第89話 バーベキュー
僕とメイちゃんが山を下りたとき、ユウちゃんの自転車はなかった。僕たちが話をしながらのんびり下りてきたから当然といえば当然だけど。
「じゃあ、行こうか。」
メイちゃんは大きくうなずく。自転車で広場を後にした。風が気持ちいい。メイちゃんも普通に自転車をこいでいる。僕はそのことを気にしながらメイちゃんの少し前を進んでいく。信号を渡って右に曲がり橋を渡る。川の青と周辺の木々の緑がきれいだ。すると僕の肩をメイちゃんがたたいた。メイちゃんの口が動く。
「少し歩きたいな。」
僕はブレーキをかけて止まった。メイちゃんも僕の横に止まった。
「どうしたの?疲れたの?」
メイちゃんは首を横に振る。
「川とか木の色がきれいだからゆっくり見ながら歩きたいの。だめ?」
メイちゃんが僕と同じ感覚なのが嬉しくて笑顔でうなずく。
「歩こう。僕もそう思ってた。きれいだからゆっくり見たいって。」
メイちゃんも弾けるような笑顔でうなずいた。二人で自転車を押して景色を見ながらゆっくり歩いた。メイちゃんが鳥を指差して名前を教えてくれた。僕は東京の家の近くにある川の話をした。時間の流れがゆっくりになった気がした。橋が終わり右に曲がって土手の上を歩く。この土手で人とすれ違ったことがないのでのんびり歩く。道の先にセイちゃんの家が見えてきた。
「メイちゃん。お願いがあるんだけど。」
僕の突然の言葉にメイちゃんは驚いた。目を大きくして僕を見ている。僕は前を向いて話を続けた。
「そんな大したことじゃないんだけど。僕がみんなの前で『僕がここにいる理由の話』を聞いても嫌いにならないでほしいんだ。当たり前だけどいい話じゃないから。僕の内面の話、嫌われても仕方ない話だから。」
言い終わって隣を見るとメイちゃんの姿が見えない。
バチーン!
次の瞬間背中にすごい音と激しい痛みが。メイちゃんが平手で思いっきり叩いたからだった。メイちゃんは恨めしそうな顔で口を動かした。
「嫌いにならない。私は絶対に嫌いにならないよ。なったりしない。」
メイちゃんの目が真剣だ。それだけ強い意思を感じる。それが『絶対に嫌いにならない。』という強い意思だと知って僕の体は暑くなった。
「ごめんね…。そうだよね…。ありがとう…。」
僕の目から涙がこぼれる。メイちゃんは驚いた顔で自転車を止めて僕の背中をさすった。
「ごめんね。痛かった?私強く叩きすぎた?」
僕は首を横に振る。
「痛かったよ。ただ泣いた理由の半分はメイちゃんの気持ちが嬉しかったからだよ。」
メイちゃんの手の動きがゆっくりになる。僕はメイちゃんの顔を見ながら笑顔で言葉を続けた。
「メイちゃんの『絶対嫌いにならない』が嬉しすぎて。ありがとう。メイちゃん。おかげでみんなに話す勇気が出たよ。」
メイちゃんは笑顔でうなずいた。何度も何度もうなずいてくれた。そしてメイちゃんと目があった。メイちゃんの手の動きが止まった。僕の涙も汗も全部蒸発していく。そんな感じがした。
「おーい!バカップル!いつまでそこにいるつもりだ!!」
突然の叫び声に僕たちは驚いた。声のした方を見る。そこにはみんなの姿があった。セイちゃんの家の前で手を振っている。
「早く来いよ!あんたらが来ないと肉焼けないだろ!」
叫び声の主であるセイちゃんが再び叫び家の方に戻っていく。僕たちは慌てて自転車で坂を下った。
「私はラブシーンを期待してたからもう少し見ていたかったな~。」
ユウちゃんがニコニコというよりニヤニヤ笑う。
「まあセイが俺たちを呼びに来てから今まであの場所で動かなかったキュウたちが悪いな。」
自転車を停めた僕にコウちゃんは笑いながら言った。
「時間を計ってあげればよかったよ。そしたらキュウたちの止まってた時間も、セイがそれを見ていられた耐久時間もわかったのに。」
ケンちゃんもコウちゃんの横で笑っている。手には僕が貸した本があるからセイちゃんに呼ばれてしぶしぶこっちに来たのだろう。
「うん。ごめんね。ちょっと話してたから。」
「え~?『ちょっと』じゃなくて『かなり』でしょ~?メイちゃん、後で詳しく教えてね~。」
メイちゃんはユウちゃんを見て笑顔で家に入っていった。
「いいな~。恋人ができた女の余裕~?羨まし~い。」
恋人って…。
ユウちゃんに僕が意見を言おうとした瞬間!
