第90話 お風呂。
「あー。食ったー。」
セイちゃんは満足そうに空を見上げた。
「食べすぎだよ~。」
「いや、焼きすぎだった…。食べる分だけ焼けばいいのに。」
「しょうがない。セイから豪快さをとったら何も残らないんだから。」
みんながため息混じりに不満を口にした。それだけセイちゃんは肉や野菜を焼きまくった。僕は自分の取り皿に残った最後の肉を口に入れてからふぅーっと息をはいた。隣を見るとメイちゃんが眠そうな顔でにっこり笑った。
「さて、じゃあ風呂は女子からな!行くぞ!ユウ、メイ。」
セイちゃんがメイちゃんを立たせた。ユウちゃんも立ち上がって家の方へ向かった。僕は状況がつかめなくて戸惑っていた。
「え?女子から?この後って何するの?」
コウちゃんとケンちゃんは「あー、そうか。」と声を合わせていった。
「今日はみんなでセイの家に泊まることになったんだよ。というよりなってたらしい。」
「そうなの?僕は何の準備も…。」
そう言いかけた僕の肩を誰かがたたく。振り向くとおばあちゃんが笑顔でリュックを持っていた。受け取って中を見ると着替えやお菓子が入っていた。
「明日の朝は畑に来なくていいから。みんなで楽しんできなさい。」
僕にそう言ってからおばあちゃんはケンちゃんのおばあちゃんと一緒に車の方へ歩いていった。
「僕も…。本当にいいの?」
自信無さげに聞くとコウちゃんは笑顔でうなずいた。
「むしろ拒否権ないから。選択の余地なしだ。」
「大丈夫。僕もこんな感じで3回は泊まってるから。」
ケンちゃんも笑った。
「うん。こんなこと今までなかったから。嬉しいよ。楽しみだよ。」
僕も笑った。まだ変な緊張が残っているから上手く笑えた自信はないけど。
「コウちゃんたち!家に入りなさーい!」
「はーい。」
セイちゃんのお母さんに呼ばれて僕たちは返事をして家に入った。テーブルには麦茶が用意されている。
「女の子はお風呂が長いから。ゆっくり待ってあげてねー。」
セイちゃんのお母さんは洗い物をしながら笑っている。僕たちは座って麦茶を飲みながら話をはずませた。コウちゃんは好きなスポーツの話を、ケンちゃんは僕から借りた本について。僕はさっきメイちゃんと歩きながら見た川について。でも三人がそれぞれ話した後はやっぱりアメイズの話になった。テレパスとミラーの攻略法についてみんなで意見を、ただ大人には知られないようにという暗黙のルールがあるみたいで小さな声で話していた。僕はその内緒話みたいな輪に自分が入れてることが嬉しく思えた。小さな声で話すことに小さな声を聞くことになれてきた…。
「あー。いい湯だったー。」
僕たちを驚かせるような大きな声でセイちゃんが出てきた。もはや驚かせるためにやってるようにすら感じる…。格好もTシャツに短パン姿。僕よりも男前だと思う…。
「セイ。家の中くらい声は小さくならないのか?心臓に悪い。」
ケンちゃんが冷静につっこむけど、セイちゃんは「まあまあ」と言いながら麦茶をゴクゴク飲んだ。男前だと思う…。
「さっぱりしたよ~。いいお風呂でした~。」
セイちゃんに続いてユウちゃんが出てきた。パジャマ姿で頭にはタオルをまいている。
「あ~。髪が長いと大変~。セイちゃんくらいは短いけど、メイちゃんくらいバッサリ切っちゃおうかな~。」
ユウちゃんが麦茶を飲みながら呟く。
「ユウの長い髪はトレードマークだから切らない方がいいと思うぞ。俺は。」
コウちゃんがユウちゃんの呟きに反応した。
「そこはチャームポイントって言ってよ~。」
ユウちゃんはコウちゃんの隣に座る。顔から笑顔が溢れている。しかもニヤニヤじゃない笑顔だから素直にとても嬉しかったんだと思う。
「みんなが入ったら髪を乾かさないと~。」
ユウちゃんがコウちゃんにそう話してるのを聞いて僕は風呂の方を見た。
「メイちゃんは?まだ出ないの?」
その言葉を聞いてユウちゃんの顔がニヤニヤに変わった。
「メイちゃんなら怖いような不安なような顔で体を洗ってたよ~。全身きれいになったか不安そうだったよ~。」
「え?大丈夫なの?のぼせたりしないの?」
