちなんだな。」
コウちゃんも初めてだったらしく部屋の中を見回している。
「メイが見られたくない物は全部片付けたから大丈夫だって言ってた。」
セイちゃんが入ってきた。ユウちゃんもメイちゃんも入ってくる。みんなで輪になって座り真ん中にお菓子と飲み物が並んだ。
「じゃあ二次会スタート!かんぱーい!」
コウちゃんが酔っぱらいみたいにコップを差し出す。みんなが笑いながらコップをぶつけた。目の前に並ぶお菓子からみんな好きな物を食べていく。食べながらみんなを見ていると色々なことがわかる。コウちゃんとセイちゃんはチップス系、ユウちゃんとケンちゃんはチョコレートやクッキーが好きらしい。ユウちゃんはコウちゃんの飲み物が減るといれてあげている。代わりに食べたいお菓子が遠くにあるとコウちゃんに頼んで取ってもらっている。セイちゃんは酔っぱらいのようにどんどん食べてどんどん飲む。ケンちゃんはその横でゆっくり食べてゆっくり飲んでいる。みんな見てておもしろい。
トン、トン。
背中をたたいた手の指がゆっくりと文字を書く。
「おかわりいる?」
僕のコップを見ると今飲んで空になったところだった。メイちゃんを見ると笑顔で二つの水筒を指差した。水筒の横にはシールが貼ってあり『温』『冷』と書いてある。僕は笑顔で『温』を指差した。メイちゃんはうなずいてから僕のコップに注いだ。
「ありがとう。」
メイちゃんにだけ聞こえるくらいの小さな声でそう言うと、メイちゃんは『どういたしまして。』と口を動かしてからニコッと笑った。
「は~い。キュウちゃんに質問で~す。」
ユウちゃんがいきなりそう叫んだ。みんながびっくりしてユウちゃんを見た。
「何でしょうか…?」
僕がオドオドと答えるとユウちゃんはニヤニヤ顔になった 。
「今メイちゃんと何をやり取りしてたの~?」
「え?そんな変なやり取りはしてないよ。ね?メイちゃん。」
メイちゃんは大きくうなずいた。
「でも~、何も言ってないのにメイちゃんはジャスミンを注いだでしょ~?しかもホットを~。」
「それは僕が指差したからだよ。メイちゃんにおかわりいるか聞かれて。」
「じゃあ、おかわりはいつ聞かれたの~?」
質問攻めに驚いているとメイちゃんがノートに文字を書いた。
「私がキュウちゃんの背中に書いたの。」
「あー、背中か。それなら僕が見ててもわからなかったわけだ。」
ケンちゃんが納得したようにうなずいた。
「ケンちゃんも僕たちのこと見てたの?」
そう聞くとケンちゃんは笑った。
「僕はユウちゃんと違って純粋な興味だけどね。テレパスの参考にならないかなと思って。」
みんなから「おー!」と歓声があがった。
「さすがだな。確かにメイとのやり取りは参考になりそうだな。」
「そうか。あたしは全然思い付かなかった。とりあえずユウとは違うのは確かだな。」
「え~?私だって純粋な興味だよ~?ジャンルが違うだけで~。」
みんなが盛り上がっている。でも僕には特別なことじゃないから…。
「でも僕たちのやり取りりはテレパスでは使えないよ。」
そう言ってケンちゃんを見るとケンちゃんもうなずいた。
「そうだね。キュウとメイのやり取りはあくまで相手が目の前にいることが前提だからね。」
「そうだな。テレパスは何枚も壁があるからな。」
みんなが「うーん。」と悩んでいる。
「たぶん僕はメイちゃんのやった音で伝える方法が一番いいと思う。というより音以外の答えは不可能だと思う。」
「そうだな。あれでけっこういけたからな。」
「そうだね~。」
「じゃあ次回までにあれでうまく伝える方法を考えるんだな。頼んだぞ。ケン。」
「何で僕に丸投げなんだよ…。」
僕の意見はどうやら採用されたらしい。横に目をやるとメイちゃんが大事そうに笛をなでていた。パジャマ姿でも首にさげているからよっぽど大事な物なんだろう。