「あ・ん・た・ら・はー!肉が焼けないって言ってるだろ!」
雷が落ちたかのようにセイちゃんの怒鳴り声が響いた。みんな急いで庭へ向かった。僕も走ってついていく。僕の目に入ってきたのは、東京の家の庭ではまずできないほどの立派なバーベキューセットだった。ドラム缶をまっぷたつにした中に真っ赤になった炭が入り上には網が置いてある。ドラム缶の周りには長椅子が置いてあり飲み物や皿やはしが用意されている。
「すごいね。家の庭とは思えない。キャンプ場みたい。」
「こっちはこんなもんだ。さあ座った座った。」
セイちゃんにうながされるままイスに座る。するとすぐに僕の横にメイちゃんが座った。
「メイちゃん、いつの間に?」
メイちゃんは笑顔でコップにお茶を注いでいく。
「メイちゃんはすごいな~。イス取りゲームしたら負けそ~う。」
そう言いながらユウちゃんは台の反対側、コウちゃんの隣に座った。
「ユウちゃんも早いよね?」
メイちゃんが口を動かした。僕は笑いをこらえながらうなずく。
「キュウちゃんとメイちゃんは本当に仲良しね~。」
「本当に。メイちゃんにお嫁さんになってもらえたら私も嬉しいけど。」
お嫁さん!?
驚いて声のする方を見ると隣のバーベキュー台を囲むように僕のおばあちゃんとケンちゃんのおばあちゃん、セイちゃんのお父さんとお母さんが座っていた。
「うちのケンちゃんも野菜を採ってきて。驚きましたよ。キュウちゃんのお陰です。」
「こちらこそ泊めていただいて。」
保護者の皆様は話が盛り上がっている。僕は自分の取り皿に目を向けた。
「え?何これ…。」
僕の取り皿には山盛りの肉が積まれていた。
「取らないからのせておいたぞ!」
セイちゃんはそう言いながら次の肉を豪快に網の上にのせた。
「セイの焼き肉はわんこそばに近いからな。皿の上に何かのせてないとどんどん入れてくるぞ。」
コウちゃんは器用に焼けた肉を取っていく。
「ところで。まさかキュウは『誰かが使ったはしでさわった肉は食べない』みたいなことはないよな?」
セイちゃんが手を止めて僕を見た。
「まさか。むしろ僕が聞きたいくらいだよ。僕が使ったはしで…。」
そこまで言って僕は言葉を止めた…。
話すなら今かな…?でも食べてる最中は…。
すると僕の足を何かがつついた。そのまま文字を書く。
「あーん。」
文字を書いた人の方へ顔を向けてみた。メイちゃんがはしで僕の口の方へ肉を運んできた。僕は慌てて口を開ける。メイちゃんがゆっくりと僕の口に肉を入れた。
「え~?このタイミングで見せつけてくれるの~?」
「相変わらず意思疏通が謎だね。この二人は。」
言われてみて、初めて気づき顔が熱くなった。メイちゃんをみるとにっこり笑っている。メイちゃんの手がまたそーっと動いて僕の足に文字を書いた。
「話すなら今じゃないと思う。」
書かれた文字の意味を理解したとき、僕はさらにはっとした。
「メイちゃん。それを気づかせるためにわざとやったんだ。」
みんなが笑っているのをチラチラ見ながらメイちゃんの足にそっと文字を書いた。
「ありがとう。メイちゃん。」
メイちゃんは照れたような笑顔でうなずいた。メイちゃんの優しさを感じながら楽しいバーベキューは続いた。