「そんなに心配なら見に行ってあげなよ~。」
ユウちゃんはニヤニヤのままお風呂場の方を指差す。
「さすがにそれはダメだよ。いくらなんでも。」
「でものぼせちゃってるかもしれないよ~?」
確かにのぼせちゃってる可能性もある。でも僕が覗くわけにはいかない…。でも心配…。
悩んだ末に僕はお風呂場のドアの前に立った。ドアをコンコンとノックして声をかける。
「メイちゃん、のぼせてないよね?大丈夫だったらノックして。」
すると中からコンコンとノックが返ってきた。
「ならいいんだ。ゆっくりして。」
中からまたコンコンとノックが返ってきた。僕は安心して自分の席に戻った。
「なるほどね~。そうやって思いを伝えあってるんだね~。勉強になりました~。」
ユウちゃんはニヤニヤ顔で僕を見ている。僕は息をふぅーっと吐いて麦茶を飲んだ。するとお風呂場のドアが開いてメイちゃんが出てきた。パジャマ姿で僕の横に座った。
「心配してくれてありがとう。」
メイちゃんはニコッと笑って口を動かした。
「疲れて寝ちゃってないか心配だったよ。」
メイちゃんは「だいじょうぶ。」と口を動かした。
「さてと。ケン、キュウ。風呂いくぞ。」
コウちゃんが立ち上がる。ケンちゃんもついていく。僕も着替えを持って立ち上がった。するとメイちゃんが僕の服を引っ張った。僕を見上げながらゆっくり口を動かす。
「ジャスミン用意して待ってるね。」
「うん。ありがとう。」
僕は笑顔でそう言ってお風呂場へ向かう。ドアを閉める直前、メイちゃんが立ち上がるのが見えた。
「あー、いい湯だ。」
「そうだね。アメイズ後のお風呂はいいよね。」
コウちゃんとケンちゃんは湯船につかっている。コウちゃんはともかくケンちゃんは眼鏡を取ったから別人に見える。
「アメイズの山道は距離があるよね。僕は自転車で坂を上れる自信がないから。みんなすごいと思う。」
体を洗いながら僕は答えた。小さな声で答えたつもりだけどさすがに声が響く。
「でもキュウは何度も歩いて登り降りしてるし、そのうち一回はメイをおぶって降りてるだろ。それだけできれば自転車で坂くらい上れるぞ。」
コウちゃんは肩までつかりながら僕に言った。隣のケンちゃんもうなずく。
「キュウは運動神経はわからないけど体力はあるよね。あとは発想力かな。」
「発想力あるかな?パズルやドア&キーは経験だし。」
僕が答えるとケンちゃんは首を横に振った。
「違うよ。そのことじゃない。僕が言いたいのはムーヴのことと、あとはメイとのコミュニケーションだよ。」
コウちゃんもうなずく。
「そうだな。ストラックアウトのあの投げ方は教科書には絶対に載らないし、メイとの意思疏通に至ってはすごすぎるからな。」
そう言われて今度は僕が首を横に振った。
「ムーヴはたまたま思い付いただけだよ。メイちゃんの方はメイちゃんが一生懸命伝えてくれてるだけ。僕はそれをちゃんと読み取ってるだけだよ。」
「普通は読み取れないんだって。それ以前にメイがノート以外で意思を伝えてることがすごいことなんだから。」
ケンちゃんと交代して湯船につかりながら僕は考えた。
何でメイちゃんはノートだけで会話してたんだろう?何で僕には色々話してくれるんだろう?僕は話しやすいから?僕に何か特別な……。
「おい!キュウ!」
考えすぎたせいかコウちゃんに声をかけられたとき、僕は沈みかけていた。さっきメイちゃんのことを心配してたのに。コウちゃんに心配されながらお風呂から出た。頭がぼーっとしながら着替えて出ると、メイちゃんが笑顔でジャスミンを持って待っていた。
「ありがとう。」
受け取ってジャスミンを飲むと冷たくてすっきりして美味しい。おかげでぼーっとした頭もすっきりした。
「メイもわざわざ持ったまま待たなくてもなー。いつからそんなに献身的になったんだ?あたしにもその半分くらいしてくれよ。」
「キュウちゃんだからに決まってるでしょ~。そもそもあの笑顔だってキュウちゃんが現れるまで見たことなかったんだから~。」
セイちゃんとユウちゃんがニヤニヤしながら話している。メイちゃんは気にする様子もなく笑顔で僕を見ていた。