「よし。じゃあこの話はまた明日にまわすとして。」
コウちゃんがそう言ってから僕を見た。
「キュウ、何か話すことあるのか?」
いきなりの言葉に心臓が止まったかのようだった。息を吸うことすら忘れるくらいだ。
「いきなりどうした?コウ。風呂場で何か話したのか?」
セイちゃんがコウちゃんにそう聞きながらケンちゃんと僕を見た。
「いや、そこでは何も話さなかったよ。だから僕もわからない。」
ケンちゃんは首を横に振ってそう答えた。
「コウちゃ~ん、説明してよ~。」
ユウちゃんがコウちゃんの袖をつかんで引っ張っている。コウちゃんはうなずいてから僕を見た。
「キュウが何かを言おうとしたのは外で肉を食べてるときだよ。会話が一瞬止まったときに何かを言おうとしてた。ただ、まだそのときじゃないと思ったメイが止めた。そうだろ?」
コウちゃんの視線がメイちゃんに向けられた。メイちゃんは小さくうなずく。
「え~?メイちゃんが止めたってどうやって~?私は気がつかなかったよ~?」
ユウちゃんがコウちゃんの腕をつかんでユラユラ動かす。
「メイは話そうとするのを止めるためにキュウの口に肉を入れたんだよ。あーんって。」
「あれはラブラブを見せつけるためじゃなかったのか?」
今度はセイちゃんが驚いて叫んだ。
「セイ、いくらメイでもあれは不自然だっただろ?僕も何でやったのか謎だったけど…。まさかキュウのためだったとは。わからなかった。」
みんなが代わる代わる話しているとき、僕はコウちゃんを見ていた。
すごいな…。あの一瞬で、あれだけのことからこんなにもわかっちゃうんだ…。当事者の僕でさえメイちゃんが教えてくれるまでその意図に気づかなかったのに…。
コウちゃんは僕の視線に気づき、笑顔を見せてからうなずいた。コウちゃんの後ろに光が見える気がする。初めてあったときに見えたのと同じ光が。
「話しても大丈夫だ。ちゃんと真剣に聞くから。大丈夫だから。」
そう聞こえた気がした。そうコウちゃんが言ってくれた気がした。僕はメイちゃんを見る。メイちゃんは優しそうな笑顔で小さくうなずいた。
「うん。わかったよ。ありがとう。」
メイちゃんに聞こえるくらいの小さな声でそう伝えてから僕はみんなを見た。
「うん。実は聞いてほしいことが、話しておかなきゃいけないことがあるんだ。」
みんなの真剣な目線が僕に集中する。緊張してなかなか次の言葉が出てこない。
「それは何なの~?キュウちゃん。」
ユウちゃんの言葉が僕をそっと押してくれた。メイちゃんが僕の手をそっと握ってくれた。
「うん。僕が話しておきたいことは、『僕が何でここにいるのか』ということなんだ。」
一瞬静まり返った部屋の中で目覚まし時計の針の音だけが響いた。
「夏休みって理由だけじゃないのか?」
セイちゃんが僕に聞いた。僕は小さくうなずく。
「なら、僕には理由は大体わかるよ。セイも何となくわかるだろ?」
小さな声でそう言ったケンちゃんがセイちゃんを見た。
「まあな。あんたとキュウは似てるからな。」
セイちゃんがため息混じりに言った。ケンちゃんは悲しそうな表情を浮かべたまま僕を見た。そして、的確な言葉を並べた。
「キュウ。君はいじめられているんだね。」
僕の体が震える。心の奥底から負の感情が溢れ出す。頭の中でもう一人の僕がつぶやいた。
「謝って話すのをやめなよ。みんなに嫌われちゃうよ。ごめんなさいは言い慣れてるでしょ?」
でも、僕の手を握ったメイちゃんがそれを許さない。メイちゃんの言葉がもう一人の僕の言葉をかき消す。
「絶対に嫌いにならない!」
僕はもう一度メイちゃんを見てうなずく。そしてみんなを見てゆっくりと話始めた。
『僕がここにいる理由』を。




